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アンチノイズ ―それでも音は僕らをつなぐ―  作者: 夢見る冒険者


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第9話 分岐点

篠原乃々華——"花守のあ"として活動する彼女と、一緒に作曲をするようになって。気づけば、いろんなものが変わっていた。


まず一つ。チャンネル登録者が三千人増えて、一万人を突破した。少し停滞気味だった部分が、彼女が俺の曲を歌ってくれることにより、そのファンが聞いてくれるようになったのだ。


ほんと、のあ様、神様、仏様って感じである。


登録者が増えたということは、一人でも多くの人に俺の曲を届けることが出来るということだ。その事実に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


そして、もう一つ。曲の表現の幅が、明らかに広がっていること!!


カノンに歌ってもらえるためにも、相手の歌声を活かすことは必須。


"花守のあ"として活動する彼女の歌声はより、相手の感情を揺さぶることが出来る。だからこそ、俺自身もどのような"想い"を込めるのかを明確にしていく必要があった。


この一音に、何を込めるのか。このフレーズで、何を伝えたいのか。自分の中で、はっきりと言葉にできるくらいまで考える。感覚だけで作っていたものを、既存の音楽理論と照らし合わせながら上手く融合していく。


正直、前よりも手が止まることは増えた。考え込んで、画面の前で動けなくなる時間もある。それでも一歩ずつ前に進んでいるという実感があった。昨日できなかったことが、今日は少しできるようになっている。


その積み重ねが、ちゃんと音に表れていて、毎日が楽しくて仕方ない。


……まぁ、俺より後に始めたのあはもう、登録者が七千人を突破しているんだけど……。げせぬ。小さく呟いて、思わず苦笑する。


けれど、それは彼女なりの努力があるからだった。ショート動画に広告を出して、ライブ配信で視聴者と向き合って、一人一人と丁寧に関係を積み上げている。


その結果が、あの数字なんだろう。だからこそ。俺も、負けていられないと思った。彼女の歌声に負けないくらいに、むしろ、彼女を引っ張っていけるくらいに凄い曲を作る。そう刺激される。


今は、一ヶ月に一曲のペースで作って、二ヶ月に一曲はのあに提供。それ以外は、自分のチャンネルに上げている。


少しずつだけど、形になってきている実感はある。特に嬉しかったのは——


「この曲を聴くと、少し前向きになれました」


そんなコメントが、増えてきたことだった。画面越しでも、誰かの心に届いている。その事実が、何よりも嬉しくて。


……だから、やめられない。そうして一通りの作業を終え、軽く体を伸ばしてから一息つく。無意識に手が伸びるのは、いつも同じ場所だった。


カノンのチャンネル。開いた瞬間、視界に飛び込んでくる数字。


登録者数、230万人。


思わず、息が止まる。


「……すげぇな」


小さく呟く声には、感嘆と、ほんの少しの悔しさが混じっていた。ここまで来ると、もう別世界だ。同じ"音楽"をやっているはずなのに、立っている場所が、まるで違う。


手を伸ばせば届く、なんて距離じゃない。はっきりと線を引かれたみたいに、遠い。


——それでも。


画面を閉じる指先に、わずかに力がこもる。いつか、あの場所に。そんな思いが、胸の奥で静かに灯り続けていた。


「もしも、コンペが開かれたなら——今度こそは……」


小さく呟いた言葉は、誰に聞かせるでもない。ただ自分自身に刻みつけるように、静かに闘志を燃やし続けるのだった。



そんな目標を立てて二ヶ月後。俺は完全に行き詰っていた。音が、出てこない——というか、どこか聞いたようなものにしかならない。


手を動かしても、納得できない。消して、作り直して、また消して。気づけば、それの繰り返しだった。


「……はぁ」


小さく息を吐いて、椅子にもたれかかる。天井を見上げると、やけに白くて、何もない。


——独学の、限界なのか。


そんな言葉が、頭をよぎる。ここまで積み上げてきたはずなのに、急に足場が崩れたみたいに、前に進めなくなっていた。


焦りだけが、じわじわと胸の奥を締めつける。このまま、止まるのか。そんな不安が浮かびかけた、そのとき。通知音が鳴った。


俺は少し気怠く感じながらも画面に視線を落とす。


『あなたの曲を、アレンジやミックスさせていただけませんか?もちろん費用などは一切いりません』


画面を見ながら、思わず首を傾げる。


「アレンジとミックス……」


思わず呟く。もちろん、俺自身も行っている工程。だからこそ、これはある意味での挑戦状だった。有り体にいえば、お前の技術はお粗末なもので聞けたものじゃない。私がやった方が百倍ましだ。と喧嘩を売っているようなもの。


なにより、ネットに上がっているリミックスの中には、原形を留めないほど印象が変わっているものもある。それでイメージが崩れることだって、少なくない。


だからこそ——


「……許可してもいいのか?」


そう思いながも、頭に浮かぶの最近の行き詰った現状だった。一人で続けても、結局は今の延長線上をなぞるだけなんじゃないか。そんな先の見えない不安が押しよせて来る。


しばらく逡巡したあと、俺は息をひとつ吐いた。


完全に納得したわけじゃない。むしろ、引っかかりは残ったままだ。それでも、現状を変える可能性が少しでもあるならと、


『もちろん。いいですよ』


そう返信した。送信ボタンを押したあと、胸の奥がわずかにざわつく。


……まぁ、もう許可したんだ。


小さく息を吐いて、気持ちを切り替える。やることは変わらない。俺は必要なデータを用意し始めた。


アレンジ前のパラデータと、自分なりに手を加えたもの。その両方をまとめて、送信する。


(さぁて、お手並み拝見といきますか)


データを送信しながら、そんなことを考える。まぁ、どうせ一週間くらいはかかるだろう。そう思って気長に構えていたのに——返ってきたのは、たった二日後だった。


「……化け物かよ」


思わず、呟く。あれだけ啖呵を切ったんだ。自信があるのは分かる。それでも、この速さは異常だ。……まぁ待て。スピードも確かに重要だが、大事なのはクオリティだ。これで、俺のデータをちょっと弄った程度だったりしたら、凄くはないからね。そう思っていたのだが。


次の瞬間、思考が止まった。


「こんなに変わるものなのか……」


曲を豪華にしようと音を足していた俺とは異なり、一番聴かせたいメロディの為に、あえて音を抜いていた。次に鳴る音を意識しているのだろう、迫力が断然違う。


「はは……マジかよ」


驚きのあまり俺は乾いた笑いが漏れる。そのまま、画面の前で固まって動くことが出来なかった。それから、ふっと、天井を思いっきり見つめてしまう。


音の厚みも。

広がりも。

迫力も。


すべてがまるで違う。静かな部分はより繊細に。盛り上がる部分は、胸に響くほど壮大に。


「……すごい」


思わず、そんな言葉が漏れる。


自分の曲なのに、自分の曲じゃないみたいだった。それほどまでに完成度が高かった。もしも俺がこの人レベルの編曲家になれば、どれほど表現できる幅が広がるんだろう。そう思わずにはいられなかった。


自分の曲だからこそ、実感する。実力の差も、俺に足りていない部分も良く分かる。ようやく方向性が見えてきた気がした。だからこそ、彼女には感謝する気持ちが強く、俺はすぐに言った。


『きちんと、お金を払わせてください』


自然と、そう連絡をしていた。けれど、彼女は頑なだった。


『いえ、本当に大丈夫です』


何度言っても、首を縦に振らない。結局。俺の方が折れる形になった。ただ、その代わり。


『じゃあ、次からは依頼という形でお願いしてもいいですか?』


そう伝えると、彼女は少しだけ悩んでいるのだろう。すぐには返信が来なかった。少しあいだ、間があき


「……わかりました。」


と、しぶしぶ了承してくれた。それが、彼女——冬城 凛との出会いだった。

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