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シーン22!

 愛莉にはハンサムな言葉の雨を降らせたものだが、それ以降何をするかと問われたら、何も思い浮かばなかった。

 とにかく、情報が欲しい。

 俺は図書館にこもった。インディゴチルドレンやその類の本があるかもしれないと踏んだからなのだが、空振りだった。パソコンも設備されているのでそれも利用したが、同じく空振り。

 本がなかったとか、そういった媒体の有無とかの問題ではない。

 全て俺の知っていることしか書いていなかったのだ。

 エンジェルセラピーやら、クリスタルチルドレンの特徴やらなんざ、そんなもの、もう百年以上前に暗記してる。今の俺が必要としているのはそんなものじゃない。

 もっと実用的なものが必要なのだ。

 俺が図書館の机を独占しながら山のように積み上げた本を速読していると、一人の男が俺の前の席に座った。

 見知らぬ人間じゃなかったさ。

 片目を隠した茶髪と三白眼が印象的な元・ワル男だった。

「なあ、一之瀬。お前には俺が見えてるんだろ」

 珍しく制服姿だった一之瀬はただ、そこには何もないかのように黙るだけだった。

 そう。

 あたかも普通の人間であるかのように。

「それでもいいや。もしお前に俺が見えていなかったとしても、ここで俺が一人で口走ったところで誰一人耳に届くことはない。独り言を聞かれて精神患者扱いされることもないし、別に俺に損はない。喋るのはタダだ」

 俺は速読さえ止めるが、本をめくり続ける。

「結論から言おう、怜はお前のことが好きだ」

 一瞬、いや瞬きも出来ないほどの間だったかもしれないが、一之瀬の顔がこわばった気がした。気のせいだったかもしれないが、せめて、反応を示したのだ、と俺は都合の良く解釈をする。

「お前は意識していないかもしれない、というか忘れていたほうが当たり前か。あいつはお前の一言で救われたんだ、一之瀬。廊下で怜の悪口を言ってたやつに、お前が放った一言をあいつは偶然にも聞いて、救われたんだ。だから、あいつはお前に恋に落ちた。面識もないのに、単純明解な奴だよな。笑っちゃうぜ。お前もそう思わないか? なあ? 一之瀬? だって、一目ぼれした人に近づきたいから無理承知で一緒の場所で働くんぜ? どれだけ馬鹿なんだって」

 一之瀬は何事もないかのように鞄から本を取り出す。

 取り出したノートには二年A組と書いてあった。毎日のように愚民の隣の席が空いていると思ったら、こいつが授業に出ていなかったからか。

 ていうか、愚民もクラスメート、しかも隣の席の人間を知らないとはどういうことだ。あいつ、いくら友達がいないにしてもほどがある。

「お前、一途さんと結婚しなきゃいけないんだろ? お前も幸せだな。あんな綺麗な人 そうそういないぜ。優しいし、可憐だし、上品だし。無鉄砲で、ドジな怜とは大違いだ」

 俺はもう本を閉じていた。

 話ながら喋れるほど、俺は要領のいいキューピッドじゃあるまい。

 俺とは裏腹に、一之瀬は英語の参考書を取り出し、ノートに何かを書いていく。

 こいつが何をしていようがお構いなしの俺は続ける。

「でも、あいつには一つだけ一途さんよりも勝るものがある。分かるか? 一之瀬?」

 もう隠す必要はないと思った。

 独り言だし。

 誰も俺の独り言を止める権利はない。

 金の矢がなくとも、愛のキューピッドにはなれる。

 男女をつなぐのにそんな物騒なものはいらない。

「お前が好きだっていうその気持ちだ」

 気持ち。

 好きだという気持ち。

 一途さんにはなくて、怜にはあるもの。

 哲学者が愛について説明するのにどんなに遠回りしても、避けて通ることが出来ない一つの要素なのである。

 そして、それを繋げることがキューピッドの役目だ。決して矢をぶっ放すことじゃない。

 一之瀬のペン先が止まった。

 目に見えた動揺はそれだけだったが、それで十分すぎるほどだった。

 確定的だ。

 こいつは俺の話が聞こえている。

「最初に言ったが、これは俺の独り言だ。聞き耳を立てている奴に罪はない。だから言わせてもらう。俺は近いうちに怜に鉛の矢を打たなければならない」

 ペンは一向に動かない。

 目はノートを見つめたままだ。

「はっきり言って、クリスタルチルドレンは俺みたいな派遣キューピッドよりも位が高い。なんせ、世界を担っているわけだからな。俺らみたいにチマチマ個々人の人間相手するよりも責任が大きいし、権力があって当たり前。つまり、俺らはお前たちに従順になって、やれと言われたことをやらなきゃいけない。それが仕事であり、キューピッドのサガなんだ」

 俺は続ける。

「誰が俺に鉛の矢を使うように命令したかは、お前も分かっているはずだろ? 知らないふりを貫徹したとしても、もう分かっているはずだ。この世にクリスタルチルドレンなんざ、なかなかいない。一途さんだ。あたかも皮肉のように聞こえるが、皮肉じゃない。一途さんはただその運命を全うしているだけ、俺がどうこう言えるわけじゃない」

 だけどさ、俺はそう言った。

無意識のうちに俺は机に身を乗り出していた。

「お前ならどうこう言えるんだよ、一之瀬! だって、あいつと同じクリスタルチルドレンじゃねえか! 俺の上司だろ! 命令位チャラにできるんだよ! あいつの命令無視しろっていったら、俺は無視できるんだよ! お前、俺のこと気づいていながらネックレスを奪われたよな? 俺がキューピッドだってこと知っていながら俺の策略にわざと乗っかったよな? お前も怜の気持ちを少なからず受け止めたいって、そう思ってたんだろ? 鬱陶しいけど、素直で、ピュアなあいつにもう一度くらいなら会ってもいいかな、ってそう思ったんだろ? おい、一之瀬! おい! 返事くらいしたらどうだこの野郎!」

 襟首を掴もうと思ったが、手が届くあと数センチのところでやめた。

 その右手にやけに力が入って仕方がない。瓦の四、五枚なら軽く割る自信がある。

 そのまま一之瀬の顔をぶん殴ったら、鼻の骨ぐらいは折れるだろう。

 だが、俺には何もできない。出来るのは鉛の矢で人を不幸にするだけだ。

 その時の俺は、揚げた拳を机に思いっきり振り下ろすことだけしか、力を消費するすべが浮かばなかった。

 机にへたり込んだ俺は一つ気づいた。

 俺も人間界に来て、本当に色々気づかされたもんだ。

 でもこれはいくらなんでも、格好良くないな。女々しい。人間たらしい。

 目が涙でいっぱいになっていた。

 ったく、泣き虫じゃねえか、俺。

「一之瀬…… 頼むよ…… お前はあいつのことそんな好きじゃないかもしれない。鉛の矢を打ったら、怜は何もかもさっぱり忘れちまうし、お前のことを避けるだろう。それはお前にとって好都合かもしれない。だけど……だけど、そうなっちゃったら、あいつには…… 怜には何も残らないんだよ…… 今まで大切に、大切に、大事に、大事に取っておいた気持ちが全部消えてなくなっちまう」

 全くまんざらでもない。

 これが愛莉ちゃんに操られている結果だったら、どれだけプライドが救われただろうか。だって、言い訳ができるもんな。

 でも、今の俺は、使命でもなんでもない。運命なんぞクソくらえって思ってる。

 キューピッドらしくもない。ましてや、俺みたいなキューピッドがこんな人間関係に直接関与するなんて、極刑ものだ。

 あーあ、帰れても、俺はエロース様の半裸姿を最後に目に焼き尽くすことなく消滅するのかも知れないな。ちょっと悲しい。

 だけど、極刑を受けるにしても、後悔はしないさ。

 俺は弁解できる。

 犯罪者としてあるまじき行為だが、俺は胸を張って、俺の行動をお偉いさまの前で包み隠さず露わにしてやる。

 そんで、それを録音したテープをエロース様に渡して文字に立ち上げさせるさ。

 死ぬ前に本の題材ぐらいは残してやるって寸法だ。

 とんだお人好しだな、俺も。

 怜の胸で眠りたいぜー、揉みたいぜーなんざ、寝言みたいなことをこの時点で呟いたら、それはそれで自分のキャラが守られるかもしれんが、そんなことどうでもいい。

 俺は頼むしかないんだ。

「一之瀬。頼む。怜を…… 本庄怜を助けてやってくれ……」

 一之瀬はあからさまなため息をついた。

 幻滅したかのように。

 そして、彼はようやく口を開く。相変わらず低い声だった。

「お前、アモルとか言ったな」

「ああ」

 俺は机に突っ伏しながら短くそう答えた。

 泣きじゃくった後の顔で、真正面を向ける男はこの世でどれだけいるだろうか。俺は厚顔無恥なキューピッドではない。

「正直言わせてもらおう。俺が怜にどんな気持ちを抱いているかは棚上げしておいて、俺はお前の行動に一つ引っかかることがある」

「何だ」

「お前は俺にお願いするよりも、より、いや比べ物にならないほど手っ取り早い方法がもう頭の中で浮かんでいるはずだ。なぜそれを実行しない」

「…………」

「黙っているということは、知っているんだな。まあ、頭が良くて当たり前だ。なんせ、『キューピッド界の唯一の天才』 なんだからな、アモルは」

「…………筆記バカなだけだ」

 セオリー系の成績はほぼ全部満点だったさ。

 瞬間記憶能力があるんだから。

 隠してたが、そんなもん、他のキューピッドにはないんだぜ。

「まあ、お前の履歴はどうでもいい。繰り返そう。今回はもっと分かりやすく聞くぞ。お前は、なぜ 『遠山一途を鉛の矢で貫こう』 としない?」

「それは……」

「答えなくていい」

 俺は何らかの理由をつけようとしたが、すぐさま遮られてしまった。

 こいつ、自分から二度も聞いたくせに。不条理な奴だ。

「お前は一人で淡々と喋りすぎている。俺がちょっとここで話さないと不公平だからな。お前に借りを作った感じになる」

 俺はポケットに手を突っ込む。

 顔を突っ伏しながらポケットに手を突っ込むのはなんだか異様な感じだが、まあ、読者は気にしないでくれ。

「俺も結論から言わせてもらう。……俺も怜が好きだ」

 衝撃的な発言だった。

 全く恥ずかしいという感情を見せずに、そして、あたかも当たり前のことを言っているかのように。

 俺は唖然とした。

 凍った。

 背景が黒く、俺だけが白くなった。

 いや、これこそ俺の望んでいたパターンのはずなのに。あれ、なぜだろう、俺の心が痛いぞ。

 嫉妬か! これが人間の言う嫉妬なのか!

「だが、俺は普通の人間じゃない。クリスタルチルドレンだ。定められた運命ってのがある。やんなきゃいけないことがある。電車が特定の駅にしか止まらないように、俺の人生は分岐することなく、決まったイベントが次々と出現するだけだ。しかも、それに対する対応も決まってる」

 はいはい、わかってますよ。あんたは偉いもんね。クリチル様は何でもご存じで。さて、お偉いさまはどんなキメ顔をしているのかな。顔を上げて見てみようかな。よっこらせ。

 ああ、人相わりー。

「アモル、言っておくが、俺にはお前の心の中身なんぞ、丸わかりだぞ」

「あ、いえ、すみません、クリチル様」

 だっせー、ヤンキーのくせにキューピッドに説教かよ。

 ばっかじゃねえの。人選ぼうぜ、人。あ、そっか、こいつキューピッドと人の区別もつかないんだっけ。白けるわー、メチャクチャ白けるわー。単なるイタイ人じゃん!笑っちゃうぜ! ギャーッはっはっはっはっは!

「……お前、クリスタルチルドレンでも性別が違うと、対応も違うな。さっきの涙はどこに置いてきたんだ。殺したくなってくる」

「いえいえいえ、とんでもございません! クリチル様に見せられる涙なんて、この目から流すことすら許されません!」

 うぜー……。さっさと続けろや、イタイ人!

 …………

 …………プッ!

 ひゃー、イタイ人だなて、我ながら傑作じゃ! 笑いが止まらねえーーー!

 ギャーッはっはっは!

「………………まあいい。一応この立場を使わせてもらおう。俺はこんな公共交通機関みたいな人生、真っ平御免だ。だからこそ、お前に依頼するとしよう。決して悪いもんじゃないはずだ。むしろ、お前が楽になる」

「一体なんだ?」

「遠山を鉛の矢で撃て。それだけだ」

 一瞬で笑えなくなった。


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