足の甲より年の功
「しろみさんや。まずはここから離れよう。怪我人もおるしの」
歯牙町長の後方から杖を伸ばして割り込む老人は、言うや否や杖を分解・展開し、病院前のコンクリ階段にざくりと突き刺した。
流れるような動きで杖の上部にカメラを設置したことで、その杖が実は三脚であったことが、白日のもとに晒される。
いや、“白日のもとに晒される”とは、これより起きた全く別の出来事の方を、指すべき言葉なのかもしれなかった。
「どーやら最近はレギンスなんて、ちゅーとはんぱな物を履いて、ちゅーとはんぱな技を魅せてる子がいるって、聞いてるお?」
「真剣の輝きを知らぬ世代なのかのう?」
乱入者達のそうした会話が終わるかどうかの、その刹那。
ロリナースの棒きれが如き脚にまとわれた白タイツに、老人が向けたカメラのストロボが、激しく焚き付けられる。
写った白脚は自らも光を発し、ダブル重ねの相乗効果マシマシにて、目も眩む目映い結界をその場に一瞬で――いや、瞬きの隙すら与えず――現出させたのだ。
賢明な諸氏には既に周知のことであろう。
注目が起こす大いなる光、それはかつてレギンスの剣脚である雑魚場レギンが使ったのと、同じ技であった!
「これぞ『脚光』!!」
「ぐうぬはっ……!??」
光にやられて叫ぶ町長、慌てて脚を振りかぶるガーターストッキング秘書。更には、血だまりに倒れる月脚礼賛や、立ちすくむ果轟丸。
白タイツが巻き起こした白く無垢なる『脚光』は、こうした動くものも動かざるものも、その場にいるもの全てを包むドーム状の光球と化し、視界を見る見る奪い尽くしていく。
全てが等しく白に染まるさまは、まるで雪山のようであった――。
「空、きれい」
輝く空を見つめながら、ひよこ饅頭を頭から丸呑みするは、病床の女一人。
「……おい、人の見舞い品をヘビみたいな食い方すんじゃねえ」
その傍らで銘菓の食べ方に口出しするは、スーツの痩せ男であった。
そう、視点移ってここはまたもや病室内。
病室にいたのは警察組織の二人組、通称・マグマの溶岩幸子と、通称・胃下垂の延山篤郎である。
ヘル・レッグケルズとの戦いに巻き込まれた溶岩幸子は、網タイ剣脚やロン毛カフェマスターが運ばれたのと同じ、この脚長町総合病院に入院していたのだ。
「空、きれい」
「きれいとかそう言うレベルのあれじゃなかっただろ、今のはぁ……。何だよ、この世の終わりか?」
『脚光』によってもたらされ、一瞬世界を包み込むかと思われた光球は、それこそ“瞬く間”に、鳴りをひそめた。
病室の窓から訝しげに玄関口を見つめる、胃下垂こと延山刑事。
見当たる範囲に怪しい者はなし。
ロリナースと老人も、町長とガースト秘書も、瀕死の黒ストと少年もいない。眼下にいるのは、通院者や病院関係者のみである。
「はぁ~……。職業柄、放置もできないわな。どうせ剣脚同士がやらかした、頭のおかしい何かなんだろうけどよ」
「空、きれい」
「うっせぇ! お前なあ……マグマ! 次会う時までにその後遺症治しとけよ? あとひよこは丸呑みすんな! ニックネームをヘビに変えちまうからな!」
溶岩幸子が飲み込もうとするひよこ饅頭を横取りし、それを尻からガブリとかじって、延山刑事は病室を去った。
悲しきかな、剣脚でもないその身にヘル・レッグケルズの必殺技を受けた溶岩幸子は、あの一撃で著しく体内のホルモンバランスを崩し、後遺症を負ってしまっていたのである。
そんな部下を見遣り、痩せた腹中に復讐の決意と饅頭を今一度飲み込み、延山は駆けた。
先輩の細くも勇ましい背中を見つめる、新米刑事・溶岩幸子。その心中、いかばかりか。
「空……きれい……」
一方、その頃。
目も眩み何も見えず、すわ失明かと言うほどに視界を失って、右も左もわからなくなっていた果轟丸少年は、いつのまにやら宙を舞っていた。
前後不覚でよくわからぬが、腰元を掴まれて連れ去られているのだろうということは、肌の感触や走る弾みで、なんとなしに理解していた。
ハイヒール網タイツ巨女にさらわれた時もこんな感じだったので、二度目だ。慣れてる。
「なっ……なんだ、おい? オレは今どうなってんだこれ?」
「騒ぐでないぞ、ボウズ。ただでさえ傍目には少年誘拐に見えるんじゃからな」
「じいさん? オレを捕まえてんの、さっきのじいさんか? じいさんの癖に体力すごくね?」
「騒ぐなというに、すぐに済むんじゃから」
「もがっ」
轟丸少年の口がしわがれた手で塞がれ、事情を知らぬものが傍から見た際のキッドナップ事案ぶりが、より鮮明なものとなってしまった。
とはいえ、さほど案ずることでもなかった。先ほどの『脚光』で周囲の目を眩ました隙に路地裏に入り込んでしまえば、その怪しげな姿を目撃されることも少ない。
何より、老人の弁に沿うように、その運搬はすぐに済んだのだ。
つまりは目的地への到着である。
「なんだあ、ここ……? つーかあんたら、何者なんだよオイ? オレたちを助けてくれたのか? 礼賛はどうなったんだ……? くそっ、よく見えねえ」
「そう騒ぐでない、ボウズ。そろそろ視力が戻るじゃろう。自分の目で見たらいいわい」
目をシパシパさせて轟丸少年が周囲を見渡すと、ここは板敷きの屋内のようだった。
傍らには、彼を抱えて来たと思われる謎の老人が、玄米茶で一服している。
部屋の中心には布団が用意され、薄黒ストの剣脚こと、月脚礼賛が横たえられていた。
礼賛の腹や脚には、ロリナースが甲斐甲斐しく、血塗れの包帯をぐるぐる巻きに巻いている。
「んしょ、んしょ」
「おお、ええのう。かわいらしいもんじゃあ」
瀕死の事態の月脚礼賛のことなどお構いなしに、老人はカメラを構え、いたいけな少女の看病っぷりをファインダーに収めた。
さて、改めて。
突如現れガースト秘書の脚を受け止め、真なる『脚光』を放ち、短い手足で治療を施している、年端もいかぬように見える白タイツロリナース。
この者、名を、『飛車しろみ』と言う!
「当座の治療はこれでしゅーりょーだおー」
「お、おい、助かるのか礼賛は? 出会い頭にぶった切られたんだぞ?」
「治るかどうかはこれからわかることだお。あんまり急かしてもしょーがないおー」
「そうじゃそうじゃ、ボウズ。しろみさんにそう突っかかるもんでもないわい。まだまだやることがあるというのに」
飛車しろみに駆けて詰め寄り、心配そうに月脚礼賛に顔を向ける轟丸少年だったが、またしても老人にひょいと小脇に抱えられてしまう。
抵抗むなしく再び強引に連れだされ、愛しき剣脚が横たわる場所から遠ざけられる、果轟丸。
「お、おい! 何すんだ離せよ!!」
「まあまあ。せっかく助けてやったんじゃ、老人の付き合いぐらいしてくれてもよかろう。どうせ今は怪我人を前に、儂らは何も出来ることはありゃせんよ」
部屋から引っ張りだされてわかったことがあった。先ほどまでいた板敷きの場所の、外観である。
何を祀っているところなのかはわからない。しかしここは、恐らく何かしらの神社なのであろうということが、一目して察せられた。
何故、神社にロリナースが。撮影好きの老人が? 月脚礼賛との関係は?
などと考えをまとめる暇も、質問する余裕もなく。そのまま外れの作業場に放り込まれると、今度はそこには炉があり、炭があり、槌があった。
「次の作業に入るお」
老人に抱えられた轟丸少年に続いて作業場に姿を表したのは、先ほどのロリナースこと飛車しろみ――ではなかった。
人物こそ同一ではあったが、白布一枚で髪をまとめて、和装の下には白タイツ。いつの間にやら、装いを一変していたのである。白タイツ以外。
更には、その手に握られし薄手の布地は、月脚礼賛が身につけていた、薄黒ストッキングではないか。
燃える炉の熱気の中、金床に敷かれたこの薄黒のストッキングめがけ、飛車しろみの小さな白脚が打ち付けられ、溢れんばかりの火花が溢れる。
そう、ここは鍛冶場だ!
「なっ……なんだこりゃあ!?」
「ボウズの剣脚の履物が、伝線してしまいおったからのう。ああして打ち直してやっているわけじゃ」
「そいやさー!」
響き渡るは、幼き掛け声。
白タイツ越しの爪先にて薄手のストッキングを掴み、もう一方の足で伝線部分を執拗に蹴り飛ばしている、飛車しろみ。
それを意気揚々と連続撮影している、カメラ片手のご老人。
祖父と孫との悪ふざけにしか見えない光景ではあったが、汗だくの彼らは、いやいやどうして真剣である。
そして打ち付けられているデニール低めのこの履物もまた、剣脚の大事な脚を包む、真剣の一部!
真っ赤に燃えて命の輝きを、その化繊の身に取り戻そうとしているではないか?
「すげえ。なんかもう……すげえ」
「ほっほっほ。そうじゃろ、ボウズ。しろみさんはすごいじゃろ」
「あ、あー……うん。なんだろ、どっから驚いていいのかオレもうよくわかんない。オレよりガキなのに治療も鍛冶も出来てすげえとか、そういうところに最初に驚くべき?」
「しろみさんは儂より年上じゃぞ」
「あ、ういええ!? じいさんより年上?? この上まだ驚く要素あんの?」
「まあ、あれじゃな。俗に言うロリバ」
「ジジイ、よけーなこと言わなくていいお」
蒸しに蒸された火事場の空気が、一瞬凍えるほどの殺気がぞっと過ぎていったが、それはそれ。
老人は飛車しろみの撮影をふいに終え、轟丸少年にこう告げる。
「しろみさんのコスプレ撮影会はこの辺にしてじゃな」
「コッ、コスプレ撮影会だったのかこれ!??」
「ボウズ、そろそろ驚き疲れたじゃろう。儂らはちょと男同士で、別の場所で仲良くするとしようか」
「なっ……なんだそれ。嫌だぞオレは、じいさんと仲良くなんてする気はねーし」
「まあそう言うな。儂がお前さんに稽古をつけてやろうと言うのじゃからな」
「……は?」
こうして果轟丸少年は、血も滲む修業の日々へと、その身を投じる事となった。
回復、修復、修行の三つが共に過ぎる、神社での濃密な時間。
戦いから離れたこの時間の中で、かように来るべき決戦・再戦のために力をつけるのは、何も彼らだけではなかった。
それは脚長町の一角、封印の赤札に囚われし、巨大な蔵!
いやさそれは封印の赤札にあらず。蔵に無数に貼られたこれぞ、幾千枚の差し押さえのシールなり!
暗澹とするその蔵の最奥部にて、一分の光も差さぬ中、影すら生まれぬ隅に蠢く、女の黒い両脚は何者か。
「あのような失態はもう許されませんわ。我が負門の家に伝わる秘蔵の黒衣にて、確実な勝利を掴むの……です」
「やめろッ常勝ちゃん! それは駄目だ、暗黒面に飲み込まれるぞッ!!」
「漆黒の八百万デニール黒タイツ……。透けもテカリも排除したこの黒色にて、月脚さん。今度こそ格の違いを見せつけて差し上げますわ……!」
未曾有の暗黒に飲み込まれゆく、昏き蔵。
黒タイツ眼鏡女子高生剣脚・負門常勝の運命や如何に!
かくして脚長町の各地にて、あるものは休み、あるものは力をつけ、あるものはついに目を覚ますのである。
本殿に敷かれた布団の上で目を覚ました、ショートパンツに薄黒ストの剣脚、月脚礼賛。
自身の置かれた状況や、傷の治りやその履物に、思いを巡らす……その前に。
彼女は目にした。
寝起きの自らに迫り来る、白衣の天使の容赦の無い脚のうねりを。
次の瞬間、月脚礼賛は白タイツの脚に絡め取られて放り投げられ、起き抜けざまに布団もろとも宙を舞っていたではないか。
「こっ……これは……? この技は……」
「おはようお」
気の抜けた幼女の声に、冴える技。この看護師、看護するつもり毛頭なし。
だが、しかして! 強烈極まりないモーニングコールを受けた月脚礼賛は、戸惑いつつも爪先を天井に突き刺して踏ん張り、落下の危機を咄嗟に逃れる。
直下に待ち構えていたロリナースは、「目覚めたならば手加減無用」と、省力版の『脚光』を放ち、光に一瞬包まれた。
光が消えるとそこにいたのは、変身ヒロインさながらの早着替えを即時に終えた、ブランニュースタイル飛車しろみである。
今やナースにあらず、臨戦態勢の白き格闘着。
驚き吠える、礼賛曰く。
「ろっ……老師!! 老師じゃないか!!」
次回、剣脚商売。
対戦者、白タイツ道着ロリババア。




