王女リゼットの懸念
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ごきげんよう。
私、本日もお気に入りのテラスでお茶を嗜んでおります。
お姉様が女王として即位して以降、城内で見かける使用人が心無しか引き締まってきた気がする今日このごろ。城下でもその風潮がじわじわと浸透しつつあるそうです。
我が国は魔法に長じた国として名を馳せ、サンクチュアリ王立魔法学園は魔法に関しては他国の追随を許さぬ優れた学び舎です。なので、我が国の魔法学園を卒業したというだけで、働き先に困らないと有名でもあります。
その歴代優秀な卒業生を輩出してきた学園ですが、お姉様は成績の優秀さと筋肉のゴリ押しで卒業なさったと専ら有名となってしまいました。本来であればまかり通る事ではないのですが、お姉様の筋肉は魔法を弾きますし、ものによっては魔法と似た現象を起こしますので、何等かの新たな魔法の可能性を学者様方が見出し、騒ぎ出したのだと聞きました。
王家の口添えもあり、お姉様に実技でも成績でも勝てる者はなく、結果、首席で卒業とあいなったそうです。
魔法の学び舎にそんな怪物を招き入れてしまい、真面目に魔法に取り組んでいた方々には大変申し訳ない事をいたしました。
「……魔法設定、どこに行ってしまったんでしょうか……」
ふと、何気なく口をついたタイミングで背後から声がかかりました。
「あら、リゼット。一人?」
威厳に満ちた野太くお腹まで響く声に私が慌てて振り返ると、そこには豪華な金糸の刺繍が施された真紅のドレスを纏ったお姉様が腕組みをして仁王立ちのお姿で立っていました。
艶やかなプラチナブロンドの髪を高く結い上げ、氷のような青い瞳。 無駄のない美しく威風堂々という言葉がしっくりくるそのお姿からは、圧倒的な威厳と覇気が溢れ出ていました。
まさにサンクチュアリ王国女王エリス・フォン・サンクチュアリのその名に恥じぬで佇まいでありました。
「お姉様、いつの間に」
「今来たところよ、リゼット。あなたがテラスでお茶をしていると侍女から聞いて、少し執務の息抜きにと思ってね。それより……」
慌てて席を立ち、礼をとろうとしたところを手で制すると、お姉様はテラス一帯にずらりと視線を走らせた後に形の良い太めの眉が僅かに動き、重々しく口を開きました。
「護衛と侍女はどうしたの?」
その場の空気がズン、と重たい擬音と共に強くなった気がします。
お姉様に付いていた侍女と侍従の顔からは血の気が引いてしまってます。
「お、お姉様! 私が無理にお願いしましたの。たまには一人になりたくて、護衛と侍女はあちら、柱の影に、ほら、出ていらっしゃい!」
私が声を張り上げると柱の影から顔色をなくした護衛と事情が直立不動の姿勢で姿を現す。
「ふむ……」
お姉様が二人をじっと見つめる。
「お姉様」
「リゼット」
「私、一人っきりになれないのは重々承知しておりますわ。けれどたまにはそれっぽい気分を味わいたい時もありますの。二人は悪くありませんわ。きちんと侍女と護衛のお仕事は忠実に熟しております。叱られるべきはお願いをした私ですわ」
私は胸の前で手を組み、俯いて心の中で気合を入れると、
「お姉様……」
渾身の上目遣いでお姉様に訴えました。
「くっ……、リゼット……」
お姉様の厳しさに満ちた目が僅かに揺れたかと思うと、私からの視線を振り切るように目を背け、優雅な動作で私の向かいの椅子に腰掛けました。 その動作一つをとっても、無駄な動きが一切ない。私が見ても筋肉の連動が完璧にすぎるのがわかります。
まさに淑女の頂点。
お姉様は自身を落ち着けるように、スウと息を吸った後、
「今回だけよ」
「はい!」
にこりと笑ってお姉様の向かいになるべく優雅さを心がけて座りました。
「……お仕事、お忙しいのではないのですか? 近頃は隣国との貿易協定の件もおありだと聞いておりますが……」
私が恐る恐る尋ねると、お姉様はふっと口元を緩め、微笑まれました。
「ああ、あの件ね。相手国の使節団が少々舐めた条件を提示してきたから、我が国力の一端を示して差し上げたら、こちらの提示した条件を全て飲んでくれたわ」
「さすがはお姉様です……!」
私は無邪気な笑顔を心がけました。第二王女といえどお姉様に比べれば、浅学な小娘。国の代表者同士の交渉の場で何がなされたのかは余計な事は聞かずにただ褒める事に徹しました。
お姉様には特に私に対しては意外とチョロいところがお有りで、今まさに「ムフー」とばかりに大胸筋を誇示しておいでです。お姉様は私が褒め称えると、とてもお喜びになるのです。
ええ、そうです。太鼓持ちですが何か?
我が身が一番にかわいいですが何か?
お姉様は侍女が新たに淹れた紅茶に軽く口をつけ、ふぅと息を吐きました。
「それよりリゼット。貴女、来月から王立学園の中等部に入学でしょう? 準備は進んでいるかしら?」
「はい。必要な書類や制服の仕立てはすべて完了しております」
「そう。……学園では、変な虫がつかないように気をつけなさいね」
お姉様の目が、一瞬だけ鋭く細く眇められました。
「貴女は私の大切な妹よ。もし貴女に不埒な真似をするような不届き者が現れたら、たとえ相手が大貴族の令嬢だろうが、帝国の皇子だろうが、私が(この手で『物理的に』この世から)排除してあげるから、すぐに報告なさい」
そのお言葉に私の頭は勝手に二期シナリオの内容を引っ張り出す作業を始めました。
享年29歳の喪女様が 『エマージェンシー!エマージェンシー!』と叫んでおります。
「はい。そのお言葉を支えに励みとうございます」
私はそんな事はおくびにも出さず、にこりと笑いました。ここで「はい。わかりました」は愚策です。
素直に受け取ろうものなら、私に無礼を働いたと判断されたこの国の貴族家が端から順に消えてなくなることでしょう。
ゲーム内でエンディングを迎えたどんなお姉様でも成し得ない事を成して見せる。
それが私のお姉様なのです。
確か、ゲーム二期のシナリオでは、ヒロインには何処かの公爵家がパトロンになり、そこの御令嬢がヒロインに肩入れして私との対立が決定的になる。そんなシナリオがございました。
どの公爵家も歴史は古く、我が国には欠かせない家々です。
私の軽はずみな行動で公爵家をお取り潰しにする訳にはいきません。
他にも帝国の第一と第四皇子が見聞を広める為と称し、留学なさる筈。
ええ、大貴族の令嬢と帝国の皇子様方ですね。どうしてそんなにピンポイントな当て方をなさるのですか? 予言ですか? それともお姉様も前世の記憶をお持ちなのですか? いえ、お持ちであればこんな現状にはなっておりませんね。享年29歳が頭を抱えて唸っております。
私は余計な思考を一旦放棄する事にいたしました。
私はまだ12歳児なのです。中等部の3年間は年相応に全力をもって平穏に楽しく過ごす所存です。
周囲からの甘言にも注意していればライバルという立場にも甘んじる事もなくなるかもしれません。
何せ、お姉様というお手本がいらっしゃるのですから。
明るい展望に少し元気が出てまいりました。
「ふふ、リゼットは本当にしっかりさんでかわいいわ」
お姉様は満足そうに微笑むと、腕を伸ばし、私の頭を優しく撫でてくださいました。 当初と比べて随分と手慣れた感があります。きちんと対面した当初からの私の頭と首の犠牲は無駄ではなかったとしみじみと実感いたしました。
悪い事をしなければ、お姉様はとてもお優しいのです。
「あ、そうだわお姉様。こちらのマカロン、とても美味しいのです。お姉様もいかがですか?」
私は大きなマカロンを取り囲む一口大のマカロンを取り皿に全て盛り付けました。
女王としての激務には甘いものが一番です。
「ありがとう、リゼット。いただくわ」
そういって手を伸ばしたお姉様は私の盛り付けたお皿ではなく、本来なら切り分けて楽しむ大きなマカロンに手を伸ばすと一口で食べてしまいました。お姉様にとって、大きなマカロンこそが一口大でした。
呆気に取られている私にお姉様はにこりと笑いかけられました。
「美味しいわね」
そのお顔を見て、私は改めて決意を新たにしたのです。
清く正しく生きようと。




