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シーン23!

「俺は一体どうすればいいんだああああ!?」

 美しき俺のヴォイスが屋根裏中に響き渡った。「だあ」 の部分が空々しくもこだまする。ちゃぶ台にほっぺたをくっ付け、俺は地球の歴史よりも長い溜息をついた。

「愛莉ジャーンプ!」

「なっ!?」

 愛莉は故障中のトイレがあるはずのところの天井を突き破った。

 着地も完璧だ。見事に体操選手並みのY字を保っている。

 俺が審判だったらオール十を差し上げたい。

 それ以前に流石、踏み台なしで跳び箱十段を軽く飛び越えるほどの脚力を持つスポーツガールといったところである。

「お悩みだね、アモルちゃん! ここはどーんと、愛莉に任せちゃってよ!」

 発育の寂しいその胸をポンッと叩いて、優越そうにそう言った。

 そして、今や愛莉の特等席となった俺の向かい側にちょこんと胡坐をかくような状態で座り込む。

 俺も愛莉になら話してもやぶさかではないと思っていたところではあるので、このシチュエーション自体は好都合なのだが、ここまで興味津々になられると逆に考え直した方が良いのではないかと、徳として思ってしまう。

 しかし、だからと言って黙り込んでいるわけにもいかない。

 俺は話し始めることにした。

「はあ…… 実はだな、愛莉ちゃん……」

「みなまで言うな! 状況は全てわかっておるよ、アモルちゃん!」

 が、直に遮られてしまった。

「へ?」

 愛莉ちゃんは俺に顔を近づけ、囁くように語りかける。

 しかしながら、その顔と顔の距離というのが本当に、いや、マジほんっっとうに近いので、俺は両手を後ろに付く形になる。あたかも俺が愛莉に襲われているようだ。

 いや、襲われているんだけどね。

 この子と居るとなんだか、貞操が試されている気がする。

 キス我慢的な。

「もうこの物語、大詰めだから言うけどさ」

「な!?大詰めっていうな! 大体、なぜ大詰めだと分かる!」

「あ、じゃあ本当なんだ!」

「クソ、ハッタリか…… 策士め……」

 読者様からしてみれば残りページ数で分かっちゃうんだけどね。

「愛莉、優しいおじさんたちに皆の尾行頼んでるんだ」

「何だとお!?」

 そのおじさん方は何者なんだ!?ていうか、その人たちの人生大丈夫か!?

「あ、でも安心して、アモルちゃん! アモルちゃんは尾行してないよ! 誰一人アモルちゃんのこと見えなかったからね」

「見えてたら尾行してたのか?」

「愛莉のアドバイススタート!」

「明らかに誤魔化してんじゃねえ!」

 だが、追及はしない。

 答えなんざ、分かり切ったものだ。

 愛莉は再び座り込む。

「あのさ、アモルちゃん。事件って、全部二者一択にすると考えていたよりもシンプルだってことに気づいたりするんだよ」

「お前にとって、これは事件なのか……」

 俺にとっては紛れもない大事件だがな。

 コナンが旅館を訪れるたびに誰かが死ぬぐらい大事件だ。

「事件だよ! もし、もし…… 怜お姉ちゃんの心が傷つくことがあったら…… 愛莉もう耐えられないよ!」

 手で濡れた目をぬぐいながら愛莉はそう答えた。

「そ、そうだよな…… もしかしたらまたチェストカットとか自傷行為に及ぶかもしれなかったもんな。俺の失言だった。あやふやな返答をして済まなかった。謝るよ。ごめん」

 なんて、お姉ちゃん思いなんだろう。

 姉妹愛とは一つのプラトニックな愛が具現化したものではないのだろうか。

 姉が傷つくということは、自らの身をも脅かすかのような事件と同義。

 姉の幸せこそが、自らのテロスだということなのか!

 この子の為にも、俺は知恵を振り絞ってこの状況を乗り切らなければいけない!

 涙がにじみ出てくる…… 感激だ!

 ふれーふれー、あ・も・る! ふれーふれー、あ・い・り!

「うん、包丁を振り回しすぎて、毎日の朝食がお雑炊になっちゃうよ!」

 姉の自傷行為よりも朝食の献立の方が優先順位が高かったようだ。

 俺の感動を返せ!

「あれ、ご飯を細かくしたら雑炊になるの? お餅になるの? それともきりたんぽみたいな感じになるのかな? あれ? あれれれれ?」

 必要ないことで悩んでいた。

 因みに俺の推測としては、きりたんぽみたいな感じなるんだと思う。

 いや、あくまで俺のイメージだよ?

 事の真相は読者が自らの手で試してみてほしい。

 繰り返し、姉のことより、朝食の献立の方が大切らしい。

 親不孝ならぬ、姉不孝といったところか。

「ま、いいや! で、さっきの話だけど、全部まず二択にして考えればいいんだよ。大きな問題からどーん、と!」

「大きな問題からねえ…… 例えばどんな?」

「そうだね、アモルちゃんのケースだとまずは……」

 少し首を傾げた後、電球が頭の上で飛んだかのように閃いた様子で言った。

「『鉛の矢を使いたいか、使いたくないか』 じゃないかな?」

「『使いたいか、使いたくないか』 ……か」

 確かに根本的な問いではある。

「そう! それを答えたら、より細かいことを二択にして考える。それで、また答えたら、もっと、もっと、細かいことを二択にして考える。それを続けていけば、自分の意思がはっきり、鮮明になると思わない? アモルちゃん!」

「まあ、否定はしない」

「よし、じゃあ、さっきの質問に答えてみて!」

 俺は思考を巡らせる。

 鉛の矢。

 人の恋を消滅させる力を持つ矢。

 これを使うか使わないかで、次の問題が変わる。

 俺が、こいつらの人間関係に変化をもたらすかどうかが問われているのだ。

 いや、ちょっと待て。

 ここで、俺に選択肢はないはずだ。

 キューピッドとして、俺が持っている武器はこれしかない。

 これを使わないのは単なる問題の棚上げだ。

 加えて言うならば、ここで俺が手をこまねいているだけじゃ、エロース様が望んだドラマチックで、ロマンチックで、メルヘンチックな物語なぞ作れやしないだろうしな。

 選択肢は元々なかったようなものだ。

 俺は 『使わなければならない』。

 この問題自体が成立しないのだから何を迷っている。

 俺は答えた。

「使う、だな」

「じゃあ、次だね!」

 ピースを突き出しながら、これが二つ目の質問であることを強調する。

「『アモルちゃんは怜お姉ちゃんの恋が成就してほしいか、ほしくないか』、これに答えてもらおうか、アモルちゃん!」

「まあ、そう来るだろうな」

 そんなもの決まりきったものだ。

 俺は今まで何のために頑張ってきた。

 何のために殴られ、貶され、脅かされ、感電させられ、粘土を食わされたと思っている。

 これもそれもキューピッド界に帰るためじゃないか! 怜の愛を成就させれば帰れるかもしれないんだぜ!

 これも最早、質問ではない。愚問だ!

「これ以上ないほど成就してほしいに決まってるじゃないか! 俺はキューピッドだぞ、愛莉ちゃん!」

 だから、さっさとキューピッド界に帰りたい!

「アモルちゃん……」

 ワナワナと身震いしながら話しかける。

「見直したよ! アモルちゃん! そこまで、お姉ちゃんの恋に真剣だったなんて、愛莉、アモルちゃんのことを侮っていたよ! アモルちゃんこそキューピッドの中のキューピッドだよ!」

 強く握手を求められてしまった。

 まあ、悪い気分ではないので片手を差し伸べたら、両手で強く握ってきた。

 ……愛莉ちゃんの手、あったかいな。すべすべしてる。

 いやいや、何考えてんだ俺! もっとシリアスに!

「つ、次の質問を頼む、愛莉ちゃん」

「おっと、そうだね」

 コホン、とわざとらしい咳払いをした後、愛莉はメガネがそこにあるかのように左手の人差し指を鼻の付け根あたりにこすり付け、ピースに薬指がプラスされた右手を突き出す。

「多分、これが一番重要で、それでいてアモルちゃんが一番悩んでいることじゃないかな」

 俺は生唾を呑んだ。

 一体、愛莉はどこまで俺の心理を見透かしているのだろうか。

「『ご飯は包丁で切り刻んだら、餅になるのか、ならないのか』」

「もう過ぎたネタを持ち出してくきてんじゃねえ! それと、多分なんねえよ!」

 全然見透かしてなかった。

 俺の心理は読まれていなかったという安心感と同時に疲れがどっと俺の心身を襲う。

「元気がいいねえ、アモルちゃん。なんかいいことでもあったのかい?」

「かのアニメ化されたほど有名な青春怪異小説に出てくる専門家のアロハのおっさんの口癖を真似するな! 後々色々と面倒なことになるだろうが!」

 著作権とかね。

 話すことで楽になるとはよく言われることだが、話すことで疲れるのは俺が可笑しいのだろうか。

 あ、もういいや、考えるのが億劫。

「冗談だよー、アモルちゃん! これが本当の質問!」

「もう、なんでも聞いてくれ……」

 俺は大の字になって床に寝転んだ。

 愛莉の声だけが俺の耳に届いた。

「『遠山さんを撃つか、撃たないか』」

 この質問をしたとき、愛莉はどのような表情をしていたのだろうか。


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