10、グレアム・ブラックウェル
そう言えば、この話もブックマーク登録件数が50件を超えていました。
登録してくださったみなさん、読んで下さっているみなさん、ありがとうございます!
グレアム・ブラックウェルは、ローレンスたちの又従兄にあたる。彼の母親がニコラス2世の従姉にあたるのだ。年はローレンスより6歳年上なので、現在は30歳だ。
褐色の髪に涼しげな青の瞳。爽やかな風貌をしているが、ローレンスより以前にガリア軍と最前線で戦っていた指揮官である。まあ、軍事指揮官が似合っているかいないか、で言うのであれば、小柄なローレンスの方がどう考えても似合っていない。
「久しぶりだね、グレアム。私は構わないよ」
「殿下」
シリルはこっそりローレンスをとがめるが、ローレンスは彼に向かって片手をあげて発言をやめさせる。
「黒太子に相手をしてもらえるとは、光栄だ」
何か含むところのありそうな笑みでそう言われ、ローレンスは首をかしげた。
「黒太子ってなんだい?」
聞くのはそこなの? たぶん、会話を聞いていた者たちはそう思っただろう。尋ねられたグレアムが眼を見開いた。
「まさか、噂の張本人が知らないとはね! 今ブリタニアでは、君は黒太子の名で知られているんだよ」
「まさかと思うけど、全身が黒いから?」
「そうだね」
ローレンスははあ、とため息をついた。そんな安易な、と言った調子だ。ローレンスの軍の制服は確かに黒いが、ローレンス自身はむしろ色白で、髪は栗毛だ。
「ほかにもいろいろあるよ。戦神の加護を受けた王太子、守護神、勝利の神」
「君、そんな情報、どこから集めてくるのさ」
なんだか途中から『神』になっている。ローレンスは呆れた様子でツッコミを入れた。ツッコミを入れられることの方が多いローレンスには珍しい光景である。
「まあ、俺は結構顔が広いからな。とある豪族から聞いたんだけど、黒太子は平民を中心に広まってるらしいな」
「へえ~。グレアムが平民の情報を持っているのが意外だね」
ローレンスが遠慮なく言うと、グレアムは乾いた笑い声をあげた。
「余計なお世話だな、ローレンス。この借りはこの試合で返すぞ」
ローレンスとグレアムが剣を向け合わせた。グレアムが長身であるため、ローレンスと向き合うと大人と子供が向き合っているように見える。
引き続き審判役のシリルがゴーサインを出すと、今回はローレンスが先に床を蹴った。眼にもとまらないほどの速さで剣戟を繰り出す。そして、グレアムはそれを模擬剣で受け流し、避ける。
「ローレンス兄上、頑張ってください!」
エドマンドがローレンスを応援する。ちょうど、ローレンスが勢いに押されて後ろに数歩引いたところだった。エドマンドと対戦したときは、明らかに手加減していたとわかる試合だった。
ローレンスの動きはかなり速い。剣筋がぶれて見えないくらいだ。初めは完成をあげて応援していたほかの兵たちも、あまりの高度な試合に口を閉ざしていった。
これ以上激しく打ちあえば模擬剣が折れるのではないかという頃、決着がついた。押し負けたローレンスが体勢を崩したのである。
「っ! たぁ~~っ!」
グレアムが隙を見て放った一撃を受け止めきれず、ローレンスは床に肩を強打した。幸い脱臼はしていないようだが、かなり痛かった。
「大丈夫か、ローレンス!」
さすがに驚いたグレアムがあわててローレンスを助け起こす。ローレンスはぶつけた肩をさすった。
「ぶつけただけだから、大丈夫っちゃ大丈夫だけど」
「丈夫だな、お前……。また腕を上げたようだね、ローレンス」
「グレアムもね。行けると思ったのに」
「はっはっは。これで俺の27勝24敗3引き分けだな」
「むう」
ローレンスは少し唇を尖らせる。さすがに悔しい。勝率はほぼ半々であるが、3回分ローレンスが負けている。まあ、グレアムがローレンスより6歳年上であり、体格も大きいことを考えれば驚くべき勝率であるのだが、目に見える数字はやはりインパクトがでかい。
「……やっぱりグレアムは強いよね。それがすべてだとは思わないけど、体が大きい方がいいよね~」
指揮官ならともかく、ローレンスは戦場で参謀役を任されても、基本的にはじっとしていられない人である。指揮官のくせに前の方に突っ込んで行く。まあ、ローレンスの高い戦闘力の賜物であるが、面倒くさいと言いながらそれをやり、戦いたくないと言いながら勝ち続ける、実に矛盾した人物である。
「……まあ、お前みたいに小柄だと、乱戦で狙い撃ちされにくいっていう利点もあるけどね」
「あはっ」
ローレンスがグレアムの言葉に笑った。グレアムが、ローレンスに気を使っているのがわかったからだろう。
「そう言えばお前、今夜の夜会には出席するのかな?」
「んー。たぶんね。きっと、母上が呼びに来るし」
「あー、ブランシュ様ね。やりそう……」
王妃ブランシュの性格を思い出したグレアムが苦笑した。2人は訓練場をほかの兵士たちに明け渡し、訓練場の外で別れる。
「では、ローレンス。今夜また会おう」
「うん。またね~」
ローレンスはのんきに手を振り、去っていく従兄を見つめた。彼が見えなくなったところで苦笑を浮かべる。
「相変わらず、食えない男だねぇ」
「……そうですか? 結構明朗な方だと思いますが」
「明るいと言うことは、裏がない、と同意義ではないのだよ、ジェイミー。かくいう私もそうなんだけどね」
にこっ、とローレンスはジェイムズを見上げて笑う。すでに、小柄なローレンスはジェイムズを見上げなければならなくなっていた。
ジェイムズはからりと笑うローレンスを見て、「兄上は単純そうに見えますが」と結構失礼なことを言った。これくらいで怒る兄ではないとわかっているからこその言葉である。
「ひどいなぁ。私はその気になれば、ガリアの王位なんて簡単に簒奪できる、と考えているような人間だよ?」
その発言に、ジェイムズとエドマンドの弟2人はビビる。気性の穏やかな、そして、能天気そうなローレンスの言葉だからこそビビるのだ。たぶん、同じ言葉を父ニコラス2世が言ったとしても驚かない。
というか、この発言をニコラス2世が聞いたら、怒る気がする。
「……じゃあ、なんでガリア王位を簒奪しないんですか?」
エドマンドが尋ねた。ジェイムズが驚きの表情で弟を見る。ローレンスは肩をすくめて言った。
「所詮、簒奪の王の末路など決まっているということだよ。まあ、父上の気が済むまで付き合うつもりではあるけど……私が生きている間に、戦争が終わるといいね」
そう言って、ローレンスはエドマンドと、少し自分より背が高くなったジェイムズの頭をなでた。ローレンスは「また夜にね」と言って、やはり手を振って2人とわかれる。ついてきたのは、従者のシリルだけだ。
「……殿下は」
「うん?」
シリルが言葉を発したので、ローレンスは少し振り返って首をかしげた。その無邪気そうな様子は、ガリアから『悪魔』と呼ばれているような人物には見えない。
「殿下は、ご自分が戦争を終わらせるつもりですか」
シリルの質問に、ローレンスは数度瞬きをして、それからニコッと微笑んだ。
「せっかくある力だよ。使わないでどうするのさ」
もしも、ローレンスに力がなければ……もっと別の道を歩んでいたのだろうか。いや、ローレンスに力がなければ、彼は……彼女は。初戦の時点で死んでいたはずだった。
幼いころからともにいるシリルにも腹の底を見せないローレンスは、十分腹黒い分類に入るだろう。
夜になり、ローレンスは夜会に乗り出した。あまり、ローレンスはこうしたキラキラしい場所が好きではない。それは、自分がいつも戦場にいるからだろうか。
だが、ローレンスが夜会が好きではない理由はそれだけではない。ローレンスが1人でいると、貴族の令嬢たちがひっきりなしに話しかけてくるのだ。現在24歳のローレンスに配偶者はいない。ローレンスは女なので、妻がいないのは当然だが、貴族たちは彼女が『彼女』であって『彼』ではないことなど知らない。
もちろん、ローレンスも人間だ。きれいな子にちやほやされるのは悪い気はしない(この辺りの思考が少し男っぽいかもしれない)。しかし、彼女らがドレスの下で繰り広げる陰険な争いにはげんなりする。
「女装してシリル君をパートナーにして来ればよかったぁぁぁあ」
令嬢たちの攻撃をかわしてバルコニーに出たローレンスはそんなことを言う。正直シャレにならん、とシリルは思った。
「やめてください。やってもいいですけど、私を巻き込まないでください」
「君がダメなら、ジーン君を連れてくるよ……いっそ、ジェイミーと一緒に入ってもよかったかも」
「ジェイムズ殿下が気の毒です、それは」
何が悲しくて女装した兄をエスコートしなければならないのか。いや、ローレンスは女であるが、ジェイムズはその事実を知らないため、女装した兄のエスコートになるのである。
なんとなく、ローレンスの女装癖に拍車がかかっている気がする。いつも男装しているための反動だろうか。しかし、ローレンスの女装癖の責任の一端は王妃ブランシュにある。ブランシュは、男として育てられる娘を哀れに思ったのか、それとも単に自分の趣味かはわからないが、ローレンスにドレスを着せて遊んでいたのだ。ローレンスの2つ年下の妹と、4つ年下の妹が、ドレス姿のローレンスと並んでいたのを覚えている。
「おーい。ローレンス」
ホールの方から名を呼ばれたローレンスは振り返り、げっ、と思ったのを表情に出さなかった。いつもの笑顔ポーカーフェイスである。
「こんばんは、グレアム。ちょっとお酒が入りすぎじゃないかい?」
陽気に笑うグレアムを見て、ローレンスはツッコミを入れる。アルコールが入っているせいか、顔が少し赤らんでいるグレアムは、ローレンスに近寄るとなれなれしく肩を組んだ。
「いいじゃないか。せっかくの夜会だぞ。ローレンスも楽しみなよ」
「いやぁ。めったにこういう場に出ないから、気疲れするんだよね」
ローレンスは無難な言い訳をして肩をすくめる。ローレンスは1年の半分以上を戦場で過ごしているから、この言い訳は不自然ではないはずだ。
「あー、まあ、お前には人が寄ってくるもんな」
「そうなんだよ」
だから無理やり連れて行かないでくれ、と遠回しに頼むと、グレアムはローレンスから離れた。
「それは残念だ。さ、行くぞ」
「ちょ、なんでっ!?」
手首をつかまれホールの中に押し戻される。バルコニーでのやり取りが目立っていたのか、ローレンスは中に入った瞬間、人に囲まれた。
「ちょ、グレアムー!」
「俺は食事してるから、せいぜい人を引きつけといてくれ」
「!?」
どうやら、ローレンスはグレアムがゆっくり食事をとるための人寄せとされたらしい。グレアムにも人が寄ってくるので、気持ちがわからないわけではないが、相変わらず、考えていることが謎すぎる。
一応、シリルの方を見たが、バルコニーから入ってきた彼は人に囲まれたローレンスを見て、すでに救出をあきらめたらしかった。この裏切り者!
「ローレンス殿下。こちらが私の領地でとれる……」
「殿下。私の娘です。殿下に容姿は劣りますが、なかなか気立てが……」
「ローレンス様っ。ぜひ、わたくしと踊ってくださいませっ」
「殿下。こちらが現在、我が家で手掛けている……」
あー、もうっ! とりあえず、1人ずつ話しなよ! 同時に話されてもわからないよ!
心の中でそんなツッコミを入れつつ、ローレンスは笑顔を貼り付け、彼らの話しに適当に相槌を打っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
何となく平和そうな感じはここまでです。私はシリアスな話を書いているとギャグ系を書きたくなり、ギャグ系の話を書いているとシリアスな話を書きたくなる人間です。
と言うことは、次はシリアス的な話が来るということです。
話は変わりますが、この話のストックが切れそうです! まずい!(叫びたかっただけ)
次はいつも通り明後日(12月11日)に投稿します。




