第11話 年齢バレ
そんな合格発表から数日後のこと、音楽で繋がった人との集会が行われることになったんだけど……
「えぇ~のあちゃんってまだ学生さんなんだ?年齢はいくつ?」
「それは教えられないです」
開始早々、のあが男に絡まれていた。VR空間での会話とはいえ、距離感はやけに近い。アバター越しでも分かるくらい、相手の踏み込みが強かった。これが現実じゃなくて、本当に良かったと心底思う。現実なら、俺が割って入ったとしても軽く押されただけで尻もちをつくこと間違いないから。
俺は軽く息を吐きつつ、間に入る。
「はいはい。のもさんそれ以上は絡まない」
「いいじゃん。若い子の意見は参考になんの。……それともチームの保護者気取りですか?」
鬱陶し気にこちらを見つめて来る。目を細めながら、暗にあっちに行けと言われているようだった。
「一応自分22のなんで。学生を卒業したての身としては見過ごせないかなって」
「はぁ~かったいね。お前の曲みたいだわ」
「……お前のセンスに頼った曲よりはマシだろ」
「あぁ?」
「なに?」
空気が、一瞬にして張り詰める。さて、喧嘩をしようかというところで、案の定、周りが慌てて割って入り、俺たちは引き離された。
先程までは周りに人がいのだが、今は少し距離が遠い気がした。
「…………」
小さく息を吐く。……まぁ、計画通りかな。結果的には引き離せたんだから。俺は軽く咳払いをしつつ、辺りを見渡す。
えっと……凜とルナの方は大丈夫か?そう思って視線を向ける。ルナは……人見知りが出ているのか、一言もしゃべらず、動きが止まっている。凜の方は……
「気があるならごめんなさい。私は貴方に興味ないので……」
なんて喧嘩を売っていた。相手の方も最初こそ取り繕っていたものの、今はもう傍目から見ても分かる程、怒っているのが分かる。
「はぁ? 俺もお前に興味なんてねぇよ。どうせ現実でもモテない非モテのくせに」
「そうねぇ。これまで十数回くらいしか告白されてないから、モテないかもね」
さらっと言い返すその様子は、余裕そのものだった。……火に油だろ、それ。
「はいはい。それまでにしようね、凜」
さすがにまずいと思い、今度は俺が割って入る。凜の方へ視線を向けると——俺と目が合った瞬間、すっと顔を逸らした。
「ふんっ……」
不機嫌そうに鼻を鳴らして、そのままそっぽを向く。なぜか俺の方が相手にごめんなさいと頭を下げる事態になる。……俺、凜の保護者じゃないんだけど……。
なんて思いながら、俺は一人でいるルナに声をかける。そのまま、俺たちは一足先に会を抜けた。
いつものように、四人になった瞬間。凜から静かな怒りを込めた声が聞こえる。
「ゴミしかいなかったわね、あの会」
「凜の言う通り。無駄な時間だった」
「あはは」
彼女達の言葉に引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。なんて声を掛けようかなんて考えていると、柔らかな声が、横から聞こえてくる。
「m1naseさんさっきはありがとうございました」
振り向くと、のあが深く頭を下げている。……あぁ、さっき絡まれたところに割って入った件か。
「いやいや、あれくらい普通だよ」
「それでも、私は助けられましたから」
真っ直ぐな言葉に、少しだけ言葉に詰まる。その視線に俺がふっと笑みを零すと……
「あんたまさか、のあに手だすき?」
「いやいや、そんなつもりないから」
呆れたように返すと、
「そう」
と少し納得したような返答が返ってくる。まぁ、視線だけは疑ったままだけど。……信用、薄いな。
「にしても、のあもリアルの情報公開はダメでしょ?」
「……? でも、m1naseさんは大学生卒業って言ってましたよ」
「それはいいの。……でものあは女性なんだからもう少し気を付けること」
「分かりました。次から気を付けます」
軽く頭を下げたのあは、改めて凜の方を見て伝える。
「けれど……私も誰にでも話すわけじゃないですよ。みんなだからですっ!」
なんて爽やかに笑う。その無邪気さに、さっきまでの空気がすっと和らいだ。
「にしても二人とも大人って感じで凄いですね」
「……ま、まぁね~、私も一応大学生だから」
なんて凜が告げる。……こいつ、大学生でありながらあんな喧嘩をしていたのかよ。内心でそうツッコんでしまう。
「ちなみに、私も学生。のあと同じだね」
「……ってことは、来年からm1naseだけが学生卒業か~」
なんてふっと笑いながら凜が告げる。……ほんとにこいつ、大学生か?そんなことを思いながらも、少しだけ呆れて肩の力を抜く。
そのあと、次の曲の進捗を軽く共有していつものように、凜とルナが先に抜けていく。
「それじゃ、のあも……」
「あのっ……少し待ってもらってもいいですか?」
遠慮がちに、こちらを窺うような表情。その様子に少し戸惑いながらも、俺は頷く。
「その……もしも、なんですけど……」
言い淀んで、少しだけ視線が揺れる。
「明日、お時間があれば……会えませんか?」
わずかに潤んだ瞳で、そう言った。俺は彼女を安心させられるように、ふっと肩の力を抜いて、いつも通りの自然体で応える。
「もちろん、いいよ」
瞬間。ぱぁっと、のあの表情が明るくなる。その変化があまりにも分かりやすくて、思わずこちらまで笑ってしまった。……ほんと、この子は周りを明るくするな。笑顔のまま彼女を見つめていると、嬉しそうに口元を緩ませながら彼女が告げる。
「それじゃあ、また、明日もお願いします」
そういって、彼女も去っていく。いつも通り一人で夜空を見上げる。仮想で作られた景色のはずなのに、自分にとっては不思議と落ち着く場所で、気づけば、俺にとって大切な時間になっていた。
今日の出来事を、ゆっくりと思い返す。それに、音を重ねる。鼻歌でいい。ふふ~ふん、と身体を揺らしてリズムを取る。やがて満足のいくフレーズが浮かんで——俺は満足げに、この場所を後にした。
***
次の日。
何か相談事でもあるのかと思っていたが、実際は他愛もない雑談だった。俺はいつものように、のあに断った上で作業をしながら話をしていた。だからだろうか。彼女の「明日も友達と遊びに行く予定なんですよね」という言葉に、何気なく聞いてしまった。
「そういえば、今年高校生ってことは、もう受験終わったんだ?」
現在は二月後半。私立かな~、なんて軽く考えながら聞くと。
「私、中高一貫校なのでそのまま進学という感じです」
「あぁ~、なるほど」
そう返答して気付く。
……ん?中高一貫で受験してないってことは……
「え……今ので、自分が中三ってばらしてない?」
「へっ……あ、あーーー」
のあが、慌てたように言葉を詰まらせる。それを見て、俺も焦ったように口を開いた。
「ごめん、俺も何とはなしに聞いていた。ほんとごめん」
「いえいえ、私のミスですから……それに、m1naseさんなら大丈夫ですよ。信頼してるんで」
その言葉に、少しだけ胸が重くなり反省する。完全に配慮が足りてなかったと。それにしても、彼女の信頼が少し重い気がする。騙している現状に罪悪感を感じ、僕も君と同じ中三だと、思い切って伝えようと決意する。
「あのっ……」
「でも良かったです。m1naseさんみたいな大人な人がいるから、ああいった場所にも安心していけるんで。……いつもありがとうございますっ。m1naseさん」
言いかけた言葉は、彼女にかき消され、俺は引きつった笑みを浮かべながら返答する。
「……いえいえ、当然ですよ」
そう返答することで精いっぱいだった。……すぅーーー。どうしよう。とても言える雰囲気じゃなくなった。声の端々から、彼女がこちらを信頼してくれているのが伝わってくる。だからこそ、余計に言いづらい。
このときになると、もう思考の大半は彼女がどの高校に通っているかに注がれていた。中高一貫ということは同じ学校に通うが可能性もかなり高い。なぜなら、俺も中高一貫校なんだから。
同じだったらどうしよう。……いや、まぁ待て。世の中に高校がどれくらいあると思ってんだ。世の中に高校がいくつあると思ってるんだ。そんな偶然、そうそう起きるわけが……そんなことを考えていると
「m1naseさんは今年で23ですもんね」
「ん? ……そうだね」
上の空のまま、適当に相槌を打つ。意識の半分は、まだ別のことに引っかかったままだった。
「私も今年16だから、7歳差かぁ……そっかぁ~」
どこか嬉しそうな声が返ってくる。互いの年齢が分かったことが、そんなに嬉しいのだろうか。その様子に内心誤ってしまう。ごめんなさい。僕も同じく、今年で16になります。なんなら誕生日は11月27日なので、下手したら年下の可能性が高いですと。
……よしっ。年齢の話から離れよう。そう思い、少し強引に話を変える。
「にしても、中高一貫校ってすごいね。中学受験、大変じゃなかった?」
「はい。大変でした。けど、お父さんもお母さんも私のために頑張ってくれていたので、そのおかげで合格できたんです」
「すごいね、のあちゃんは」
自分の努力を、周りのおかげだと言えるその優しさに感心していると、彼女は小さく首を振った。
「そんなことないです。m1naseさんの方が凄いです。いつも妥協しないで、デモだって何種類もつくって。最後まで出来上がった物でも印象に会わなかったら没にすることもあるじゃないですか」
そう褒めてくれる中、申し訳ないことに俺はまだ別のことを考えていた。……本当に、同じ高校じゃないよな、と。何気なく学校名を聞いてみるか。いや、さすがに踏み込みすぎか——そう逡巡していると。
「そういえば、m1naseさんって高校どこ行ってたんですか……? よければ、ですけど……」
少し戸惑いがちに彼女の方から聞いてくれる。まさか彼女の方から聞いてくれるなんて。内心喜びながら、俺は緊張しつつ口を開いた。
「私立翠嵐高等学校だよ」
「えっ、すいらんですか!? 私、今度そこの一年生です」
「……」
……すごいよね、この偶然。俺は冷や水を掛けられたように、一気に現実に引き戻されながら思う。——俺、この子の本名、知ってるんだよねって。
……とにかく同じクラスではない事を祈ろう。普通に声でバレる可能性もあるし。抑揚とか話し方っていう部分は気を付ける必要あるよな。なんて思いつつ、俺は会話の間が明かないように返す。
「ほんと、すごい偶然だよね」
「はい!!凄い偶然です。こうして出逢ったのも少し運命みたいなものを感じますね」
うん。ほんと神様の悪戯を感じる。ものすっごく感じる。
「……でも、学生生活が終わるって事は、m1naseさんと会える時間帯も少し変わっちゃいますよね」
先程までの嬉しそうな様子と違って、少しだけしゅんとしたように告げる。その不安そうな声に、俺は慌てて言葉を返す。
「あ~それなんだけどね。フリーター的な感じで働くから大丈夫だよ」
「そうなんですね! まぁ、確かに楽曲だけでも月平均5万は稼いでますもんね」
「そうそう……まぁ俺だけの力じゃなくて、ルナに凜。それに、のあさんのおかげだけどね」
「そんなことないです!m1naseさんの楽曲が素敵だからですよ」
間髪入れずに返ってくるその言葉に、思わず小さく息が漏れる。
「ありがと。……でもこれ以上は昔みたいに不毛な褒め合いになりそうだから、やめとくかな」
「ふふ……そうですね」
柔らかく笑う彼女の表情に、ふと視線を引かれる。こうして話すようになってから、もう約2年半も経つんだなと。懐かしさが、胸の奥にじんわり広がった。
まだ何もなかった頃。ただ曲を上げるだけで、誰にも届いている実感なんてなくて。そんな中で最初に見つけてくれたのが、彼女だった。
拙い曲に、真っ直ぐな言葉をくれて。その一つ一つが、少しずつ自信に変わっていった。誰かに届く音楽を作れるんだって。なにより、誰かと一緒に作ることが、こんなにも楽しいんだって、教えてくれた。
「改めてありがとね、のあ」
ぽつりと零すと、彼女がぱちりと目を瞬かせる。
「きゅっ……きゅうにどうしたんですか?」
「いや、のあが俺を見つけてくれたから、今こうして活動できてるって思えて。つい、お礼を伝えたくなった」
少し照れくさくて、視線を逸らしながら言う。すると彼女は、慌てたように首を振った。
「それをいうなら私の台詞ですよ。m1naseさんのお陰で、私も色々と頑張れてるんです。それにMVを出すことも出来てるし……」
「でも、俺達もその恩恵は受けているよ。のあの収益のおかげで、俺も必要な機材変えてるし」
「それは私もそうですよ……って、これじゃまた褒め合いになっちゃいますね」
なんての彼女が少しだけ照れたように笑い、俺もつられるように笑っていた。それからいつものたわいない話をする。特別なことなんて何もないのに、不思議と心地いい時間だった。
「また新しい年という事で、改めてよろしくって感じかな」
「はい!!」
いつものように、明るく元気な返事を返す彼女に俺も笑顔になる。頑張り続ける彼女達に負けないよう頑張ろう。そう意気込むのだった。




