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シーン19!

「よし、まずは積極的に会おう」

「勝手に仕切ってんじゃないわよ!」

 お互いに声を殺しながら会話する。因みに今俺たちがいるのは学校内にある茂みの裏だ。俺は自分の携帯を怜に見せつける。

「シーッ…… そろそろ、登校時間だ…… ほら、来ただろ」

 前髪で目を隠した男が一人で門を通った。あんな鋭い目、ユニークとしか言いようがない髪形、ワル男に違いない。しかし、チャイムの一時間前に登校するとは、よっぽど学校の空気が彼にとって美味しいのだろうか。

「本当にあたるのね、そのデータ。私は読めないけど」

「キューピッド界からだからな」

 エロース様に頼み込んで、あのワル男のデータを送ってもらったのだ。なんか、ネチネチ言われるんだろうなと勝手に想像していたのだが、意外にもそんなことは微塵もなく、「いいよ♪」 と、音符マークが出るほど快くデータを送ってもらえた。

 通話料がバカにならないのは分かっていたが、聞いておかないとしっくり来ないため、なぜこれほど簡単に送るのかを問いただしてみたところ、ワル男が恋に落ちたところを本にしてくれても、別に問題ないらしい。

 言っておくが、誰の手助けをしようが、本を書かなければいけない時点で俺には大問題なのである。

 だが、愚民のように、何から何までが書いてあるわけじゃなかった。時間がなかったので、準備する時間がなかったんだとさ。まあ、あのワル男の寿命が知りたいわけでもないから、そっちのほうがいい。

「これからあいつは食堂に行くらしい」

「食堂? こんな時間、開いてるわけないじゃない」

「知るか、ついていくぞ」

 校内はまだほぼ誰もいない。朝練で来てる生徒がほんの少数だ。これほど広い敷地面積を有している学校の人口密度が低いと寂しいほど殺風景に感じてしまう。

しかも、今日は曇りだ。益々、景色がよろしくない。

「でもさ、何で食堂まで行かないといけないのよ。会うだけなら、校門で挨拶ぐらいでも…… 良かったんじゃ、無いの…… かしら?」

「お前らしくないな、歯切れが悪いぞ。さては………… 自信がないな?」

 俺はわざと疑惑の目を向けてみた。

 先ほどから手が震えているほどの動揺を目の当たりしているので、答えが 「イエス!」 だということを知るのは簡単明瞭であったのだが、思わず聞いてみたくなってしまった。

「そ、そんなわけないでしょ! この私が身を引くとでも思ってるの? ま、ままま、全く持って笑止ね! は、ははは……」

 しかしながら、どうやらこの兄妹は元々嘘がつけない性分らしい。手は震え、声も震え、イジリがいのある、愉快なアトラクションである。

「まあ、さっきの問いに答えるが、本当に食堂はまだ閉まってるんだな?」

「え? うん。知ってる限りはそのはず。昼休みの時にやっと開店だもの。今は誰も何も売ってないはずだし、カギもかかってるはず」

「そうか。だったら都合がいい」

「どんなふうに都合がいいのよ? 逆に疑わしいだけじゃない」

 いやー、自分の好きな人を疑わしい呼ばわりするとは、何とも公平な人間だ。裁判官が天職ではないだろうか。あのワル男もこんな女を俺につかまされるとは、災難である。

 俺たちはワル男が一つの扉を開けて入っていくのを見たのでついていくことにした。俺は透明人間となんら変わらないので堂々と歩み寄ることが出来るのだが、怜は残念なことに低級な人間風情なので、ばれないように丁度曲がり角の壁に隠れるようにする。怜によればどうやらそれは食堂への裏口なのだが、本来ならそれも閉まっているはずとのことらしい。

 しかし、ワル男が浮遊霊でも、超能力者でもない限り、ドアは今開いているのだろう。

「出会い頭には、何等か共通点が必要だ。類似性、って人間は呼んでるらしいが、お前らには残念ながらそんな共通点、脳みそをそのまま同時にスキャンしたとしてもあるかどうか疑わしい」

「ま、まあ、脳みそをスキャンされるのはシャクだけど、否定はしないわ」

 曲がり角の隅で様子見をしていた俺たちはその扉に近づくことにした。勿論周りには誰もいないし、天井の明かりもまだ点いていない。

「だったらこちらから共通する話題を作れるきっかけを作るまでだ」

「どうやって?」

「こうやってだ」

「え」

 俺は怜の手を思いっきり引っ張り、そのままドアを開け、突入した。ちょっと強く引っ張りすぎたのか、怜はそのまま軽く膝を地面にぶつけてしまった。イテテ、と四つん這いになる姿勢で怜が呟く。

「…………大丈夫か」

 咄嗟に怜に手を貸す。

 怜は無意識的にその手を取る。

「アモルのバカ! 何突然手引っ張ってんのよ! 後できっちり説明してもらおうかしら………… て、ええ!?」

 それは驚くだろう。

 その手の持ち主は俺じゃないのだから。

「……そこまで驚かれると、傷つくんだが……」

 それは白いエプロン姿のワル男だった。どうもミスマッチだが、逆に不良と主夫のギャップがそれがそれで女ウケしそうな姿だった。どうも気に食わないが、ここは目を瞑るとしよう。

「い、いや、そんなつもりじゃないのよ! 誤解なの! 誤解!」

「誤解、誤解言ってる前に、お前はドアの表札をきちんと見たのか?」

 え、と驚きの声を漏らしたと思うと怜は急いで扉の外に出て表札を確認する。

 何ともご丁寧にそこには 「関係者以外立ち入り禁止」 というポピュラーな表札がかけてあったのだ。読者の皆さんがこのような注意書きが特にスペシャルなことではないということをご存知のように、なんら変わったことはないのであり、怜が気づかなかった方がよっぽどおかしいのだ。

 まあ、気づいていたとしても、俺は同じく引っ張り込んでいたのだが。

「てことだ。出てけ」

「はい…………」

 ドアが閉まる音が薄暗い廊下でエコーを響かせている。

 こんな時ぐらいは空気を読んで音を繰り返さないで下さいよ、エコー様。空しくなっていくばかりじゃないですか、と願いたいところだったが、人間界の法則では一度吐いた唾は呑み込めないのである。

「はあ…………」

 俺に怒り狂うことを通り越して、しょんぼりしてしまった。

 まあ、現実はギャルゲーや、少女マンガのように出会い頭に良い雰囲気になったり、ときめきを直観したり、ましてやフラグが立ったりすることなんぞ皆無と言っていい。

 別に一目惚れを否定する訳じゃないが、強く一目惚れをしていればしているほど初対面イベントのあっぴろげさというか、想定外さというものが反動として襲ってくるものなのだ。

 例えばそうだな。ドラえもんが欲しいと思っている人間に本当にドラえもんをあげたとしよう。アニメで見る限り、あらまあ、何とも便利なロボットだ、と思うだろうが、考えて見てほしい。四六時中自分の部屋で居候し、机の引き出しを勝手にタイムマシンに改造され、どら焼きを強請られ、ろくにエロ本を読んだり、羽目を外すこともできない生活に鬱陶しさを感じるのは最早時間の問題としか言いようがないのだ。

 そう、結局現実と理想はそんなものなのだ。

「よし、成功だ!」

「どこが、成功なのよ! あんたのせいでこれ以上ないほどの悪印象を与えちゃったじゃない! どうしてくれんのよ!」

 活気が戻った怜であった。

「おいおい、ちょっと待て」

「何を待てっていうのよ! このバカエロキュー!」

「落ち着けって。ほら」

 俺はポケットに入れておいた 「物」 を怜に渡す。

「……何、これ。ネックレス?」

 それはシルバーの写真入りネックレスだった。

「大正解。それはワル男が首からかけていたネックレスだ」

「なんであんたが持ってんのよ?」

「首から取ったに決まってんだろ。ワル男の匂いをたっぷり含んだプレゼントをお詫びとしてお前に差し上げようとひと肌脱いだんだぜ? 感謝してほしいな」

「そ、ソウくんの匂い……! はぁはぁ」

 良いお子様には見せたくない表情である。もしこの小説がアニメ化するときにはモザイクをかけるように頼まないと即、放送禁止になりかねない絵だった。

 どれくらいの時間を要しただろう。一分はとっくに経ったはずだ。怜はようやく、こっちの世界に戻ってきた。

「でも、どうやって取ったのよ。良く気づかれなかったわね」

 正気に戻ってもネックレスを今にでも潰れるんじゃないという強さで握りしめている。この筋肉がはちきれんばかりの腕っぷしの強さこそが、怜の誇る恋の強さというものなのか。こういうのも二度目になるのだが、こんな女を掴まされてワル男は実に、いや、本当切実に災難であると俺は考えざるを得ない。

 因みに俺がそのネックレスを盗んだことは追及されないらしい。怜の中でそれは外法ではないということなのか。真に合理的な人間である。

「怜にはまだ説明してなかったな。俺は人間の肉体ならすり抜けられるんだよ。盗むぐらい容易いものだったぞ」

「ふーん、地味に使い道が限られる能力ね。盗むぐらいしか使えないじゃない」

「いや、そうでもない。ブラのチャックを外すこともできる」

「あんたはここまで来て何が目的なのよ!?」

「そりゃお前、決まってるじゃないか。ブラの肩のワイヤーをゴムの要領でパッチンさせて女の子たちを驚かせること以外に何があるんだ。ったく、ギリシャ神話を熟読してない人間と話すと疲れるだけだ。キューピッドをもっとよく知るんだな」

「ギリシャ神話のどこにブラのワイヤーをパッチンさせる話が出てくんのよ! 大体、誰よ…… こんなやたら具体的な嫌がらせを教えてんのは……」

「天界で一番偉い人だ」

「ああ…… 一周して納得したわ」

 一周して納得されてしまった。

 まあ、一番偉い人、やたら浮気ばっかしてるからなあ…… 納得されるよなあ……

「だけど、これどうするのよ。なんかこのまま持ってるのも悪い気がするし」

 結局最後まで俺が盗んだことを追求することはないのだった。

 なんかちょっと物寂しい気分がする。

 ……俺はマゾじゃないぞ! マゾじゃないからな!

「当たり前だ、さっきのプレゼントというのは冗談だからな。返すに決まってるだろ」

「え!? 冗談なの!?」

「あ、えーっと、うん…… 冗談です」

 もしや本当に信じていたのか!?

「そんな、アモル酷いわ! 私の恋心だけを弄んで、楽しんだら全部嘘だったなんて!」

 本当に信じ込んでいたらしい。

「浮気していた彼氏に別れ話を告げられた恋人みたいな台詞をキューピッドに言えるのはこの世界でお前しかいないぞ」

「シクシク……」

 ああ…… 泣いてしまった。

 だが、ここで立ち止まったら、俺たち (というか怜) は単なるひったくりが途轍もなく上手い盗人に成り下がってしまう。

「明日、この時間にもう一度ここに来るぞ」

 始業のチャイムも鳴るころだし、今日のところ引き返すしかないだろう。

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