隠し剣・足の爪
「こんなところにいつまでもいられるかッ! 我は一人でも生き延びてみせるぞッ!」
既に日は落ち、黄昏時を迎えつつある脚長町市庁舎。
美脚戦争の余波で建物は崩れ、照明灯も殆どが消えてしまっている。
その暗き只中を、悪態つきつつ歩む美脚は、明かりの少なさで若干見えづらくはあるが、どうやらグレーのレギンスに包まれていた。
その装い、実にガーリー!
この者、名を、『雑魚場レギン』と言う!
物語の開始早々に敗れた雑魚であるが故、賢明な諸氏も既に、彼女の名前をお忘れであろう。
なので二回目の紹介をさせていただいた。雑魚のくせに特例である。
「最後の一刺しだなどと、大役に浮かれている場合ではなかったのだッ! まったく、忌々しい……ッ!」
レギンは思い返していた。
自分がレギンスを履いていなかった、ほんの数十分前のことを。
実はこの雑魚場レギン、丁阡号の号令によってハイヒール網タイツ巨女に襲いかかっていた、量産型美脚千名の中に、紛れ込んでいた。
複製されたシャドウ編みブラックシアータイツ・天叢雲剣を履き、目元隠したワケあり女子たちのリーダー格として、共に戦いの中にいたのである。
不死身のハイヒール網タイツ巨女に襲いかかっていた量産型は、三隊に分かれての三百三十三名。つまり乗算すれば九百九十九名。
様子見をしながらその辺を走り回って、なんとなく戦っているふりをしていた、残り一名の雑魚こそが、レギンであった。
体育の授業の団体球技で、特にボールに触れることも無くそれらしい位置取りだけして、一切ゲームに参加していないものが時折いるが、まさしくそれ。レギンはそうして、戦いの中での致命傷を避けたのだ。
だが、しかして。なんとこれは町長からの指示でもあった。
敗北者のふりをして、倒れた量産女子の山に埋もれ、いずれここに敵が現れた時には、フットネイルのペディキュアで串刺しにするハラだったのである。
目標は月脚礼賛、もしくは飛車しろみであったという。どんでん返しの一脚逆転を狙うための、秘蔵の伏兵だったのだが。
「そこで倒れてるあなた、意識があるでしょ? わたしは警察です。ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
「ケーケケケケ! バレたら仕方がない! 警察共も全員吹き飛んで、誰も味方の存在しない、我ら二人きりのタイミングで話しかけたのが、貴様の運の尽きよッ!」
「あなた、セリフが妙に説明的ですね?」
「黙れッ! 『脚光』!!」
「こちらも、『脚光』!!」
「バカなーッ!??」
『K.O.』! 勝負は決した!
身を伏せて様子をうかがっているうちに、雑魚場レギンは溶岩幸子に敗れていた。せっかくの大役を果たす機会、完全にパーである。
「クソッ!! 切れ味が良いだかなんだか知らないが、こんなあざといものを履いているから、我が実力が発揮できなかったのだッ!! いつものレギンスであれば、貴様ごときに負けることなどッ! とっとと履き替えてやるッ!」
「いいから、これからするわたしの質問に答えなさい! あなた、町長に雇われた『刺脚』の一人、雑魚場レギンね? 先輩の資料を見て知っているわ」
「ふん、先輩だと? さっきの戦いでふっとばされた警察のカスどもの誰かか?」
「そう、それです! ねえ、くたびれた黒いスーツの痩せた人……いかにも胃下垂っぽい人がどこに飛ばされたか、見なかった? それと、この市庁舎の作りがどうなっているのか、特別な施設があったらわたしに教えなさい!!」
「そんなもの教えろと言ってそう簡単に教えるバカがいるかッ!」
「『脚光』!!」
「バカなーッ!??」
こうして溶岩幸子は、延山刑事と合流するより前に、雑魚場レギンからこの市庁舎内部の情報を得たのであった。
場面は前話のラストシーン、市庁舎地下最下層、黒スト生産工場の溶鉱炉へと舞い戻る。
神代の頃から伝わる唯一無二のシャドウ編みストッキング、天叢雲剣の複製には、多大な火力が必要であった。どろどろに溶かされた特殊合金混紡が、溶岩地獄のごとくグツグツと煮え滾っている。
「雑魚場レギンからこの溶鉱炉の話を聞いて、あなたを倒すにはここしかないと思ったわ。丁阡号!」
「鉄ヲモ溶ケサセル溶鉱炉ナラ、ワタシヲ殺セルト、短絡思考シタカ? ダガオ前ハ、ワタシヲ溶鉱炉ニ落トセル程ノ、剣脚デハナイダロウ。クククククク……!」
「それは、わかってる……。だから、あらゆる手足は尽くします!」
煮えたタイツも程近い、一本橋の作業場の上にて、ベージュストッキングと全身タイツは相対している。
話の途中、溶岩幸子がごろりと横転した先で掴んだのは、この場所にあることを既に察知していた、あのアイテムだ。
上階の黒スト量産工場より、穴を通じて落ちてきた、黒スト履きのレッグトルソーである。
賢明な諸氏には既に周知のことであろう。レッグトルソーとは、靴下屋の店頭などで見かける、脚部のみのマネキンにタイツ類を履かせて展示するためのものだ。この市庁舎でも侵入者対策用のブービートラップとして設置され、警官隊数名を串刺しにしている。
溶岩幸子はこのレッグトルソーを右手に一本、左手に一本、高々と掲げた状態で橋の欄干に登る。
「わたしの力はまだまだ微力……。でも、両手の黒ストレッグトルソーと、倍のジャンプと回転を加えれば! 脚力は何倍にもなって、あなたにも届くはず!!」
更に攻撃力の上乗せとなるのは、三本足の一斉攻撃、『三脚』。
両手のレッグトルソーと合わせれば、合計『五脚』。これが跳躍とひねりを加え、まとめて全身タイツサイボーグに襲いかかったのだ。
五本の美脚とゼンタイガールが激しく衝突し、膨大な破壊力を連想させる轟音が、地下に響き渡った。
「マッ、『マグマ』ぁ!!」
叫びを上げたのは、溶鉱炉のある地下層に這いずって現れた、延山篤郎である。
熱気で揺らぐこの室内、上階から溢れる工場用水が蒸気となって、視界が悪いために熱戦の様子も杳として知れないところがあった。
やがて濃霧が薄まり、橋の上にて浮かび上がった剣脚の影二つ。延山刑事がそこに、目撃したのは!
「こっ、これでも……!! 届かないの……??」
「オ前ゴトキガ、ワタシニ脚ヲ使ワセタダケデモ……充分ナ結果ジャナイカ? ククカカカカカカケキキキキキキ!!」
『マグマ』こと溶岩幸子の渾身の五本脚を、右脚一本で丁阡号は、受け止めていた。
攻撃の勢いを完全にそがれ、既に幸子の脚は『三脚』でもなんでもない、ただのベージュストッキング脚だ。
だがそんな無力な女の、目と鼻の先には、銀のタイツに包んだ体の全てが刀!
四十八手、四十八脚、四十八刀!
魔性の化け物が愉しそうに身を捩らせて笑っているのだ。
狂気を感じた『マグマ』がそこから逃れることは出来なかった。即座に彼女の脚は、丁阡号の両手によって掴み取られたから。
急場の修行でついた幾つもの痣が、パンスト越しの肌色に見て取れる。そんな努力の幸子の脚に、丁阡号の指で新たな傷が加えられていくのだ。
「逃ガサンゾ、ククク……」
「その腕、もらった!」
「……何ダト」
溶岩幸子。この女は弱かったが、逃げるつもりも負けるつもりも毛頭ない。
丁阡号が伸ばした腕を逆にひっつかんでの、腕ひしぎ十字固め。そこにベージュストキングの脚刀も駄目押し、丁阡号の腕の自由を奪っていく。
立ったままの状態で、片腕に女一人を張り付かせた格好の、丁阡号。
邪魔そうに腕を払ってどけようとするが、『マグマ』こと溶岩幸子は、鋭い手刀に裂ける我が身も厭わずに食らいつく。
ベージュの脚はやがて、丁阡号の腕から首も支配し始め、この全身タイツサイボーグですら、幸子の気迫と脚力によろけ始めているではないか。
「グ、グガアアアア……!」
「あまり警察を舐めないことね、脚を使う以外の護身術も学んでいます。国家権力、なめんなよ!!」
「おい待て『マグマ』、お前ぇ……!」
驚愕の目で見つめる延山篤郎、動きたいが体がまともに動かない。
彼が転がり落ちてきた階段から、剣脚二人が戦う溶鉱炉の上までは、まだ数十メートルは距離がある。非常に近い。だが、立つこともままならぬ男には、遠い。
彼はそこから、見ていることしか出来なかった。
自分の後輩が、丁阡号に向けて体重を載せ、溶鉱炉の下へと道連れにしようとしている様子を。
溶岩幸子の脳内には、彼女の祖父の厳しくも優しい姿が、思い起こされていた。
「さっちゃんや。弱いものが勝つには、地の利を活かさねばならん。利用できるものは全て利用せねばならん。時には自らの命すら、省みてはならんのじゃ。しかしこれは、死中に活を見よという教えであってじゃな……。生き残るためには、死ぬ気でやるんじゃ。だが、決して死ぬでないぞ! どんな過酷な戦いであろうとも、可愛い孫に玉砕戦術など、儂はやらせたくないんじゃ」
修業漬けの二ヶ月間が、幸子の脳内を駆け巡っていく。
「おじいちゃん、ごめんね」と、ぽつりと声が漏れた。
「これで終わりです!! 必殺!! 『マグマ落とし』!!」
「グアッ……!!」
相手の腕を掴んだまま、決死の覚悟で溶鉱炉へと身を投げる、溶岩幸子。
道連れに全身タイツの人造美獣を巻き込んで――。
ところがどうして、さにあらずであった。
幸子にのしかかられた上半身が、溶鉱炉の熱気の寸前にまで接していた、丁阡号。
銀のボディを流体金属よろしく、にゅるりと柔軟に起き上がらせて、すんでのところで立ち止まるのだ。
「クックックック……。落チルト思ッタカ? 共ニ死ヌ覚悟ダッタカ? 思イ上ガルナ!! 命ヲ賭ケレバ勝テルト考エテイル辺リ、オ前タチハ脳天気ダナ。笑エル」
「そ、そ、そんな……?? 落ちる寸前……だったじゃない……!?」
「クカキヒャヒャヒャヒャケカカカカカカカカ」
改造手術の悪影響か、全身タイツの羞恥の負荷か。
淀んだ悪どい笑みを響かせ、丁阡号は歓びに打ち震えていた。
その蠕動する肢体は、一枚のピタリとした生地に覆われていて艶めかしくもあり、人智を超えた恐怖でもある。
轟く嬌声は銃声によって遮られた。血がにじみ震える手で、延山刑事が援護射撃をしたからである。
しかしこの不意打ちの銃弾すらも、丁阡号は意に介する事無く、全身で切り落としていた。
「くそっ……。くそっくそっくそっ……! もう弾がねぇ……っ! 『マグマ』、ダメだ。そいつから逃げるんだ……」
「先輩……! で、でも、こんな、わたし、こんな……! わたし……! え、どうしたら……? わたし……?」
「パニック!! 愉快ナ感情ダ、モット見セロ女! ワタシニハモウ味ワウコトノ出来ナイ感情!! 実ニ愉シイ……! シィイーーーーーーーーシシシキキキケー」
「いいんだな」
「……くどい」
丁阡号、溶岩幸子、延山篤郎。
溶鉱炉のあるこの最下層で戦う三者とは違う、聞き慣れない声が二つ混じったかと思った、次の瞬間。
腕に溶岩幸子を固定したまま笑っていた、丁阡号の土手っ腹に、一本の槍が突き刺さった。
この槍を投げつけたのは誰あろう、筋肉漢・水町ゲロルシュタインである。
いつの間にやら地下に降り、熱気と水蒸気がもうもうと煙る中、延山の背後にて、この男は片目で照準を合わせていたのだ。
水町の全力で放り投げた一本の槍は、これ以上ないのではというほどの、長い永い最上級の長物であった。
網タイツに包まれたその一本脚は、全身タイツサイボーグの腹を突き破り、背中側に真っ赤なハイヒールを覗かせている。
爪先から太ももまで、この長い脚を目で追えば、そこから更に伸びるボディコンシャスなワンピースと、おなじみの強くも優しい鉄人の顔が、我々の目に飛び込んでくる。
片脚のハイヒール網タイツ巨女、真壁蹴人。その身を持って丁阡号を串刺しであった。
「オ前ハ……!!? ドウシテ……?? 死ンダハズダ……!!」
「高位治癒で……。蘇生しないと……。誰が……言った……!!」
次回、剣脚商売。
ベージュストッキング新米刑事VS全身タイツサイボーグ、ハイヒール網タイツ巨女の乱入を経て、堂々決着。




