世界平和についてのレポート。
世界平和という言葉を聞いて、どんな事を思い浮かべるだろうか?
また一度考えてみてくださぃ。
世界平和には何が必要か?
という質問があり、それを見たときに正直に考えこんでしまった自分がいた。
世界平和には何が必要かといわれても世界が平和になることを前提に聞かれても困る。
まずはそう思ったが、考えを進めるうちにやはり難しい問題であると感じた。
質問の仕方に忠実に従って、とりあえず平和がおとずれるためのことを思った。
世界が全て平和になったとする。
つまり、悪がなくなったという事である。
そんなことが実際に起こるはずはないと、早速あきらめてしまった。
人間には最大の欲と呼ばれる食欲をはじめ、言葉通りの様々な欲がある。
その代表的なもの以外にもいろんなものがあると思う。
それは、例えば望みに近いようなものといえるだろうか。
もとあと言えば、欲だって望みの中のひとつなんだが。
不良になりたい。
というのも欲もひとつであろう。
人間には人に勝ちたい
または、優位に立ちたい。
人よりも強くいたいという欲が少なからずあるだろう。
不良になりたいというのは、つまり広い意味で(不良=疎まれている存在。のみでなく)先に述べた事のような部分に当てはまると言えよう。
真面目は損をする時代だ。
と最近はよく耳にするが、それは関係あるのかもしれないがとりあえず置いておく。
なんだか人間という生き物は、一生真面目で終わるということに何かしらの不満を持つようである。
その不満をそのまま力として「不良」となるパターンもあれば
心の内に密かに秘めておいて、いつの間にか忘れてしまうこともあるだろうし
パターンは様々。
まぁ、人それぞれだろうか。
一生温厚な人だったと思われていた人がいたとしても、本当にずっと真面目に温厚に生きていたかといえば、そんな事もないだろうと私は思う。
一度くらいは大小構わず、罪を犯した事があるだろうし
大ざっぱに言えば、人を殺したい。
または、殺したいほど憎んだ事もあるだろう。
これも、人間のひとつの欲なのだ。
と私は考える。
そうやって、人間の罪の意識というのはその人本体の問題であるのだが、そのときの状態や何かに関わってくるものであり人間は何を考えているのかも分かりにくい。
表情に出ない人間は特に怖いものである。
平気な顔をしておいて、何をしでかすか分かりもしない。
この世で一番恐ろしいものではないかと、私は考えるだけで身震いしてしまう。
話が飛んだようなので、テーマに戻ることにしよう。
つまりは、人間は洗脳でもなんでもされると人を殺すこともできる。
それに不良になりたいという欲が一生の中に1度はあり、それをそのまま実践してしまう人もいるわけだ。
いま問題になっているイラクなどでは、宗教が大きな力を持っていると言えよう。
宗教に縛られて罪を犯す事もありうるというわけだ。
あちらの宗教事情は全くといっていいほど理解できていないのだが
もしかしたら、宗教で神の言葉として聞こえてきたからだ。
と嘘をつき、自分のしたいようにしているアホな指導者もいるのかもしれない。
それに疑いもなくついていく信者たちはある意味でそれが心のより所なのであり、頼る場所であるからその言葉を信じるしかないということもあるだろう。
犯罪の中には、貧しさゆえに。
ということもある。
貧しいから食べ物やお金を盗んでしまう。
あるいは、お金などの部分でのいざこざで殺人に及ぶ可能性もあるだろう。
後者などは、裕福な日本人でもありそうな事だ。
なんとかいいながら、前者もこの裕福な日本にもあるのだ。
窃盗やスリが絶えないのも貧しい人がいるからだ。
こう見回すと、お金のめぐりがよさそうに見える日本も犯罪件数が多いということは不景気になってきたのだ。
ということも分かりやすいと言えるだろうか。
他にも貧しい国は数え切れないほどある。
日本は192ヵ国中で当たり前に10位以内には入るほどの経済大国だ。
そんな国でもホームレスはいるし
1人当たりの経済力は本当にまばらだ。
貧しい国がたくさんある中で、そこに住む人たちに食べ物やお金を差し出してみると
その人たちはそれを盗らないか?
そこが問題なのである。
そうして、その食べ物やお金を所有した人物を襲って盗ろうとする人物は本当に現れないのか。
多分、現れるであろう。
こうやって、経済的・精神面などについ簡単に少しばかり考えてみたが
果たして世界平和は本当に実現される日が来るのであろうか。
人間の考えに矛盾があるように、日常生活や日々の行動にも矛盾は出てくるものだ。
それに全て理由をつけられないように
意味もないように思える犯罪も増え続けている。
精神的に安定していないと思われる若者なども多い。
何が悪い。
と一言で片付けられるものではない。
ひとりひとり違うからだ。
そのひとつひとつを完全に除去することができるか?
理由も分かりやしないのに。
世界平和なんてものは誰が考えるかによって違うが
ほとんどは悪がなくなって
みんなが楽しく暮らせる場所もしくは時代だ。
という理想や思いだろう。
原爆や戦争で家族を失った人たちが一生懸命に世界平和を呼びかけているが
それが実現すると本当に思っているのかが不思議だ。
確かに他国へ日本などの経済大国から経済援助はできる。
しかし、北朝鮮などを注目してみて欲しい。
あの国は一部の位の高い幹部や国のトップなどが全て援助の食べ物やお金を持っていっている。
つまりは独裁国家の現実というわけだ。
日本などがどれだけ支援をしたところで裕福な幹部たちがほとんどをとっていく。
こんな現状であるから、貧しい人々がいつまでたっても減らないのだ。
拉致なども、表立った事として新聞の紙面などを騒がせているが
それも全て金のためだ。
仕方ないとも言えるのではないか。
そう私は思う。
仕方がないと言っても、もちろん日本人が拉致される事をいいと思っているわけでも、認めているわけでもない。
そこは理解していただきたく思う。
こうやって自分たちだけの利益だけ考える人物は必ずいるものだ。
それだけ欲深いというか何というか。
お金があっても問題は起こり、無かったらなかったでも犯罪や問題は起こってしまう。
こんなに多くの人間が集まっているのだ。
無理もないと言い切れないわけでもないだろう。
そういうものだろう、人間とは。
一言で言い切るのはとてつもなく難しいので、まだまだ続くという仮定で言っている事にしようか。
こうやっていろんな問題と共に犯罪は存在し続け、多くの被害者は悲しみ、苦しんでいる。
それを助けるために善意として世界平和を訴える事や
世界平和という言葉自体を用いたりする事があるわけであるが
もう一度考え直して欲しいと思う。
本当の世界平和とは何であるか。
また、それは本当にできる事なのか。
自分たちが目指す世界の現実をもう少し、受け止めて欲しいと思う。
でなければ、これから生まれて教育を受ける子供たちには間違った考えが植えつけられてしまう。
理想だけでは難しい世界だ。
まぁ、そういう事なのだろう。
これが私の考えである。




