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シーン26!

 そんなこんなで、夕方になった。

 布で包まれた矢を傍らに誰もいないベンチに腰掛ける。

 先ほどまで朝だったというのに、時間が流れるのは実に早い。

 俺の選択肢は間違っていないはずだ。

 いや、間違っているかもしれない。

 正しい選択肢を探すことこそが、もう間違いなのだから。

 さて、俺のターゲットがやってきた。

「それが貴方の答え、ということでよろしいのですね、アモル様」

「……ああ」

 俺は立ち上がって真正面からその姿を確かめる。

 遠山一途。

 左右にピンを指したセミロングで、パッチリした青い目が特徴的なお嬢様口調で、かつ、俺が尊敬するクリスタルチルドレン様。

 相変わらず、屋台をやっている時のエプロン姿。

 そして、怜の恋敵ならぬ、「恋」 の 「敵」。

「予想はしておりましたわ」

「流石クリスタルチルドレン様、なんでもお見通しですね」

 皮肉交じりに俺はそう応える。

「もちろんですわ。人並みに考えれば分かることです。私を撃てば怜様は確実に一之瀬様と結ばれるでしょう。一秒でも早くキューピッド界に戻りたいあなたとしては、これがこれが一番手っ取り早い道なのですから」

「じゃあ、文句はないということでいいんだな」

 俺は丁寧に、矢に巻いた何重もの布を解いていく。

 そう、慎重に。

 俺が傷ついたら元も子もない。ミイラ取りがミイラになるようなもんだ。

「文句なら大ありですわ。いくら私のような人種でも、その矢で撃たれたら効果を無効化することなどできません。それからずっと、私は一生一之瀬さんを嫌い続けるでしょう」

「…………」

「それはどういう意味か分かっていますか? アモルさん? つまり、世界を救う使命を担っているレインボーチルドレンもこの世界に生まれてくることはなくなってしまうのですよ。世界の運命をあなたが壊してしまうのですよ? その責任をあなたは負うことが出来るのですか? 他に案があるとでも言うのですか?」

「そんな案、ないな」

 躊躇いなしで俺はそう応える。

 俺は矢を構える。

 因みに弓は無い。一応、弓の弦を引っ張る姿勢はしているが、目に見える弓自体は存在しない。矢は全て俺の意思で飛ぶのだ。

 だから、俺がミスすることはない。

 百発百中だ。

 急カーブさせることも、ブーメランさせても、止めてから加速させることも、なんでもありなのだ。物理の法則を作った人には、ご愁傷様とでも言っておこう。

「しがないキューピッド風情に世界は重すぎるぜ」

「では、なぜ私を選んだのですか?」

 一途さんは会ってからずっと落ち着いた雰囲気を保っている。

 あたかも、こんなことなんでも無いかのように。

 撃たれる方より、撃つ方が緊張するとは、世も末だな。

「俺はセミロング萌えだからな」

「応えになっていませんね。この期に及んでまだおふざけなさるとは、事の重要さを知らないようです。呆れるばかりです」

 一途さんは落胆したようだった。

「一途さん」

「何でしょうか、アモル様?」

「俺はキューピッドだ。それは変わりようのない事実だし、変えようとも思わない」

「だからなにか?」

「一途さんは世界を背負ってる。それは偉大だし、すごいと思う。そんなこと、器量の小さい俺には到底、無理な話だ。だからこそ、人間よりも位の高い俺でさえ、一途さんには尊敬してる。だけど、一途さん? 知ってたか? キューピッドの俺にも背負ってるものがあるんだぜ?」

「…………」

 一途さんは真顔で俺を見つめる。

「人の感情だ」

「……感情ですか」

「そ、感情。だから、俺は恋の感情がない人同士をくっ付けようとは思わない」

「…………」

「……ていうのは、単なるこじつけだ」

「では、真意は?」

「俺の友達の恋路を邪魔すんな」

 俺が撃つべき相手は真正面にいる。

 矢を支えている手が震えていた。

「はあ…… 全くお人好しですね。アモル様は人間よりも人間らしいキューピッドですわ」

 一途さんは両手を広げ、続ける。

「さあ、どうぞ」

 風で俺の好きなセミロングが揺れていた。

 矢が自分の方向を向いているというのに余裕の笑顔だ。撃つこっちが躊躇してしまう。

 ダメだ、余計なことを考えるな。

 余計なことを考えたら、終わりだ。

 撃つことだけを考えればいい。

 撃つ。

 撃つ。

 撃つ。

 一瞬、一途さんの後ろの噴水から影が見えた。

 今だ。

「行けえええええええ!」

 俺は矢を構えていた右手を放した。それと同時に、鉛の矢は、正面を突き抜けていく。

 まるで重力などないかのように。

 そう、かの放物運動の方式はもう通用しないかのように、直線に進んだのだ。

 このスピードなら、一途さんとの距離で〇・五秒もかからないだろう。

 〇・一秒、〇・二秒、〇・三秒、〇・四秒……

 刺激があれば、時間は実に長く感じるものだ。

 それがコンマ単位の時間でさえも。

 一途さんは十字架に貼り付けになさるような姿勢を一向に崩さない。

 いや、崩さなくて正解だ。

 突然動いたら、思わぬ事態が起こるかもしれんからな。

 なぜなら。

 矢は一途さんの腰の左側を通り抜けるのだから。

「!?」

 一途さんは驚いた様子で咄嗟に振り向く。

 最終到着地点は、一途さんではない。

 その先にあるものだ。

 暫くし、聞き覚えのある声が発せられた。

「あ、あああああ、アモルさん!」

 どうやら成功のようだ。

 愚民が間抜けな顔をして、両手で大きな丸を頭上に作っている。

「成功です!」

 噴水の後ろから、ムクッと、メタボ気味な眼鏡の中年の男性が現れた。

 頭を掻きながら、首からぶら下げているカメラを眺めている。概ね、なぜ自分が他人をストーキングに身を投じているのか不思議で仕方がないのだろう。

 一途さんは地面にへたり込んでしまった。表情は保てたとしても、やはり矢で狙われるのは精神的に重荷だっただろう。

 俺は一途さんに近づく。

「あ、アモル様、あれは、どういうことですか? 矢が私をすり抜けて、噴水の後ろに行って、『成功』 って言ったらカメラを持ったおじ様が出てきて……」

 戸惑った様子で一途さんは俺に聞いた。

「ああ、あれ?」

 俺は頭を掻きながら応える。

「なんていうか、あれはストーカーだ。まあ、なんだ。様々な事情があってあるロリペタの中学生に言いなりになってる可哀想なおっさん、といったところだな」

「ストーカー……」

「好きって感情は行き過ぎたら呪いみたいなもんだ。知らず知らずのうちに自分たちが振り回されちまう。あのおっさんが典型的な形とでもいうかな。健全な愛を理想とする俺たちキューピッドとしては、ああ言う形の愛はいただけないんだなあ、これが」

 俺は一途さんに手を差し伸べる。

 一途さんは依然として間の抜けたような表情を浮かべていたが、俺の手を取って立ち上がる。

 俺と目を合わせたかと思ったら、一途さんは目をそらしてしまった。

「……なんでですか?」

「ああ、あのおっさんか? あの人たちはもういい社会人だ。もうそれぞれの人生があるだろうし、もしかしたら家族もしかもしれない。そうならばロリペタ中学生への歪んだ恋愛感情で非道徳的なことをやるべきじゃないだろ? だから、鉛の矢でロリペタ中学生に対する好意を打消しさせてもらった。それだけだ」

「私が聞いたのはそういうことではありません!」

 俺の胸ぐらを掴み、叫んだ。

 目が涙で潤んでいた。

「なぜ、私を撃たなかったのですか! 私を撃てばあなたはすぐさまキューピッド界に帰れるというのに、なぜ撃たなかったのですか! これではあなたは帰れなくなってしまうのですよ!」

 俺の服を掴む力が益々強くなっているのを感じる。

「だから言ったろ? 俺がセミロング萌えだからだ」

「この期に及んで、またおふざけを……」

「ふざけてなんかない」

 一途さんの言葉を遮るように、俺は言った。

「忘れるな、俺は性欲の塊だぜ?」

「!?」

 一途さんは途端に俺から手を放そうとした。

 しかし、俺はその手を咄嗟に掴む。

「だから、あんたのことをさほど好きでもなく、ましてやあんた自身がそんなに好きでもない男に、あんたが寝取られるのを見てるだけっていうのは、男の本能を持つレアキューピッドとしては、許しがたい」

「…………」

「だけど、一途さん。運命とか、そんなこと考慮せずに、あんたが本当に心から好きな人が出来たら、俺はサポートする。それが一之瀬であれ、愚民であれ、その他どこかの男性であれ、俺が成就させてやる」

「サポート……」

「ああ、サポートだ。俺たちは友達じゃないか、一途さん。後、忘れちゃ困るぜ」

 最後に俺は言ったさ。

 キメ台詞を。

 キメ顔で。

「俺は心優しきキューピッドだからな」

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