死んだような顔
買うために並んだが、それはもう長蛇の列。
ぼーっと立っている。
俺は萌様との出会いを思い出していた。
あれは1年生の夏休み。
俺は帰省せず、ずっと寮にいた。
その日は、正樹が帰省しているため、1人だった。
1人だと暇で暇でしょうがなかった。
勉強のやる気はおきないし。
俺は気が向いたため、学校の屋上に行くことにした。
いや、本当になんとなく。
制服に着替えてペンをもち、でる。
外に出ると暑いしじめじめする。さっきまでクーラーにあたっていた俺にとっては死にそうな暑さだった。
いつもならそこで部屋に戻っていただろう。
面倒だし。
けれど、なぜだか屋上に行きたかった。
この学校では屋上へ行けない。
というか、行き方がないのだ。
あくまで階段では。
つまり、校内からは行けない。
行くとしたら体育館の中から上へ登るか、また体育館の外にあるはしごを登っていくか。
ばれたら絶対に怒られるので、どの生徒も普通はいかない。
夏休みとあって体育館は開いていなかった。
よって外から登って行く。
ちなみに、もし落ちたら確実に死ぬ高さである。
屋上につくと、影を見つけて、そこに寝転がる。
「………………つまんね」
退屈だった。
ぼーっと空を見上げていると、寝てしまった。
目がさめると、日は傾き、夕焼けが見えた。
そして、そこにはひとつのシルエットが。
俺は声をかけた。
「おい、なんでこんなとこにいるんだよ?」
ビクッとしてこちらをむいた。
第一印象は、死んだような顔、だった。
目はうつろ、髪はボサボサ。
そのままとび飛び降りるんじゃないかと思った。
「…………あなたこそ、なんでいるんですか?」
「ま、暇だったからかな」
我ながら、なんて適当な理由なんだ……。
「じゃあ、私の邪魔をしないでください。今から死ぬんですから」
「はっ!?」
まったく言葉が理解できなかった。
死ぬって、まさか自殺かよ!?
そうやって考えている間にも目の前の女生徒は進んで行く。
何もないところへ。
「お、おい! 待てよ!」
俺は冷静になり、追いかける。
「こないで!」
俺は足を止めた。
そして女はこっちを見る。
その目には絶望の色が見えた。
その目には嘆きの色が見えた。
その目には悲観の色が見えた。
希望など微塵も感じられない。
すべてに興味がないのだろう。
俺はその目を長く見ていられなかった。
「聞いていましたか? 私は死ぬんです。邪魔しないでください。それとも、私と一緒にしん死んでくれるんですか」
冷徹な一言だった。
人は、こんなにも暗い色の声が出せるのか。
って、そんなこと思ってる場合じゃない!
なにか、なにか言わないと。彼女は死ぬための歩を進めてしまう。
なにか…………。
「な、ぜ……?」
やっと紡ぎ出せた言葉がこれだった。
「なぜ? はは。なぜでしょうね。そんなこと、考えたくもありませんよ。私に思い出させないでください」
何もいえない。
「もういいですか? 正義ごっこは気が済みましたか?」
……正義ごっこ。
目の前に死にむかう女の子を助ける男の子。
それを助けるのは彼女にとって正義ごっこらしい。
確かに、ここで助けられるのはアニメやマンガの主人公くらいだろう。
現に、俺は何もできていない。
彼女は端のほうへ歩いて行く。
端に着くと彼女は立ち止まる。
足をみると、震えている。俺も彼女に近づく。
「こないでってば!」
また叱られた。
「こないでってば…………」
声に悲しみが増える。
距離にして3メートル。
これ以上近寄ると飛び降りそうなのでひとまずとまる。
「なぁ、やめようぜ」
「無理」
「なんで?」
優しく聞く。
「だって、辛いから。生きていることが。逃げるにはこれしかないもの」
「だ、大丈夫だよ。これから楽しくなる」
俺は彼女を全然知らない。
だからこれくらいしかいえない。
気が利いたセリフは何も思いつかない。
「何も知らないくせに!」
…………。
しばらく間があく。
「本当に死にたいの?」
「……しょうがないじゃん、これしかないもの」
裏を返せば解決法がないってだけで。
「それはつまり、死にたくはないってこと?」
「わからない、わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない」
頭を抱える。
「だって、だってだって。誰も助けてくれないし、誰も聞いてくれないんです。
私の話」
「……俺が」
話を聞こうか。
そう言おうとした。けれど自信が持てなかった。
言葉に責任を持てなかった。
「俺が、なんですか? なんなんですか?」
彼女が俺を急かす。
俺がその言葉をいって、救えるのだろうか。
人ひとりの生死を、変えることができるのだろうか。
俺だってわからない。
あー、もう。
なんとなく屋上にきたらなんでこんな修羅場かなー。
頭痛いわー。
…………迷うのをやめた。
責任はあとからとるかー、となんかのん気に考えていた。
「俺が、話を聞こうか?」
言ってしまった。
彼女が振り向く。
その目にはわずかに希望があった。
それを見て俺は、笑った。
彼女も笑った。
すてきな笑顔だった。
……一瞬の出来事だった。
世界が減速する。
振り向きざまに彼女は足を踏み外した。
俺はみた、希望がまた絶望にかわっていく瞬間を。
今の彼女はわずかながら救われた。
そのはずだ。
なぜ神は彼女に試練を与える!?
このままでは確実に死んでしまう。
……それならば、運命に抗ってみせようじゃないか。
全速力で駆け寄る。
しかし3メートルは遠い。遠すぎる。
その間にも彼女は落ちて行く。
彼女の身体が完全に見えなくなった。
走る。
片手がかかっていた。
走る。
遠い、あと1メートルが。
普通の女の子は片手で体重を何秒も支えられない。
あと少し!
手が彼女に触れる。
触れてもつかめない。離れて行く。
なぜなら彼女の手は滑っていくから。
と、届かない……。
奥歯をギリッと噛む。
諦めてたまるか!!!!
さらに世界は減速する。
彼女は落ちて行く、とてもゆっくりと。
左手をポケットに手をいれる。
そして飛び降りる。
救うために。
すぐに彼女を掴んだ。ポケットから出したペンを確認すると、緑と青。
神は俺には味方したようだった。
「切りさけぇぇぇ!!!!」
そう叫ぶと風が発生する。
落ちて行くスピードがすこしゆっくりになる。
しかしこのスピードで落ちればさすがに怪我する。
そこでもう一本。
「流れろ!」
そう言って全力で下に投げつける。
地面に水が出現する。
イメージする、強くイメージする。
この水を風でつつみ、立方体にするイメージを。
俺たちはそのまま水の塊へ大きな音をたてて落ちた。
水はすぐに消えた。
「あぶねー、まじ死ぬかと思った!」
怪我はないかと思い、彼女をみる。
「あは、あはははは」
彼女が笑い出した。
意味がわからなかった。
「何がおかしいの?」
「いえ。あなた、バカでしょ。大バカでしょ。だって、だって、死んだな、と思ったらあなたが飛び込んでくるし、さらに無傷でびしょ濡れだし。なんか、おかしくておかしくて」
さらに笑う。
その笑顔はとてもまぶしかった。
よかった。助けられて。
よかった。希望の光を宿した目を見れて。
「買ってきましたよー」
「ほんと、すいません。ありがとうございます」
「いやいや、こういうのは男がやるのが相場でしょ? 気にしなくていいよ」
ただ、すっごく並びました。
人が半端なく多かったです……。
萌様が微笑む。
「紳士ですね、優人さんは」
「そうでもないよ。当然のこと」
その微笑みがみれたら疲れなんてふっとびますよ。
「本当に人が多いですね」
「いやー、まったく」
ま、しょうがないけど。
「萌様、楽しいですか?」
「えぇ、もちろん。とっても楽しいです」
「それはよかった」
「試着室ではいっぱいセクハラされましたけど」
はは、っと苦笑している。
「まあ本来、試着室は1人ではいるものだからね。3人入ったらあーいうふうになるよ」
「それも楽しかったんですけど」
「なかなか肝がすわっていらっしゃるようで。もちろん午後も楽しくなるよ」
そう、男にとって本番はこれから。
遊びまくる予定です。
「こうして2人きりになるのは久しぶりですね」
萌様が唐突に話をふってくる。
「そうだね。急にどうしたの?」
「いえ、少し前のことを思い出してしまって」
前のこと。俺にはひとつしか思い当たる節はない。
さっき思い出していたことだ。
「もう、大丈夫なのかい?」
「…………。みなさんは大丈夫です。それに大抵の人も」
俺は自然と笑顔になった。
「あのころは、いろいろなことがあったな」
「えぇ。私にとっては辛い毎日でした。死にたい、そればっかり考えてましたから」
あの表情は今でも忘れられない。
「もし俺があの時屋上にいかなかったら、どうしてたの?」
「……きっと、飛び降りていたでしょう」
そりゃまあ、飛び降りにいったんだから当然か。
これ以上この話をしても暗くなってしまう。
だから、
「あなたの話は俺がちゃんと聞きます。だから、……だから楽しい話をしましょう」
「えぇ、もちろん」
微笑み合う。
もちろん、お守りしますよ。あなたが二度とあんな思いをしなくていいように。
* * *