シーン6!
俺は木製のヨーロッパ風ドアを開ける。
醤油の匂いが湯気とともに鼻の中を駆け巡り、今日の夕飯は鍋だという信号を俺の脳に伝達した。
そして、入った途端、最初に俺の気配に気づいたのはドアが真っすぐ見える位置で座っていた萌え女、愛莉だった。
「あ、変態キューピッドさんだ! 凄く固く縛ったのに抜け出せちゃうなんて、凄すぎるー!」
姉であり、美女の怜と、兄である愚民もすぐさま俺の方向に振り返る。先ほどの殺気に満ち溢れた鋭い目つきとは別に、なにやらどうでもいいものを遠くから眺めるような感じだった。
犯される気配は失せたものの、これほどの冷たい視線は違う意味で心に来るものがある。
「愛莉、知らない人とお話しちゃだめよ。さっきの拓兄みたいに洗脳されちゃうかもしれないじゃない」
愚民よ、俺はお前を助けるために犠牲になったのだぞ?
俺がいない間にせめて誤解を解くぐらい気を使ってくれても良かったのではないか。
「そんなあ……」
愛莉は気を落としてしまったように、俯いてしまった。俺も麗しき美女になんの躊躇いも無く悪の洗脳者扱いされるなんて予想外だ…… 俺もガックリと肩を落としていた。
しかし、時計の秒針が半分も回らないうちに、我が救世主、愛莉はテーブルを叩き、天井を見上げながら怜に促す。
「あ! じゃあ、お友達になれば、知らない人じゃなくなるよね!」
「ちょ、待ってよ、愛莉!」
愚民が懸命に止めに入ろうとするが、愛莉が俺の所へ突っ走り、笑顔で俺の前で握手を求めるまで間に合わなかった。
俺は、驚き、恥ずかし、嬉し、の絶妙な感情のミックスをどのように表現したら良いのかを考えたが、結局画期的な結果が得られず、赤面しながら手を差し出す事が最後の選択肢となってしまった。
この地球上での愛の女神、愛莉は俺の差し出した右手を両手でギュッと掴んだと思ったら、幼くもはっきりした声で自己紹介した。
「本庄愛莉です。香閣学院中学二年の十四歳だよ。よろしくね、キューピッドちゃん!」
「お、俺は……アモルだ」
赤面しちまったぜ。不覚だ!
「アモルちゃんか…… 面白い名前だね!」
「おも…しろい、か?」
「うん! あ、そうだ! アモルちゃんも一緒に食べようよ!」
ああ、天よ! 人間界にはキューピッド界の某上司に勝るほど、隣人愛を実践しているものがいらっしゃるでは有りませんか!
神よ、最早、貴方は愛の女神のポジションに対する人選を誤った事を自重する時であると、私はここで全身全霊をかけて宣言しましょう。
「はい、アモルちゃん、ここ座って!」
いつの間にか自分の指定席に座っていた愛莉は、隣の空いている席を手でポンポンと叩いている。俺はそれに従った。
「アモル……か。 スペイン語で 『愛』。全く上手く作られた名前だわ」
俺が席に着いた途端、怜が不満げな面をぶら下げながら、鍋に入っているネギをつついている。
いくらナイスバデーだからって気に食わない言い方を見過ごせるほど、俺の心は寛大じゃない。俺は反論する。
「別に俺が好き勝手に作った訳じゃない」
「じゃあ、キューピッドだって言う証拠を見せなさいよ。そう……矢でも出して」
「うっ……」
くっ…… あのバカバカしい太陽に対する懺悔をここでするわけにはいかない! そうだろ、読者諸君!
「ほら、出して。なーんでそんな苦い顔をしてるのかしら? 本当のキューピッドなら大丈夫なはずよねぇ?」
嫌味な女だなあ、こいつは!
怜は不気味に笑いながら鍋を黙々とつついている、と思いきや先ほどの肉団子を少しづつかじっているだけだ。ご飯もお茶碗の四分の一ほどしか入っていない。その制服から微かに覗ける豊満な胸の栄養はどこから来るのか不思議なほど小食らしい。
まあいい!
「な、何人様の胸をマジマジと見てるのよ! 早く矢を出しなさい!」
全くせっかちなお嬢さんだな。俺みたいなイケメンに胸を見られるのがそんなに恥ずかしいか。
よし、いいだろう、宣戦布告だ。
いつかは自分からその胸を見せたくなるほど俺にメロメロにしてやろうではないか。
俺は目の前でこれまで俺の存在を無視して食べている愚民の後ろに回り、襟首を思いっきり引っ張りながら言った。
「愚民、ちょっと廊下で話がある」
どーも、はるまきです!
第六話ですね!
読んでくださった方々、ありがとうございました!
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