第13話 喫茶店で問い詰められて
入学式は、同じクラスの生徒が代表を務めていた。壇上で堂々と話す姿を眺めながら、ぼんやりと思う。大変そうだなぁ、なんて他人事で見つめている。そんな俺に対して、さっきから、背中に刺さる視線がある。見なくても分かる、凜だ。
絶対に逃がさない、白状させるそんな気配が、じわじわと伝わってくる。そうして入学式が終わると、俺はそそくさとその場を離れ、両親に会いに行こうと、一歩踏み出した瞬間。
——がしっ。っと、手首をがっり掴まれる。
「白瀬君、何処に行くのかな?」
にこりと笑いながら圧を掛けてくる彼女に、なんてともない風に伝える。
「ほら、両親を待たせているから、軽い挨拶を、ね」
「そう。じゃあ、私の方も両親と軽く話してくるから帰らないように」
「……はい」
それに対して俺は項垂れながら、両親の元へと歩いて行く。この後クラスメイトと早速遊びにいくことを伝えると——
「もう、友達が出来たのか、良かったな」
と二人ともどこかほっとしたように表情を緩めて、とても喜んでいた。……そりゃそうだよな。入院生活が長くて、まともに人と関われてなかった我が子が。クラスメイトとの関りを不安そうにしていた僕が早速"誰かと帰る"なんて言い出したら。そりゃ————安心するよな。
俺は逃げ道を防がれたと感じるながら、内心で気分を落とす。だって、これから詰問される未来しか見えないんだから。
最悪、爪の一枚や二枚は覚悟した方がいいかもしれない。……なんて、どうしようもない想像をしてしまう。そんな俺の内心を知るわけもなく、早速目に涙を浮かべている母さんを見て、入学式らしく笑顔を作るのだった。
「それじゃあ、クラスメイトと一緒に帰るね」
「えぇ、いってらっしゃい」
二人ともどこか嬉しそうに笑ってくれる。その笑顔に、少しだけ背中を押される。……行くか。そう覚悟を決めて向かう。少しでも彼女の機嫌をよくするために小走りで。
***
近所のファミレスに二人で入る。友達と放課後に来ることをどこか楽しみにしていた場所。本来なら、楽し気に会話をするこの場所で
「で?」
目の前の彼女から俺は問い詰められるような視線を送られていた。
「えっと、ですね……」
俺はそう前置きをしながら、必死で頭の中を整理する。一応少しはどう伝えるか考えてきたのだ、何とかなるはず……なんて思いながら言葉を紡ぐ。
「実はこの学校に入学する前にVR上の知り合いもこの場所に来ると知りまして」
「うんうん。それで?」
軽く頷きながら、先を促してくる。逃げ場を塞ぐみたいに。
「その……二十二歳って伝えてて。その人の前で大人ぶった態度を取ってた結果、言い出せなくなって……身バレを防ぎたいなって……感じです」
だんだん自分の声が小さくなるのを感じながらそう伝える。
「メンバーの一人に、大人ぶった態度で講釈垂れてたせいで、今さら引けなくなったってわけか」
「えっ……なんでメンバーだと分かったの?」
素で問い返してしまう。すると彼女は、呆れたように肩をすくめた。
「あんたの場合はバレバレなのよ。素で感情が丸わかり」
「マジか……」
思わず項垂れる。いや、そんなに分かりやすいのか俺。いや、それ以上に彼女の鋭さには驚きを隠せない。
「感心しているようだけど、ホントに湊が分かりやすいだけだから」
……うっ。今の視線からもバレるというのはよっぽどわかりやすいんだな、俺。
「というかそれって余計に気を付けないってことか」
「まぁ、そうね。のあとどういった風にあなたとやり取りをしているか分からないけど、見限られないように気を付けない」
「……はい」
反射的に頷くと、凜がこっちをマジかと驚いたように見つめてきた。何に驚いているんだと、俺も後ろを見つめる。
待って、もしかして、のあがいるのかと焦って辺りを見渡すが、同級生らしき人物はいない。不審に思いつつ、彼女に問いかける。
「何に驚いてるんだ?」
「……いや、今までの全部、誘導尋問だったんだけど。相手、のあだったのね」
「はぁ!? お前っ、それはやっちゃいけないだろ?」
「いいじゃない。のあ八割、ルナ二割くらいだったんだから。……でも、そっかのあは貴方に学校の事を伝えたのね」
何かを考え込むように彼女は考え出す。……ごめん、のあ。君が俺を信頼して教えてくれた情報はすぐに筒抜けになりました。ほんとごめんなさい。未だに何かを思考する彼女に声を掛ける。
「あっ……あの~。ここの支払い持つので、どうかこのことは内密に」
「へぇ~」
くすっと笑って、メニューを手に取る。
「少し高めの店に来て正解だったかも。それじゃ、遠慮なく頼もうかな」
——え?
慌ててメニューに目を落とす。
(……高い)
とうか、最低でも八百円からって、どういうことだよ。一瞬で冷や汗が滲む。そんな俺の内心なんてお構いなしに、彼女は楽しそうに注文していく。デザート二品に、紅茶一杯で合計三千四百円。
「……」
はは。それがあれば、好きなアーティストのCD買えたんだけど……。そう後悔が湧いてくる。いやいや、ここは交友を深めるためだと思えば安いもんだ。
「あんた、すっごい迷うのね。メニューはどうするの?」
なんて、何ともないように告げる。……こいつさてわ、ブルジョワだなと思う。この値段にも全然驚いていないようだし。何よりこの値段で、少し高いはないでしょ。俺はもう一度メニューに視線を落としつつ、頼む。
「えっ……じゃあ、同じくプリンアラモードとブレンドコーヒーかな」
「ふぅん。まぁいいじゃない」
どこか面白がるように、彼女が笑う。初めて見る彼女の笑顔は、さっきまでの鋭さが嘘みたいに柔らかくて。思わず、視線が止まる。
その方が可愛らしいのにななんて思いながら、改めて彼女を見つめる。
さらりと揺れる長い金髪が、窓から差し込む光を受けて、きらきらと細かく反射する。整った顔立ちは、可愛いというより——美人、という言葉の方がしっくりくる。
そう考えると、十数人から告白されたという話も、妙に現実味を帯びていた。
「なに、ジロジロ見てるの?……もしかして、惚れた?」
「すぐに惚れるわけないだろ」
少し呆れたように俺が返すと。彼女は「ふぅん」と短く息を漏らした。
正直なところ——誰かに惚れる、なんて実感が湧かない。そもそも、俺がこうして友人? 戦友? と一緒にカフェを楽しむことすら想像してなかったのだから。
「まぁ、大体の事情はわかった。それなら一応安心なのかな」
俺を見て納得したように頷く彼女に聴き返す。
「えっと……なにが?」
「いえ、こっちの話。あなたはいつも通り、作曲に専念すればいい」
軽く流すような口調だったが、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にすとんと何かが落ちた。確かにそうだなと。
俺たちの関係は、友情とかそういう曖昧なものじゃない。同じ目標に向かって自分達が出来る事を常にやり続ける。そんなシンプルな関係だったと。
「それじゃ、貴方のおごりでいただくわね」
そう言って彼女は、運ばれてきたデザートにスプーンを入れる。一口含んだ瞬間、わずかに頬を緩める。その表情は、いつもよりどこか柔らかくて——本当に美味しそうに頬張っていた。
俺の新たな生活はこうして順調に進んでいく、同じ作曲仲間の知り合いがクラスにいて、徐々に友人が出来て、普通の学校生活も満喫する。そんな未来をぼんやりと思い描きながら、俺たちは喫茶店を後にした。
「そういえば、教室ではなんて呼べばいい?」
店を出て、少し歩いたところで俺は尋ねる。
「普通に、律花でいいわ。私も湊って呼ぶし」
「おっけ。それじゃ、律花って呼ばせてもらう」
それから作曲のことで意見を交わしながら、並んで帰る。やがて別れ道に差しかかり、俺は足を止めた。
「今日はありがとな。それとまた明日」
「……えぇ、また明日」
ほんのわずかに間を置いてから返ってきたその言葉は、思っていたよりも柔らかかった。ふっと力の抜けたようなその笑みに、つられるように微笑みつつ、二人別の方向へと歩き出すのだった。




