シーン25!
キューピッドが不眠不休、二十四時間営業であるのは、キューピッドとしては苦痛でしかないのだが、今日はその特性を苦痛から逃れるために使うことにしよう。
早朝四時。六月の下旬にもなって、夜が短くなってきたので、もうこの時間帯になれば太陽がどこにあるか分かるというものだ。なぜ俺が太陽を探すか、そんなもの、この話を最初から読んでくれた読者なら分かっているはずだ。
分からないなら、あんたはモグリ決定だ。
…………
ったく! モグリの方々も一応ちゃっかり読んじゃってくれてるので簡潔に説明してやる。
俺は心優しきキューピッドだ。
俺は太陽に懺悔しながらエロース様の名前を呼び続ける変態、変人、奇人になることで、鉛の矢を出すことができるのだ。詳細は割愛しよう。
プロセスは省いたほうがいい。
ページがもったいないからな。ウジウジ書いていくと文章が読みにくくなるのがオチだし、そうだろ? 読者? 長ったらしい本なんぞ、買うのは自己満足の一環なのででいいとして、読むのはうんざりだろ?
よし! うん、そうだろ、そうだろ!
というわけで、読者のご要望に応えて、そこのところはカットさせていただく。
決して俺が話すのが恥ずかしいとかじゃないぞ。俺はいつも読者様の読みやすさを優先しているのだから。
流石早朝の四時、誰もいない。
考えたら、俺はここにもう二か月もいるのか。短いようで、長いものだ。
さて、今回は何回ぺこぺこしたら弓が出てくるのだろうか。
と、そんな呑気なことを考えていたら、なんと一回で終わった。
本来ならここで自らの成長に心打たれ、サンバでも踊るのかもしれないが、俺はそんな余裕がなかった。
それもそうだ。
余裕なんかあるわけがない。
俺は今日、この矢を打たなければいけない。
愛を終わらせるというこの矢を。
つまり、俺は、今日、この日。
誰かを不幸にする。
俺の決断だ。
悔いは残るかもしれない。
だが、後悔はしない。
そして出来上がった鉛の矢だが、学校に持っていくときはこれ以上ないくらい慎重に運んだ。矢全体を布に包み、手で持ち運べるように左右を簡単にひもで結んだ。
手がふさがらないように背中に結ぶこともできたんだが、矢の耐久力からして、もし俺が不意に腰でも曲げたらそのまま折れてしまいそうだったので、あえて手で運ぶことにした。
鉛の矢は俺が作り出したものであるにも関わらず、俺がその矢で傷ついたとしても効果がある。かつて、神様さえをも弄んだ弓矢だぜ。その威力と言ったら強大だし、絶大だ。
保険の為にも、丁寧に扱わなければ。
しかしまあ、ここまですればよっぽどのことかない限り、折れやしないだろう。
日が経つのは早いものだ。
俺が屋根裏であれこれ作業しているうちに、姉妹方はもう家を出て行ってしまったようだ。今家にいるのは部活がない愚民と、しおれたキューピッドだけということだな。
俺は今や屋根裏の出入り口となっているトイレの天井から下に降り、リビングへ向かった。
愚民は皿を洗っていた。
その動きにに全く無駄がない。全く、主夫の鑑のような人間である。
かつて、こいつは家計を支えるためにバイトをしていたというが、飲食店で働いていたのだろうか。最早プロの領域である。
皿洗いの達人。
凄いのは分かるが、地味に面白い。
「アモルさん……」
そのテキパキさとは裏腹に死人が地獄から助けを求めるような声だった。
愚民は皿洗いをとめ、シンクのわきに手をついた。
「今日は怜を撃ってくださいね……」
「え?」
予想外のリクエストだった。
「昨日、愛莉から聞いたんですよ…… アモルさん、今日怜か、遠山さんのどちらかを鉛の矢で撃つんでしょう?」
「あ、え、ど、どうでしょうか、ね、ねえ?」
俺は動揺せざるを得ない。
だって、もう鉛の矢用意してあるんだもん!
今日やらなきゃ、そのままバッドエンド突入じゃないか!
「惚けないでください!」
愚民は俺の胸ぐらをつかんだ。
しかも泣きじゃくりながらだ。
すまん、読者。このキューピッド空気が読めないな、とか理不尽だな、とか思われるかもしれんが俺は笑いをこらえるしかなかった。
眼鏡のフツメンが乱れに乱れて、ギャグ過ぎたのだ。
「うぅ…… アモルさんに、アモルさんに! この僕の気持ちが分かりますか! この妹を得ないの知れない男にとられてしまうんじゃないというこの気持ちを!」
「いや、分からんが、洗剤が服につくから手を離せ」
ここで潔いのが愚民である。
愚民は俺から手を放し、その手で目をこすり始めた。
「怜は、怜は! 僕だけの妹なんです! 誰にも渡しません! それがクリスタルチルドレンだろうが、どこかの御曹司だろうが、メイド好きのエロい変態キューピッドだろうが、怜は僕だけのものなんです」
「最後の俺だろ! メイド好きのエロい変態キューピッドって、確実に俺だろ! ……・いや、あれ? 俺が突っ込むことによって自滅しているような……」
「怜がいなくなったら、僕は誰と風呂に入ればいいんですか!」
「まずはお前を撃ってやろうか」
「誰が僕の着替えの手伝いをしてくれるんですか!」
「力説するのは自由だが、やっぱ、俺、まずお前を撃った方がいいと思う」
突如明らかになった複雑な兄妹事情だった。
今ここにいないこいつらの親は、このドロドロした兄妹の関係を知ったらどんなことを思うのだろうか。
「とにかく、怜を撃ってください。撃ってくれたら、アモルさんの言うとおり遠山さんとでも、誰とでも仲良くします」
「取引……か」
「当たり前です! これくらいのこと、妹の為ならやってやりますよ!」
ドロドロの関係さえ露わになっていなかったら、どれだけハンサムなセリフだっただろう。
しかし、取引となると、益々俺の立場が揺らいでしまう。
俺がもし、一途さんを撃ったとしたら、怜と一之瀬がくっつくから、俺はすぐに帰る目処が立つだろう。だが、怜を撃ったら結局誰もくっつくことがないので、俺は帰れなくなってしまう。
だが、今ならどうだ。
俺が怜を撃ったら、愚民は一途さんと仲良くしてもいいと言っている。
どちらを撃つにせよ、今の俺にはメリットがある。
どちらを選ぶにせよ、帰れるのだ。
「…………」
「どうしました? アモルさん? 黙り込んじゃって」
「いや、大丈夫だ」
一瞬俺の信念が揺らいでしまったが、もう大丈夫。
俺はもう鉛の矢を出す時にもう決心したじゃないか。
決定は覆さない。
俺はこんな童貞悪魔の言い分に乗るキューピッドじゃないぜ。
大体、俺がわざわざリビングまで来たのはこいつと雑談を楽しみたいからでも、こいつこの頃出番がないからちょっとシーンを分けてやろうという優しさからでもない。
他にこいつに話を通さなきゃいけないことがある。
「愚民、ちょっと頼みがある」
「いやです」
「撃つぞ」
「何でしょうか、アモル様」
あたかもテロリストのような脅迫をする羽目になってしまったが、仕方がない。
こいつも当事者だからな。
脇役として、脇役らしく働いてもらおうか!




