シーン20!
出来る人間というものは、切り返しが早いものだと無条件に思っていたが、そうでもないのかもしれない。
実際、怜は昨日一日中ズーンとしていた。授業中はきちんと教師の話を聞いていたので支障はないようだが、それでも目がうつろうつろになっており、もう一週間は寝ていないんじゃないかと思わせるほどの外見で、見事にだらけていた。
そして、昨日の明日である今日。
どうやら、今日は本当に寝不足らしく、目の下に薄くクマが覗ける怜だったが、少々心が落ち着いた様子だったので、昨日のネタバラシというか、誤解を紐解くことにした。
……正直言って、影響がここまで行動に出てしまうと、俺にとっては罪悪感以外の何物でも無いのだ。せめて言い訳だけはさせてくれ。
「心理学の観点からだと、人間が他の人間の印象を決定づけるのは最初に会った時だ。初頭効果とでもいったか」
懲りることなく、現在俺たちは早朝の学校にいる。
「終わったわ……」
魂がまた抜けて落ちてしまった。
「いや、そうでもない」
「なんでそんなこと言えるのよ! 昨日のこと見てたくせに! つーか、あんたの所為じゃない!」
真に俺の所為である。
言い換えれば、俺のおかげである。
「対象の人に対して先入観がゼロなら、人間ってのは中々その対象の人間に悪い印象を抱くことは滅多にない。まあ、一度バカになったつもりで聞いてみろ」
「私にバカになれですって? はっ!寝言は寝て言うことね!」
「男にとってはバカな女の子の方が可愛いらしいぞ?」
「え? あ…… そ、そうなの?」
腑に落ちないようなトーンで俺に問いかける。
「ああもちろんだ。男側としては可愛い女の子の方が魅力的に決まってるじゃないか。ワル男も例外じゃないだろう! 語尾に 『もきゅ!』 をつけるともっと最高だ」
読者よ、俺はキューピッドであるという事実を忘却の地平線へ流さずに思い出してほしい。人間に覚悟を決めるように促すのが俺の仕事であり、使命であり、俺の存在意義なのだ。
決して面白そうだからではないぞ。…………ププッ!
「そうなんだ……わ、分かったわ。スーハ―スーハ―…………」
深呼吸をして、数秒の間を置いた後、異例の事態が起こった。
「うん♪ 怜おバカさんだから、教えてほしいんだもきゅ! ねえ、いいでもきゅ? アモルおにいちゃん、もきゅ?」
おおおおおおおお! いい! 萌えるうううう! 生きていてよかった!
上目づかいで、口調はどことなく愛莉に似せていた。
今まで積み上げてきたキャラのイメージが徐々に崩壊していったが、その萌えの破壊力と言ったら秋葉原にいる男性陣を全て結集して、ソーラン節を躍らせるほどの勢いを擁しているのだはないかというほどだったのだ。
いや、間違えた。訂正しよう。
かえってその既存のイメージとのギャップがあるからこそ、その絶大な萌えが生じているのだと、俺はそう考える。
「ど、どうだった?」
やり切った顔をして、会話を俺に振ってきた。
「良かったぞ」
率直な俺の感想を伝える。
「本当に!」
「だから、やめておこう」
「え!?」
これも率直な俺の感想である。
そうだろ! こんな怜の貴重な姿、他の男に見られてたまるか!
だが、ここで、もう一度話題を戻すことにした。
それはさておき、と前置きをした後、俺は続ける。
「俺が言いたいのは、初対面で一番大事なのは、まず相手に覚えてもらうってことだ。だから、まだ初対面イベントは終わってない。これからだ」
「どうこれからっていうつもりよ。ネックレスを返すのにこの前たいな芝居があるのかしら? 事前に話してくれれば結構助かるんだけど? あんたからの被害を被る側としては」
俺たちは裏口の扉にいる。
扉はかなり厚いので俺たちの声が中で聞こえることも、そのまた逆もなかった。
「いや、今回は特にない。お前の好きなようにしろ」
「え?」
怜は何やら意表を突かれたような声を漏らした。
「聞こえなかったか? お前の好きなように事を運んでくれればそれでいい。ネックレスを返すだけだし、そんな難しいことじゃないだろ」
「本当に?」
「ああ。キューピッドは嘘はつかない」
「その発言自体が嘘ね」
あれ? このやり取り、デジャヴ?
「仕方ないだろ! エロ本を読んでる時間が惜しくて、お前のことを考えてる暇がなかったんだから!」
「エロ本読んでる時点で暇だらけでしょうが!」
エロ本が暇人のやることだと!?
こいつにはまるでわかっちゃいない。
いくら多忙な毎日を過ごしていたとしても、男にとってはそれはかけがえのない生活の一部なのであるということを! 欠くことがどれだけ男子としての性を失わせるかということを!
全く、これだから巨乳は困る。
いつか揉んでやる。
「まあ、なんでもいいからさっさと返してこい。好きなようにしろとは言ったが、せめて自己紹介は済ませろよ」
「わ、分かったわよ……」
呼吸を整え、頬を手でほぐしながら、緊張で硬直した表情を和らげる。顔の筋肉はそんな簡単なマッサージではこれといって柔軟になるわけではないのだが、所謂心の持ちようってやつである。
「失礼します…………」
怜はドアを開ける。俺は後ろからついていく。
昨日は読者もご存じのとおり、ドタバタして終わってしまったので描写することが出来なかったが、この部屋はつまり、休憩室のようなものらしい。
「……またあんたか」
ワル男は口にマスク、体にエプロン、右手に雑巾、左手にスプレーと、傍観者からしてみればサングラスを忘れたコンビニ強盗が何をどう間違えたのか今にも風呂掃除をしようとしているような、そんな感じだった。
「ご、ごごご、ごめんなさい! 今日はこれを返そうと思って!」
頭を下げながら、例の写真入りネックレスを両手で渡す。
ワル男は風呂掃除の品々を一旦テーブルに置き、無表情のまま怜に近づいた。左手をポケットの中に入れ、奪い取るようにひったくったりはせずに、ゆっくりと、優しく、そして礼儀正しく、右手でそのネックレスを受け取った。
「お前、どこで見つけたんだ、これ?」
若干だが、声が少し明るく感じられた。いや、もしかしたら気のせいかもしれんが。
「い、いいい、いや! き、昨日ドアの前で落ちてたからひょっとしたらと思って拾っておきました!」
有体で、平凡な嘘だ。
『近頃、自分に変なキューピッドが憑りついていて、そして昨日、変な能力的ものを使って、知らぬ間に人様のネックレスを奪ってきたのですが、それがなんとあなた様のものであったと知って気が動転した私は、そのキューピッドの思うつぼであると百も承知の上であるにも関わらず、今日あなたにそのネックレスを渡すために馳せ参じたのであります』
……なーんて、言えるわけないからな。
ふーん、となんだか声を濁らす反応を見せた後、ワル男は応えた。
「しかし、そうだとしたら、拾った時点で返してくれても良かったんじゃないか?」
「うっ……」
実に正論である。しかしながら、このワル男が身に着けていたというだけで興奮していた人間なので、もし仮に怜が偶然拾っていたとしても、すぐさま返却していたかというと、生憎だが、保証できないのだ。
怜は言葉を詰まらせた。返す言葉がない、と言ったところか。
「まあ、いい。……感謝する」
「い、いや、そんな……」
「…………」
「…………」
西部劇で出てくるタンブルウィードが転がってもおかしくないような静けさの中で男女が無言のまま見つめあっている。これが官能小説とか、そういった大人な部類の本であったならここから熱いベーゼが交わされるシーンが流されるのは定番中の定番なのだろうが、今ここで流れているのは冷たい、そう、テキサスの冬よりも冷たい空気だったのだ。
「おい、怜! 自己紹介でもしろ!」
俺はそう促した。
はっ、とお目覚めの怜は踏ん張った。
「はじめましゅて! れ、れいでひゅ!」
噛んだあああああ! 可愛いいいいいい!
勝手にやらせて正解だったぜ! 怜、お前は俺の期待を裏切ったことが――たまにあったか。「なかった」 と言おうと思ったが、止めよう。すまん、勢いに乗りすぎた。
「……俺は、一之瀬奏。数字の一に助詞の之、瀬戸際の瀬に、奏でるで、一之瀬奏だ」
クールな自己紹介だった。自分の名前の漢字を説明しているだけなのに、それも無表情のままなのに、しかもマスクに隠れた口しか動いていないのに、無性にこいつが言うとカッコいいのだ。
よけい俺のこいつに対するフラグが折れていく。
立ててほしくもないけどね。
「は、はい…… よろしくお願いします……」
目を合わせずに俯きながら、そう小言で応えた。呟いた、と言った方が適切だったかもしれない。
「……因みに、お前、中身を見たか?」
「いえ、見てません……」
「……中身を見ずに良く俺のものだと分かったもんだ。しかし、正しい選択だ。もし覗いていたらそのまま追い出していた」
「そ、そうなんですか……」
ワル男は無口な人種だと思っていたのだが、饒舌とまでいかなくても意外に多弁な人間なのかもしれない。まだ、よく知らないので何とも言えないんだが。
って、なんで、男の分析などをねなあかんのだ。
俺のキャラがぶれるじゃないか! やめやめ!
「ああ、深く散策するやつは男であれ、女であれ、嫌いだ」
「……なんか、分かる気がするわ」
「そんな言葉を吐いた奴等は誰一人もなにも分かってなかった」
マスクを取り、ワル男は嘲笑しながら続けた。
「俺は自分でいうのもなんだが、家が貧乏なんでな。無理して頼み込んで、食堂の余った飯を、清掃をする代わりにもらってる身だ。だからこの状況に同情する奴らは山ほどいる。一人残らずそのセリフを言ったよ。『私ならその気持ち分かる気がする』 ってな」
ワル男は振り返り、雑巾とスプレーを取って休憩室の清掃を、また始めた。
「俺はその全ての人に聞いた。『説明してくれ、俺は一体どんな気持ちなんだ、お前なら分かるのだろう』 、と。勿論、憤慨しながら聞いたわけじゃない、極めてさりげなくだ。そう俺が追求したら皆がこぞって言葉を濁したさ」
「…………」
怜は何も返さなかった。
相手が愛する奏様だから遠慮しているのだろうか?
それとも戦略的に次に動かす駒を、どう切り返すかを考えているのだろうか?
しかし、俺はどっちでもないような気がした。
「……ネックレスを返してくれて、感謝してる。詳しくは言えないが、俺にとって深い意味を成すものだったからな。今日は喋りすぎた。まだ清掃も終わってない。そろそろ切り上げてくれれば助かる」
「…………」
無言のまま怜は扉へ行き、失礼しました、と一言残したあと、外へ出て行った。
でも、不機嫌なわけではないようだ。
「イテテッ……! 扉から出てきて早々、チョップは無いんじゃないか、おい! キューピッドの扱いがどんどんぞんざいになっていってるぞ! 怜!」
「五月蝿いわね! これから忙しいんだから、口出しは控えなさい。砂糖と塩を交互に口にぶち込むことになるわよ」
「地味に恐ろしい!」
スイカの例のように甘いものには塩をかけるとより一層甘く感じるらしいが、甘味料に直接塩を足すとどうなるのだろうか。甘くなるのだろうか。
いやいやいや、絶対しょっぱくなると決まってるだけに、むしろパンドラの箱である。
「で、具体的に何に忙しいんだよ? 勉強はもう事足りてることだし、お前が何の部活やってるかは分からんが許容が効くらしいし、忙しいことなんてないんじゃないのか?」
「あんたは気にしなくていいわ! ヘルプもここまででいいわよ!」
突然、急ぐように廊下を走って行った。
「あんたの言うように、ちょっと勝手にさせていただくわ!」
今までに聞いたことがないくらい明るい声だった。
全く、女とは分からんもんだ。
目をぎらつかせた風紀委員が目の前にいても堂々と、そして全速力で廊下を走るのだから。
さて、俺がここに来た本来の目的を忘れてはならない。
まずは読者に問いかけてみよう。俺の本来の目的とは何だ?
心理クイズのように数秒単位で答えてほしい。
…………
もう答えてくれただろうか?
おそらく大概の読者が本庄拓哉に彼女を見つけてやること、とか、間抜けで呑気なことを抜かしてくれたんじゃないだろうか。否である。実に腹立たしい。全く持ってお門違いとしか言いようがない。
これから先、変な誤解があっては困るのでここで断言しておこう、俺の目的はキューピッド界に帰ることである。
そして、その目的を果たすためにぶち壊さなければいけない壁というものが本庄拓哉の恋の概念であり、言い換えれば俺の障害物、オブスタクルでしかないのだ。その為、もし他の道があるのであれば本庄拓哉が三十歳まで貞操を貫き、魔法使いなろうが、俺に何ら支障があるわけではない。
まあ、確かに怜の恋路に無理やり連れ込まれたおかげで、キーパーソンになっているはずであるこの平々凡々な男子の存在が希薄化しているのは、正直俺の無力さが引き起こした惨状であることはこの場において、全面的に俺の非であること言うことを認めよう。
ここまで長々と地の文を並べてきたが、中には面倒なのでほとんど読んでいないという読者もいるだろう。
そう言った人間たちの為にも、一言で簡潔にまとめようじゃないか。
俺は心優しいキューピッドである。
キューピッド界に帰れれさえすれば、本庄拓哉なんぞ、どうでもいい。
最早、こんな発言をして、本としてどうなのかという気がするが、周知のとおり、書き手も書きたくて書いているわけではないのだから、読者からのフィードバックを考えているほどの余裕はない。
まあ、今では怜とワル男の話を書いたとしても許容範囲とはなっている俺ではあるが、道は多いほうがいい。万が一のための保険が欲しい。
その為にも、本庄拓哉には妹以外の女性との関わり合いが必要不可欠なのだ。
俺の保険として。
「愚民よ、紹介する。こちらの可憐で気品のある女性が遠山一途さんだ。一途さん、紹介します、こちらの憐れで下品な人間もどきが本庄拓哉です」
「言っておきますがねアモルさん…… 僕は正真正銘、もどきも、もどしも、もどもでもない、紛れもない人間です!」
そうは突っ込むが、お互いに握手する。
いつもなら一途さんは休み時間を過ぎてしまったらもう校内にはいないのだが、俺がちょっとばかし無理を言って放課後まで待ってくれるように頼み込んでおいた。
とはいっても、かなりあっさり引き受けてくれたし、やはり一途さんは天使である。
愚民が女と関わりを持つのを避けているというのは紛れもない事実なのだが、特に女性恐怖症などの精神的、または生理的に抵抗しているとかではなく、本当にただ単に面倒くさいだけのようだ。まあ、それはそれで厄介な事柄であることには違いないのだが、最初のステップを踏めなければその前には進めないわけであって、つまりは大きな前進である。
紹介はあっさり終わった――と思った。
「よろしくお願いします」
「…………」
どこでもドアで間違えて極寒の地域にでも飛ばされたように凍ったのは、愚民ではなく、一途さんだった。
「一途さん、どうかなさいましたか?」
俺は愚民を差別するために差別化した口調で一途さんに話しかける。
「い、いえ…… 大丈夫ですわ。よ、よろしくお願いいたします……」
元々活気の溢れたというイメージの人ではなかったが、今日は特別弱弱しかった。
俺が無理して頼み込んだからだろうか。
もし、そうならば反省しなければならない。
「アモルさん、あなたの所為じゃありませんから気にせずに」
それなら良かった。
土下座には慣れているが、謝るのには慣れていないので、ちょっと気恥ずかしかった自分もそこにはあったので、少し救われた気分である。
まあ、男女初めてのご対面だし、一途さんは見かけによらず人見知りなのかもしれないしな。複雑に考えるだけ無駄というものだろう。さっきの俺に対する返しもいつも通りのお嬢様的な感じに戻ったことだし、会話再開だ。
このお見合いの本番、開口一番は愚民である。
「あの…… 遠山さんは、本当にアモルのことが見えるんですか?」
因みにどのように愚民をこの場に連れてきたというと、他に俺が見える奴がいるぞ、と言ったら是非合わせてほしいと向こうから頼み込んできたのだ。
このお見合いもその時に思いついたのだ。
「ええ、見えますよ」
にっこり微笑みながらそう答えた。
幾度か対面している俺からしてみてはこの人は生まれてからずっと、怒った表情を作ったことがなのではないか、いや、もしかしたら、俺たちが見ているこの人の微笑は実は一途さんにとっての無表情なのであり、笑っているように見えることは一種の錯覚めいたものなのではないか――そんな感じに想像していしまったりもする。
「そ、そうですか……」
ここまで爽快に、かつ当たり前のように返されては、疑いの余地がない。
「アモルさん、本庄さん、ちょっと公園まで行きましょうか。ちょっとお話があります。ここでは人が多すぎますから」
一途さんに連れられて、怜といつの日か語り合ったその公園に到着。
この公園にはなんだか縁があるらしい。この本がアニメ化されたときには絵を使いまわして大幅なコスト削減が見込めるだろう。字が読めなかったからこの公園の名前が分からないとばかり思っていたが、元々名前という名前がないらしい。いや、本質的に言えばおそらく名前はあるのだろうが、それを指し示す看板とか、表札とかが見渡す限り存在しないので、イコール名無しということで認識させてもらった。
そこで、俺が命名しよう。
この公園の名は 『アニメ安上がり公園』 だ。親しみやすいように 『アニ安』 とでも呼ぼう。
「アモル様、最初に会ったとき私に結婚を申し込みましたわよね」
人間一人、キューピッド一人の他に誰ひとりいない、滑り台だけという簡素な公園でその声は響いた。
「はい。結婚してください」
「アモルさん!?」
そうだった、愚民の存在を忘れていた。
いたのか、お前。
先ほどを訂正しよう。この公園には合計三人の生き物がいる。
人間一人、キューピッド一人に、奴隷が一匹だ。
「何サラッとプロポーズしているんですか!? そんな場合じゃないでしょ! 空気読んでくださいよ! 空気を!」
「そういうな、愚民よ。俺もそろそろ家庭を築く年齢に近づいているような気がしてな」
「え? …………因みにアモルさんっていくつでしたっけ?」
「上からバスト百二十九・三、ウエスト百二十九・三、ヒップ百二十九・三だ」
「いやいやいや、この流れからして絶対スリーサイズじゃないですよね!? 大体それ、かの青くてまあるい二十二世紀から来た日本の国民的猫型ロボットのスリーサイズじゃないですか!」
お遊戯も大概にして、スタートすることにしよう。
皆さんお待ちかね、シリアスパートの幕開けだ。
「アモル様、その時私は言いました。『心に決めた人がいる』 ……と」
「はい。言ってました」
「そういっても依然としてプロポーズするのはどうかと思いますけどね」
愚民がさりげなく俺を冷たい目で睨み付ける。
俺はさりげなくその目線を無視して一途さんの話を聞く。
「その際ははお断りして申し訳ございません。これはある意味仕方のないことなのです。心には決めなければいけない――そう言った方がより正確なのかもしれませんが、つまり、決められた人としか恋愛することを許されていないのです。とは言っても、ありきたりな 『親からお見合い結婚を強制されている』 などではありません」
どこかのご令嬢なのだろうか?
しかし、お見合い結婚を強制されていないということだから、そんなことはないはずだし、それ以前にどこかのお金持ちならこんな辺鄙な街の私立学校で屋台をやっていること自体がおかしい。
それともなんだか変な権力に屈しているとか?
そう考えるしかないだろうな。まあ、俺が結論にたどり着いたとして、何かできるわけでもないんだが。いや、その権力者を鉛の矢でぶち抜いて愛人関係を壊滅させることぐらいは出来るか。
「私はご令嬢ではありませんよ、アモル様。でも権力に屈しているのは確かです」
「では、私がその権力者の愛人関係を壊滅に陥れましょう」
「あんたは本当にキューピッドなのか!?」
クスクスと口に手を当てて笑っている一途さんはとてもじゃないが、どこかの権力に踏みつけられているようには見えなかった。
「では、どういうことなのですか?」
目を閉じ、手を胸に当てて答えた。
「私はクリスタルチルドレンなのですわ」
「え!?マジで!?」
あのオーラが透明色に輝いているというクリスタルチルドレン!?
「マジですわ、アモル様」
ああ、だから俺が見えたり、地の文 (ていうか俺の心) が読めたりするわけだ!
得心したわ!
「握手してください! いやー、光栄だな! もう好き、大好き、愛してる。一途さん、結婚して! チューして、チュー!」
「あ、あれ、こんなリアクションなのですか? ここは無言で聞き流して、私がクリスタルチルドレンの説明を続ける場面ではないのですか? シリアスパートはどこへ行ったのでしょうか?」
一途さんは引いていた。
「シリアスパート? 何だそれ。本庄拓哉のケツにでも突き刺してろ」
「それは止めてほしいですね」
突き刺すどころが、メッタ刺しにしてくれるわ!
愚民は一途さんの方向へ向き、続けた
「因みに一途さん、クリスタルチルドレン? でしたか? まあ、ネーミングがどうであれ一途さんがそれのおかげでキューピッドを見ることが出来ることはなんとなく分かるんですけど、正直よくわかりません」
「えーっと、コホン、はい。それでは……」
「黙れ、愚民! お前が一途さんと会話するなど、俺が許さん!」
「あ、アモル様!?」
俺は一途さんの肩を掴み、説得する。
「いいですか、一途さん。こいつは正真正銘の変態なんです。パンツは頭にかぶるのが正解だと思っている汚物のような存在なんです。断じてあなたのような透き通った心の持ち主が接触する相手ではありません。俺はあなたがこんなふざけた人間とか関わるのを黙ってみているのは、俺だけではありません、この世のお天道様が許すことはないのです!」
「アモル様、せ、せめて説明だけでも」
「いえ、俺がやります。こんな下種な人間の被害に遭うのは俺で十分です」
俺は後ろにいる愚民に振り向いた。
今にも俺に殴り掛かり来るのではないかという雰囲気を醸し出していたが、そこのところはいいとしよう。別に疾しいことをしていたわけでもあるまいし。
「クリスタルチルドレンについてだったな」
「ええ、パンツを頭にかぶるのが正解だと思っている汚物にも分かりやすいように説明をお願いいたしますね、あ・も・る・さ・ま!」
無意味にカッカしていた。全く、カリカリしすぎると老けるぞ。
口に出しては言わなかったが。
なぜだろう。別に悪いことは何もしていないはずなのに、それを言ったら最後、俺の脳天に風穴が空いてしまいそうな雰囲気だった。
「クリスタルチルドレンは結晶で出来た子供ではない」
「まあ、当たり前ですよね」
「しかもなんと! 日本の有名などこかのバンド名でもない!」
「別に驚くほどじゃないですけど、それはそうでしょうね」
「因みにホームレスの子供たちでもない」
「ストリートチルドレンですね、それ」
「…………」
「シリアスパートに戻りませんか?」
「はい、ごめんなさい」
では気を取り直して説明に回るとしよう。
読者よ、ここから少々長くなるが、我慢してほしい。
「さて、クリスタルチルドレンていうのは高次元から使命を持ってやってきた人間だ。まあ、使命っていても天界からだな。インディゴチルドレンはよく知られているが、クリスタルだとそのインディゴの上 ――という位置づけはあまり好ましくないが、まあ、インディゴの次の使命を担っているって言った方がいいか」
「アモル様、よくご存じですわね。そうそれで……」
「一途さん!!!」
こんな腐ったミカンな奴に声をかけるなんぞ、俺が許さん!
一途さんを睨み付ける。
「ジ――――――――ッ…………」
「…………わ、分かりましたわ…… ショボン……」
やはりクリスタルチルドレン様は理解が早い!
天晴だ! 頭が上がらない!
「で、続きだな。それで具体的な使命というのが、大雑把にいうと理想の世界の構築だ。そこんとこは割愛するとして…… 主な能力として人の心の中を感じ取れたり、俗にいうテレパシーができたり、天使や妖精を見たり、話したりすることが出来る。全知全能とまではいかないが、ほとんどの事柄についての知識をもってるし、優れた運動能力も持っている。頭脳明晰、スポーツ万能ってやつだ」
「へえ……」
「まあ、掘り込んで話していくと長くなるんでそんな感じだな。で、一途さん、こんな人気のないところでどんな話をしようと?」
俺はしょんぼりしていた一途さんに問いかける。
公園の隅で体育座りをするというとても典型的な落ち込み方であったのだが、このリアクションの分かりやすさこそが、クリスタルチルドレン様のなせる業だといえるのではないだろうか!
クリスタルチルドレン万歳!
話が振られたのを気づいた一途さんは活気づいた様子で語りかける。
先ほどとは違い、キラキラしていた。ああ、これがオーラというものなのか。
「これに関しては本庄様にも大いに関係のある話ですわ」
「愚民……お前えええええ! いつ一途さんのフラグを立てやがった!?吐け! かつ丼は出ないがさっさと吐け!!」
愚民の制服の襟首を掴み、思いっきり引き寄せる。
「ぼ、ぼぼ、僕は何もしてません! む、無実です! 潔白中の潔白です! 話を聞いてからにしましょ? ね? 落ち着いて、落ち着いて…… ほら、一緒に、せーの、フーハー、フーハー……」
「フーハーフーハー……」
落ち着いたぜ。
「放っておいてすいません。話とは何でしょうか?」
「ええ。実は、怜様についてお話があるのです」




