【1】
4月9日。
今日はいよいよ李華高校の入学式。
俺は今日、晴れて高校生になる!
真新しい制服に腕を通し、初めての知らない世界へと踏み込んで行く。
初めての建物。
初めての匂い。
初めての人。
緊張、期待、不安、楽しみ。
色んな気持ちが入り混じって、ムカムカと吐き気がする。
「それにしてもなんだろうこれは…」
校舎の入口を目指し足を進める。
「歩いても歩いても前に進まない!なんで校門から玄関までの道が、こんなに長い!」
「まぁまぁ、落ち着こうぜ。こんな有名な金持ち学校なんだ、敷地が広くて当たり前!どこに移動するにも距離が長くて当たり前!なっ?」
「やっぱり俺は普通の高校が良かったー!しかも中学も男子校で高校も男子校って、なにが悲しくてこんなむさ苦しい…」
「だぁーから、そんなこと言ったって今更だろ?家が金持ちで、中学もあの金持ちの聖華中学校に通ってたら、高校は嫌でもここか華美しかないしな。それにここはイケメンが多いらしいから大丈夫、むさ苦しくないぞっ」
そう、俺たちが通うのは金持ち学校。
金持ちの人ばっかりが通う学校だ。
敷地は言うまでもないが、バカでかい。
中学のときから金持ち学校の聖華中学校に通う生徒たちの高校は、自動的にこの李華高校か、姉妹校の華美高校の2択になる。
そして何故か男子校。
イケメンが多いとかそんなことは知らない。
気にくわない!
イケメンって言ったって、俺だって男なわけだし。
ときめきがないだろ?!
むすっと膨れる俺を宥めてくる春。
春は幼馴染みで小さい頃から仲がいい。
人懐っこくて周りに人が集まりやすい、いつも春の周りは友達で賑わっているような、人気者タイプだ。
運動できるし勉強できるしおまけに見た目もいい。
背は俺と同じで165cmくらい。と、男子にしては少し小さめかな。
それでもそれ相応にバランスがとれた体格。
元々色素が薄い髪の毛は、明るい綺麗な茶色で、少し長め。
切長の目に長い睫毛、スッと通った鼻筋、薄く形のいい唇。
いわゆるイケメンってやつだ。
完璧なんだよなぁ。
中学2年生のころだったか記憶は定かではないが、言ったことがある。
「春はいいよなぁ。運動も勉強もできて、おまけに格好よくて、いつも周りには人が集まってくる。羨ましいぜほんとっ」
身長は変わらないにしても、俺は華奢な体つきだし、顔だって格好よくないし、ちょっとコンプレックスだった。
春になりたいぃ〜と言うように、べたーっとくっつきながら言うと、春は少し照れたように笑いながら言った。
「ありがとう。幼馴染みにそんなこと言われるなんてなっ。でも…」
「ん、でも?」
「俺は海のほうが人気者だと思うな」
「へっ?どこがだよっ」
いきなり予想外なことを言われて、声が裏返った。
「その様子じゃ自分では気付いてないみたいだけど、海は可愛いんだよな。」
べたーっとくっついた俺を剥がして、ポンポンと頭を撫でながら春は言った。
可愛い?!俺がっ?
俺、男なんですけどっ!
一人難しい顔をして考える俺に春はビシッと指をさして言う。
「そのお母さん似のくりくりした大きい目!通った鼻筋に綺麗な白い肌!俗に言う女顔!」
うぅっ…母さんの遺伝子をしっかりと受け継いだこの中性的な顔、結構気にしてたのに…
そして俺の髪の毛をツンツン引っ張りながら一気に言う。
「この、お父さんと同じ漆黒の髪の毛!真っ黒だけど柔らかくてふわふわだ!少しの風でも綺麗にサラサラなびく!白い肌と漆黒の髪、互いに引き立てて見た目は美形!運動も勉強もできなくないだろ?」
うん、この父さん譲りの髪の毛は自分でも好きだ。
柔らかくて触っていて気持ちいい。
だからあまり短くしないで伸ばしてる。
でも春のような明るい茶色も羨ましかったりする。
運動も勉強も、確かに平均よりは少しできるくらい。
「でもさ、俺の周りには春みたいに人が集まってくるわけじゃないぜ」
春の1番の羨ましい部分が俺にはない。
「あー、綺麗だから近寄り難いんだよ、海は。」
…はい?
なんですかそれ…
意味がわからないと言うように、眉間に少し皺を寄せていると、春は続けて言った。
「だってクラスのやつらが言ってたぜ?」
「……?」
俺はその先の言葉を待つ。
「神絵、中学はいってすぐの頃より、すごい綺麗になったよな。綺麗だから近寄り難い。触れたら壊れそうだ。ってな。」
「はっ?なんだそれ!」
本当に意味がわからない。
触れたら壊れそう?
どんだけ儚き美しいもの扱いしてんだよっ!
この俺を!男の俺を!
「いや、真面目な話。陰で海を好きってやつは、少なくないんだぜ。襲われんなよなっ?」
……驚愕。
「すっ、好きって!?男だろっ?!俺も男だ!」
しかも襲われ……ッ
嫌な考えを振り払おうと、一人青くなって頭を左右に振る。
そんな俺を、ニヤニヤと可笑しそうに笑いながら見てる春。
他人事だと思って!
悔しくて春を睨みつける。
「ほら、そんな顔しても怖くないんだって!目が可愛いからなっ」
頭をポンポン撫でながら楽しそうに笑う春。
悔しい…
身長は同じなのに、頭撫でられるし!
可愛いとか言われるし!
そんな笑った顔も、春は格好よくて羨ましいし!
なんていろいろ考えながら俺は春をむーっと睨み続けていた。
そんな会話したこともあったな〜‥
と、過去を振り返る。
俺は陰でそんなこと言われてたみたいだけど、今思えば春もクラスのやつらにいろいろ言われてたな。
「相澤と付き合いてぇ〜。」
とか。
「春くん格好いいっ!抱いて欲しい!」
とか。
おいおい、抱いて欲しいっておかしいだろ…
今更ながらにつっこむ。
「…いっ、海。……ぞっ」
ん?なんだって?
「おいっ、海!聞いてんのかっ?」
「…ぁっ、えっ?何?」
まったく…。と溜め息をつく春。
「着いたぞ、って!」
一人過去を振り返っていたら、いつの間にか玄関に辿り着いていたらしい。
「でっ、かいなー…」
今俺たちの目の前にある玄関が、バカじゃないかってくらいでかい。
「ほんと、さすがだなっ。まあとりあえず行こうぜ」
春はそう言って校舎へと入って行く。
俺も後を追って校舎に入り、入学式が行われる体育館へと向かった。
いよいよ入学式が始まる。
新しい生活が始まるんだ。