シーン21!
ドラマやアニメなどの予告の際に、公式ウェブサイトで時折人物相関図と言った、登場人物間の関係とか、または秘めた思いとかを矢印などで結びつけている図表みたいなものが公開されることがあるのだが、それはある意味ネタバレ的なものであるのではないかと俺は思う。
特に真ん中らへんに 「?」 マークでつなげられている男女なんぞ、最終回で結ばれるのがほぼ確定しているがものだ。
だが、俺が分かり切ったような口を叩いても、実際のところ、人々はこんなこと百も承知の上でドラマやアニメを見てしまうものなのだ。誰と誰が結ばれてしまい、どんなコンフリクトが待ちかねているかなんぞ、大抵は予想はついているし、予測済だし、先読みしているはずなのに、見てしまう。
しかし、別にそれに関して疑問に思うことはない。
人間は単純に想定内のものが好きなのだ。逆に予想外は忌み嫌うのだ。
実に明解だろう。
だからこそ、というのは聊か大仰な接続詞であるかもしれないが、ギャルゲーで例えるならば、他のヒロインキャラを超越するほどキャッチ―で萌える少女が登場人物として現れたが、その少女は攻略対象ではなかった。そして、そのゲームが2ちゃんねるで酷く叩かれる――そんなようなものである。
つまり、自分の思うように事が進んでほしいと、密かに期待しているのだ。
俺もそうだった。俺は人間ではないが、予想外は嫌いだ。
「ふ~ん、分かったよ! で、アモルちゃん、ここで、いったん整理しようか!」
愛莉と共に屋根裏でティータイム中だ。
とはいえ、夕飯は済んだが。
「それで、あの屋台のお姉ちゃん――遠山さんはクリスタルチルドレンていう神様から送られてきた特別な人間で、お兄ちゃんはもちろん普通の人間でしょ。それでアモルちゃんは一途さんがそのクリチルであることを知らずにお見合いをセットしたわけだよね」
クリチルって。
ちょっと砕けすぎじゃないか。
実にけしからん。
全く。
ま、いっか。クリチル信者の俺としては許しがたい省略の仕方ではあるものの、使いやすいし、文字数も削減できるから、後に報告書を書くのが楽でいい。
「まあ、そうだな」
先ほどは俺に非があるようなものの言い草だったが、おそらくワザとではないのだろう。
事実を述べたらそんな感じになってしまうものだ。
「それで、一途さんは怜姉ちゃんのことを持ち出したんだよね」
「ああ、驚いたぜ。一途さんが怜のことを知っているってことを知らなかったからな」
校内でたまたますれ違ったりするかもしれないが、名前まで知っているほどの関係ではないはずなのだ。のび太が引き出しから出てきた奇々怪々な生物にドラえもんという名前があるのを知っているはずがないのと同じように。
「怜姉ちゃんは今その……一之瀬さん、だったよね? その彼に近づくために、自ら食堂のお手伝いに励んでいる……と。食堂を管理している人に直接掛け合うなんて、お姉ちゃんも十分大胆になったよね! ブラボーだよ! ファンタスティックだよ!」
「そうなんだよあ……」
近頃、怜に付きまとってない所為でそのあたりの情報が欠如してしまっているのだが、彼女の早朝の登校や聞いた話から推測すると、なんというかその…… 愛莉の言うとおりらしいのだ。
どうやら食堂のキッチンで台所の仕事をお小遣い稼ぎ、という面目でやっているらしい。本庄家の親が事故に遭ったことや、金銭的に困っていた(今はそうでもないのだが)ことは、生徒達はともかく、先生やお偉い方々には知れ渡っているので、食堂で仕事することに関してはすんなりと承諾してくれたらしい。
しかも、一応お小遣い目当てで通っているので、変な色恋沙汰の噂が流れることもなかった。
「それで、これからが本題なんだよね」
「…………」
俺は何も答えなかった。
というか、出来ればその続きを聞きたくなかったので、あえて聞き流したかったという一種の現実逃避の表れだったのかもしれない。
聞きたくない、止めて、リアル止まって。俺の煩悩を止めて。
キューピッド界から突き落とされた俺にお慈悲を下さい。神様あああ!
「遠山さんと一之瀬さんはもう結婚が確定しているんだよね」
「畜生おおおおおおおおお!!」
愛莉が話し終えた直後、俺は叫んでいた。
いや、「~している」 の直後にと言った方がタイミング的には合っているかもしれない。
「で、でもさ、アモルちゃんが酔狂みたいに苦しがる必要はないんじゃないの? だって、アモルちゃんがしなきゃいけないことはお兄ちゃんに彼女を見つけることであって、お姉ちゃんの恋が残念な結果になったとしても、遠山さんと一之瀬さんが結婚したとしても、別にお兄ちゃんの恋路に何ら支障をきたすわけじゃないし」
俺は床に突っ伏した姿勢でちゃぶ台の向かい側にいる愛莉のいる方向を向き、カラスのように枯れた声で言う。
「愛莉ちゃん……お前は誤解している」
「え? 何を?」
「きちんと一言で簡潔にまとめてやったというのに! まだ惚ける気なのか!」
「え? いつ、どこでまとめたの? 何で愛莉怒鳴られてるの?」
「『キューピッド界に帰れれさえすれば、本庄拓哉なんぞ、どうでもいい』 ってきちんと数ページ前に書いてあるだろうが!」
「そんなの初めて知ったよ! 後、アモルちゃん結構酷いよ!」
予想外と言った様子で愛莉はちょっと引いていた。
失礼極まりないものだ。俺の親切さを無碍にするとは。
「まあ、それはさておき、この前俺は上司に連絡したんだ」
「へえ、そうなんだ。何について話したの?」
「長く話すと俺の給料が通話料で益々天引きされていくので、長くは話せなかったが、とどのつまり、本が出来れば対象が誰であれ良いんだと。だから、怜には期待してたんだが……」
「残念ながら、一之瀬さんがアウトになったんだよね!」
純粋無垢にそういわれると、何だか俺の懊悩がちっぽけなもんに思えてくる。
そうだよな! キューピッド界に帰れないだけだよな! 人間界に移住してきた思えば結構楽だって! ドンマイドンマイ!
…………なんて、思えるわけがない。
「それで、滑り止めというか、万が一のために愚民に一途さんを紹介したっていうのに……」
「遠山さんもアウトなんだよね! 後ワンアウトでチェンジだよ、アモルちゃん!」
「はあ…… チェンジしてえ……」
どこかの誰かにこの運命を背負ってほしいものだ。
だがまあ、そんなお人好し、中々いない。いるとして、ラブコメの中にいる明らかにハーレム状態にいるのに、鈍感という妬ましい理由でその羨ましい限りの状況に無自覚な主人公ぐらいだ。
「でもさ、なんで遠山さんと一之瀬さんは結婚しないといけないの? 別にお互い好きなわけじゃないんでしょ?」
「ああ、それか……」
はっきり言って、説明する気力がない。今日ほどに人間のように寝たいと思ったことはないだろう。疲労で顔の隅々がやつれている感じがする。
しかし、話しておかないと埒が明かないので、無力な声で説明する。
「クリスタルチルドレンについてはさっき説明したから、割愛するぞ」
「うん、分かった!」
爽やかで元気な返事だった。
その元気を百分の一でもいいから分けてほしいものだ。
「インディゴが世界にやって来て、クリスタルがその次に来ただろ。最後にもう一つあるんだ――それがレインボーチルドレン」
「レインボーチルドレン……」
愛莉はその言葉を復唱し、大袈裟に頷く。
「そ。その名の通り虹色のオーラを放っているらしいんだと。で、そのレインボーチルドレンがここに舞い降りてくるためには特殊な条件が必要らしい。『らしい』 ていったら失礼か。まあ、その…… 必要なんだ」
「で、何が必要なの?」
「クリスタルチルドレン。それも彼らの生みの親として」
「そうなんだ! 意外考え付きもしなかったよ! でも、そうだよね」
だって、そういって愛莉は続けた。
「遠山さんはもちろん、一之瀬さんもクリスタルチルドレンなんだもんね!」
この会話の中で新たな設定がどんどん浮彫になっていくことに関して、謝ろう。
読者の皆様、ごめんなさい。
そう、あのワル男もクリチルだったのだ。
信じがたい事実だったさ。
つまるところ、あいつには俺がバリ見えだったわけだし、全ての俺の行いが丸見えだったわけだ。ネックレスを盗むところはもちろん、バスケットボールコートでふざけていたこととか等々。
「じゃあ結婚しくちゃね!」
うん、この子が言うとなんだか、すごく軽々しく聞こえるよね。
『よし、だったらもう無理! 結婚しちゃえ!』 的な。
分かりやすく言えば、笑いながら人を崖から落とすタイプの人間? 多分邪馬台国の時代くらいに戻っていたら、卑弥呼を押しのけていたかもしれない。
会った当初、心の端っこでこの子が一番ちょろいんじゃないかと思っていた自分を殴り殺したい気分になってくる。
「だけど、愛莉ちゃん…… 愚民はともかく、怜はどうするんだよ? あいつ、食堂にまで頼み込んでワル男にアタックしてるんだぜ? こんなところで 『結婚予定だから』 て言われて 『はい、そうですか』 ていうと思うか?」
「怜お姉ちゃんなら言うだろうね。だって、建前だけは一人前だからね!」
そう、建前はだけは一人前だ。
誰も必要とせずに自分一人がレールを作ってその上を走ってるような素振りをしてる。
自分で考えて、他の人に頼らずに、全部自分で抱えれば解決できると思ってるんだ。
いや、自らが抱えること自体が解決だと思ってるのだろう。
胸の傷も、心に秘めた恋も。
本来建前というものは他人には悟ってほしくないものだ。その人間の弱みなんだから。
だけど、怜はそうだったのか? 俺に助けを求めたじゃないか?
あいつはいつでも自分を偽ってた。偽物だった。
だけど、あいつは自分が偽物だって、気づいてほしかった。せめて偽物でも、認めてほしかったんだ。
だから、『本物らしくないキューピッド』 であるの俺を頼った。
「アモルちゃん? どうしたの黙っちゃって?」
「愛莉ちゃん……俺は一体どうしたらいいと思う?」
率直な問いたっだ。
困惑した様子で俺の方を見る。
でも、迷いもなく、俺の質問に答える。
「はあ、出来ないものは出来ないでいいんだよ、アモルちゃん。他に出来ることを探せばいいんだから。それは怜お姉ちゃんだって同じ。一之瀬さんがダメなら他の人を探せばいい。男の人なんて砂場にある砂ぐらいいっぱいいるんだから、今の砂を捨てて、他の砂を探り当てればいい。愛着がわく前に」
そして、重々しい口調でつなげた。
「だからさ、アモルちゃん。怜姉ちゃんには、一之瀬さんを諦めさせた方がいいんだよ」
愛莉は姉のことを嫌っているわけではない。
それは苦しそうにそう語る愛莉の表情を見たら明らかだ。
演技だってことが。
俺は腹をくくったさ。
本当に愛莉ちゃんは人使いが上手だ。
「でも、愛莉ちゃん……」
「何? アモルちゃん?」
お前が上手く俺の感情を誘導したのは分かってるんだ。
俺だって、何度もやられるほどバカなキューピッドはやってない。
せめて、俺が恥ずかしくならないような対応を取ってくれ。
「あの胸にある傷から見たらわかるじゃねえか! 今まで逃げてきたんだって! せめて今回は逃げたくないんだって! あいつの勝手にしたい、って言葉は自分自身で向き合いたいってことなんだよ! 自分でつかみたいってことなんだよ!」
思わず、息が乱れてしまった。
ったく、キャラも乱れっぱなしじゃねえか。
クールで、紳士で、誠実で、キメ顔ばっか決めてるキャラが理想だったんだけどな。上手くいかないもんだ。
「アモルちゃん……」
ラブコメの主人公でもなければ、ハーレム状態とも言い難いこのキューピッドの俺がお人好しなんて、ダチョウが太平洋を横断できるほどの飛行力を有するほどありえないっていうのに。
自覚させられるよ。
お人好しだな、俺は。
「だからさ、愛莉ちゃん…… もちろん俺はキューピッド界に帰りたいし、それが俺の最優先の目的だ。けど、人間界に来て、最初の最初にキューピッドとして頼ってくれた怜にお礼がしたい。金の矢ですぱっと解決できないのは俺の力不足としか言いようがないけど、俺にだって出来ることはあるはずだろ? 結婚のことは棚上げしといて、その他のルートを考えればいいって事じゃないか」
それもつかの間。やれやれ、と呆れたというか、まるで落ち着いた様子で愛莉は言う。
「アモルちゃんは優しいな! お姉ちゃんを手伝った時から感じてたけど、確信したよ。この期に及んでまだお姉ちゃんやお兄ちゃんの心配をしてるんだもの」
でも、と言って、愛莉は続けた。
「棚上げは出来ないと思うよ」
「ん? どういうことだ?」
俺は愛莉が何を基準にしてそういっているのか、理解が及ばなかった。
なぜ棚上げ出来ないのか。
「だって、愛莉を屋根裏に読んだときにアモルちゃんが最初に言ってたんじゃない」
少し間をおき、ため息をつき、机を平手でたたき、小さくてぺったんこな胸をぶら下げている(ぶら下げられるほど立派じゃないのはご存じだろうが)上半身をちゃぶ台から乗り出して俺を罵倒する勢いで言った。
「お姉ちゃんに鉛の矢を使わなきゃいけないかもしれないって」
どうやら。
俺のプロデュースするドラマの人物相関図は益々コンプレックスになっていくようだ。




