1、月桂樹の花言葉は『勝利』
新連載『ガリア継承戦争の裏事情』です。お楽しみいただければ幸いです。
「……撤退していきますね」
「そりゃあ、あれだけの被害を受ければねぇ。こっちも被害皆無とはいかなかったけど」
「あれだけの戦闘で被害が100人足らずならば、上出来です」
「……まあ、そう言うことにしておこうか」
丘の上から撤退していくガリア王国軍を見ているのは黒い鎧を身につけた人物たちだった。まじめな口調の方はがっしりした体形のいかにもな武人。少しふざけた口調の方は戦場に出るには少々不釣り合いな小柄な体格。
「殿下。我等にも帰国命令が出ています」
「ええ~? どうせまた出兵すんのに帰国すんの? 海渡るの、結構大変じゃん」
「文句言わない。さ、帰りますよ」
まじめな部下は不真面目な上司の襟首をつかんで引きずって行く。引きずられるままの小柄な上司は不満げに声を上げる。
「シリル君、横暴! 痛いって! 少しは主君を敬いなよ!」
「戦に関しては尊敬していますよ。本当です」
「嘘だ!」
シリルと呼ばれた男は、そのまま小柄な主君を引きずって行き、ごねる主君に代わって撤退命令を出した。
△
島国、ブリタニア王国王都ロンディニウムに存在する、マールバラ宮殿。
ローレンスはうんざりしながら謁見の間から出た。謁見の間の外には、忠実なる(?)部下、シリル・コールドウェルが控えていた。彼はまばゆい金髪に碧眼の精悍な顔立ちの男である。年はローレンスの3つ上で27歳。長身でがっしりした体格であるため、小柄で細身のローレンスが隣に並ぶと、まるで大人と子供のように見える。
「お疲れ様です、殿下。いかがでしたか?」
シリルはローレンスの一定の距離を保ってローレンスについてくる。うんざりしつつも、ローレンスは口を開いた。
「どうもこうもないよ。今回の戦勝をほめられた。父上の機嫌がよかったから、『どうせまた出兵しますから、ずっとローランサンにいてはダメですか』って聞いたら、怒られた」
「それは怒られます。そろそろ自分の立場を理解すればいかがですかね」
「そうは言ってもね……。あと、貴族たちの縁談攻撃もすごい。シリル君とこにも来てるでしょ」
「……まあ、それも立場を考えれば仕方がないと言うか。あと、私のことは放っておいてください」
ローレンスはいつものように冴えわたるシリルのツッコミを聞きながら、ため息をついた。
「私にご令嬢をあてがって、どうしたいんだろうねぇ」
「そりゃあ、自分の親族から国王を出したいんでしょうよ」
「……はあ」
ローレンスは深いため息をついた。
ローレンス、もしくはローレンス殿下と呼ばれることが多いが、本名はニコラス・ローレンス・ブランドン・ブリタニア。当年24歳。ブリタニア国王ニコラス2世の第1王子にして王太子。そして、現在行われている、ガリア王国との戦争の総指揮官でもある。
背丈はさほど高くない。すらりとして見えるが、それは痩身であるからで、屈強なものの多い軍の中では異質と言える存在だ。栗毛にアメジスト・パープルの瞳をした中性的な顔立ちの人物である。
一見すると子供のようにも女性のようにも見える容姿だが、ローレンスは卓越した戦争技術の持ち主であった。
のちに「ガリア継承戦争」と呼ばれるブリタニア対ガリアの戦争が始まったのは今から15年前。ローレンスがまだ9歳の時である。
ブリタニア王国は島国だ。この世界最大の大陸の西側に位置し、大陸にもいくらか領土を持っている。そのうち一つがローランサンである。
一方のガリア王国は、海を挟んでブリタニアと隣り合っている大陸の国だ。大陸にあるブリタニアの領土とも国境を接している。ブリタニア王族は、もともとこのガリア王国の一貴族だった、と言われている。
それが、このローランサン戦争の原因となっている。まず、ブリタニア王族たちがガリア国内の爵位を持っているのである。かくいうローレンスもそうで、現在主戦場となっているローランサン領の伯爵位、シャレット男爵位、ラヴァンディエ侯爵位を保持している。
そして、なんと、ローレンスの父ニコラス2世の母であるマリー・ド・ガリアはその名の通りガリア王族の出身であった。これが、さらに事態をややこしくしている。
ガリア王国では王位継承問題が浮上していた。これまで3代にわたって、ガリア王は息子がいなかった。娘は生まれており、そのうち1人がローレンスの祖母、マリーである。
現在のガリア王、クロヴィス4世には息子がいない。それに、かなりの高齢だ。すでに子供が望めない域まで達しているため、クロヴィス4世は系譜をさかのぼり、自分の祖父の妹のひ孫にあたるフランソワ・シャリエールを引っ張り出した。
シャリエール伯爵の次男である彼は、ローレンスとさほど年が変わらないと言う。目下のところ、ローレンスが戦っているのは彼になる。
はっきり言って、フランソワの血筋は王家から遠い。それより、クロヴィス4世の兄の娘を母に持つ自分の方がガリア王にふさわしい、と名乗り出たのがローレンスの父、ニコラス2世である。まったく、余計なことをしてくれた。
と言うわけで、シャリエール伯爵とニコラス2世の間で戦争が勃発。現在はその子供たちが父親の戦争に駆り出されている状況になる。もちろん、この状況にガリア王クロヴィス4世が黙っているわけがなく、これは国家間戦争となったのである。
戦争が始まったばかりのころ、まさか9歳のローレンスを戦争に行かせるわけにはいかず、ニコラス2世自身が指揮を執っていた。その頃は押され気味だった戦線だが、ローレンスが総指揮官になってからは押し返し気味なのである。
ローレンスの初陣は16歳の時だった。行って来い、との言葉だけで父に送り出され、ローレンスは海を渡って大陸のブリタニア領に上陸。ガリア軍とたたかった。
そこでローレンスは思わぬ才能が有ることに気が付いた。すなわち、戦争の才能である。もともと頭のよかったローレンスは軍略にも長け、そして、その小柄な体格からは想像できないほどの体力と腕力を持っていた。
剣で鎧ごと人を真っ二つにし、馬を切り裂く。最前線で1日中戦っても疲れを見せない。人々は、ローレンスには古の時代の魔法が使えるのだ、とか、戦神の加護があるのだ、とか言っていた。
畏敬の眼で見られるローレンスだが、本人はうんざり気味だ。初戦に勝利したローレンスは、そのまま総指揮官を任されるようになってしまった。
「ああああああっ! めんどくさい~っ!」
「突然叫ばないでください。殴り倒しますよ」
「君、私の事全然敬ってないよね! これでも君の主君なんだけど!?」
「自分で『これでも』とか言ってどうするんですか。だから、敬ってますよ。戦に関しては」
「うれしくないよっ」
振り返ってがしっと彼の足を蹴ったが、戦中ではないローレンスの力など微々たるものである。そもそも体格が違う。蹴った自分の方が痛くて、ローレンスは不機嫌そうに鼻を鳴らして再び歩き出す。
「だいたい、私が王位を継ぐとは限らないじゃないか。それに、私は――――」
「殿下。それ以上は」
シリルが周囲に鋭い視線を走らせながら小声でローレンスに釘を刺す。ローレンスは「わかってるよ」とため息をついた。
「父上は、私に戦場で死んでほしいんだろうね」
「……殿下」
「だって、そうしなければ、私はおそらく、このまま王位につくことになるだろう……そうすれば、父上の嘘が露見する」
「殿下。めったなことはおっしゃらないように。らしくないですよ」
ニコニコ笑って戦場に立つブリタニア第1王子。珍しい後ろ向きの発言に、シリルも動揺していないわけではなかった。ツッコミが控え気味である。
「でもさぁ。やっぱりいちいち帰ってくる必要はないと思うんだよねぇ。めんどくさいし」
「……」
二言目にはめんどくさい、と言うローレンスに、少ししんみりしていたシリルは呆れた。
「……殿下。王妃様がご懐妊されたそうですよ。後で顔を見せに行って差し上げて下さい」
「ああ……聞いたよ。いつまでも仲いいよねぇ、うちの両親。っていうか、私、今24歳だよね?」
「結婚適齢期ですね」
「うるさいよ……ってことは、生まれるころには25歳かな。母上、そろそろ40だと思うんだけど……仲いいね」
「さようですね」
シリルは適当に受け流すことにした。仲がいいのは否定しない。
ニコラス2世とその妻ブランシュ・ド・ランドローはもちろん政略結婚である。ランドロー公爵の娘であるブランシュは、ガリアの傍系王族でもある。
そんな2人は、政略結婚ながら仲が良かった。2人にはすでに、ローレンスを含め4男4女をもうけていた。ローレンスの2つ年下の妹と4つ年下の妹はすでに嫁いでいるが、ほかの弟妹達はまだ幼い。
「どんどん生まれるねぇ。ねえ、シリル君。私1人いなくなっても問題ないと思うんだけど、どう思う?」
「だから、どうして今日はそんなに後ろ向きなんですか」
大丈夫だと思うんだけど、と言われても、ローレンスの戦の才能は捨てがたいだろう。それに、ローレンスのすぐ下の弟は8つ年下で16歳。この年でローレンスは初戦を経験したが、剣術がぼろぼろの第2王子は、おそらく16歳で戦争には行けないだろう。ただ、これはローレンスが戦線を護っているからできることでもある。
「後ろ向きなわけじゃないけどさぁ。こう……戦争も続くと、何となく気分が暗くなってくるわけよー」
「にこにこ笑って最前線に立つ人が何言ってるんですか。返り血を浴びてすごくいい笑み浮かべてましたよね」
「好きで最前線にいるわけじゃないよ。私が一番突破力が高いからだよ。あと、いつも笑ってるのは笑ってないと戦場で精神を保てないからだよー」
なんか軽い調子でカミングアウトされたシリルは驚いて自分より背の低い王子の後頭部を見つめた。
「……意外です。そんな繊細さがあなたに残っていたんですね」
「……君、ほんとに私の事敬ってないね!」
すねる24歳。いい年した大人がすねる。中性的な顔立ちのせいか、童顔でもあるローレンスだから、微妙に似合っているのが何とも言えない。
果たして、王妃ブランシュは王妃の間にいた。まだあまり膨らんでいない腹をなでながら、彼女はローレンスを迎えた。
すでに40を越えると言う年齢が信じられないくらい、彼女は若々しい。豊かな栗毛に淡い青の瞳。ローレンスは母親に似ているとよく言われる。
「お帰りなさい、ローリー。戦勝おめでとう」
「……ありがとうございます」
にこやかに微笑んで勝利を祝ってくれた王妃だが、ローレンスが戦っているのは彼女の祖国なのだと思うと、微妙な表情にならざるを得ない。
「おなかの子のことは聞いた? 勝利にちなんで、女の子ならヴィクトリア、男の子ならヴィクターと名付けようと思うんだけど、どうかしら?」
「……よい名前と存じますが」
「そうよね」
ブランシュは満足げに微笑んだ。ヴィクターもヴィクトリアも勝利を意味する名前だが、そのキラキラしい意味の名前に、月桂樹の意味を持つ名前の人物はどう反応すれば正しいのだろうか。
「兄弟だけど、わたくしとあなたとの年の差より、この子とあなたとの年の差の方が大きいわね……と言うことで、この子が男児だったら、あなたの養子にしようっていう話もあるんだけど」
「……じゃあ、初めからその子を王太子にすればいいじゃないですか……」
我が道をゆく王妃にローレンスはツッコミを入れた。振り回すのが得意なローレンスだが、振り回されるのは苦手だ。子は親に勝てなかった。
「それだったら身内間で王位継承戦争が起きるわよ。あなたの養子にするから意味があるんじゃない」
けろっとしてブランシュは言った。背後でにやにやしているシリルにとび蹴りをかましたい。
ローレンスの存在は、本人が思っているよりも重要だった。長年続く戦争に勝ち続け、ニコラス2世の第1王子であるローレンスは王太子であるないにかかわらず、次の王に推挙されるだろう。
「でも、あなたにお嫁さんを取らせても、子供は生まれないしねぇ。あなた、女の子だし」
「……」
背後でシリルの盛大なため息が聞こえた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
私にしては珍しくファンタジーな要素が少ないですね。この辺りはまだまだ軽いです。
お昼に2話目を投稿します。