第10話 合格発表
それからしばらくしてもう一人の女の子、『ルナ』が加わることになる。まぁ、きっかけは、自分でも抱えきれないくらい作業を詰め込んでしまった、結果。一曲他の人に依頼する形で出会ったのが彼女だった。
歌う人。
曲を作る人。
アレンジとミックスする人。
そして、新しく入った彼女。
気がつけば、俺たちは四人で活動するグループになっていた。
まぁルナだけは、多才すぎて、作曲以外にも、イラストを書いてくれたり、プロモーションを行ったりと、何でも屋さん感がある。そんな才能がある彼女だからこそ聞いたことがある。
「どうしてこのチームにいてくれるのか、と。彼女曰く、
『居心地がいい』
とのことだった。その一言が、ものすごく嬉しかったのを覚えている。俺にとってもこのチームは心の支えだったから。もちろん彼女達だけじゃなく、入院中でも明るくいられたは、病室でできた友人、頑張って治療に臨む自分と同じ、もしくは年下の子達。そして支え続けてくれた両親のお陰だった。
それはきっと、音楽が、全部を繋いでくれた気がする。同室の子達が興味を持ってくれて、そこから和が広がっていった。
——やっぱ、音楽って最高だな。
人と繋がることの大切さも、前を向く理由も全て音楽がくれた。ただ、感謝しかなかった。そんな闘病生活も、ようやく終わりを迎える。急性リンパ性白血病を発症してから2年と半年。長かったようで、あっという間だった時間を経て——俺は、ようやく病院を後にすることができる。
最後に病室を去る前に俺はずっと一緒に過ごした友人に声を掛ける。
「今までありがとう、直樹」
「こちらこそ、キミとの生活は楽しかった」
「なんか、俺ばっかり世話になってた気もするな」
「そんなことないよ、何かに一生懸命なキミがいたから僕も明るく過ごすことができたんだ」
はにかんだように笑う彼を見て思う。どうしてこんなに良い奴が病気になるのかと。それも慢性的な病気に。叶うなら一緒に退院をしたかったな……。
直樹は俺の方をじっと見つめ、ふっと笑う。いつもの朗らかな笑みだった。
「あまり感傷的にならないでよ、湊。君は前を向いている姿の方が美しいんだから」
「……まるで異性に向かって言うみたいだな」
「……ふふっ。そうだね」
直樹自身も自分の言動がおかしかったのか口元に手を当てながら上品に笑う。いつも通りの彼の様子に俺は肩の力を抜いて、いつも通りの延長線で話す。
「じゃあ、そろそろ行くよ。また見舞いに来る」
「うん。また」
直樹が小さく手を上げる。それに応えるように、俺も軽く手を挙げてそのまま背を向けた。
両親と一緒に先生方へ挨拶をして、病院を後にする。外に出た瞬間、少しだけ空気が違って感じられた。
「退院祝いだ、今日はいいところに行こう」
父さんが張り切った様子でそう言う。高級な店に連れて行ってくれるらしい。少し申し訳なさを感じながら、俺は首を横に振った。
「まだ免疫も下がってるし……今日は家で、うどんとかがいいかな」
そう伝えると、父さんは「あっ……」と気まずそうに視線を逸らした。
「悪い、そこまで考えてなかったな……」
分かりやすく落ち込むその様子に、母さんが呆れたようにため息をつく。そんなやり取りが、どこか懐かしくて。ああ、戻ってきたんだなって、ふと実感した。
俺は嬉しくなって、自然と感謝の言葉が零れていた。
「父さん、母さんありがとう」
そう言った瞬間、二人は目元に涙を浮かべながら、強く俺を抱きしめてくれる。その温もりが、ただただ嬉しかった。
……とはいえ。退院したからといって、すぐに気を抜けるわけじゃない。時期は、中学三年の夏。受験シーズン真っただ中だ。登校に関しては、無理のない範囲でと言われていている。なので、少し甘えることにして、二月下旬までは自宅で過ごすことにする。
急に転校生みたいなやつが来たら、周りも気を遣うしな。というが、理由の一つだった。
さて、どの学校を受けるか。学校での対応も決まったことで、次は進学先を考えないといけない。周りはもう決めているらしく、少しだけ焦りを覚える。
音楽に特化したところに進むか。それとも、普通の学生生活を送って、その体験を曲に活かすか。どちらがいいのか答えが出ないまま悩んでいたとき、ひとつの提案があった。
それは直樹のお見舞いにいったタイミングでのことだ。
「僕が俺が通ってた学校なんかオススメだよ。学校の雰囲気もいいし、音楽で結果出してる人もいる。なにより、音楽に明るい先生がいるから、そういう活動も認めてもらいやすい」
少しだけ間を置いてから、彼は続けた。
「それに、知り合いもいるし……ちょっとした頼み事くらいなら、聞いてあげられるよ」
その言葉に、背中を押され、俺はその学校を目指すことに決めた。その日は少し安堵した気持ちを抱きつつ、面会時間いっぱいまで話した。ルンルン気分のまま帰った俺はさっそく、さっそく教えてもらった学校を調べてみる。
そこは自然に囲まれていて、刺激も得られそうなところだった。いいね。そう思いながら、参考となる偏差値を調べ、俺は絶句した。
「めちゃくちゃレベル高いじゃないか!!」
翌日、見舞いに行くなりそうツッコむと、彼は苦笑しつつ、俺の方をじーっと見て訊ねる。
「受かりそうにないの?」
試すような視線。その問いに、思わず言葉が詰まる。
「うっ……」
少し項垂れたように頭を下げつつ、彼をしっかりとみて伝える。
「受かります」
と。絞り出すように、そう答えた。
そこからは、直樹に色々と教えてもらいながら、勉強に取り組んだ。音楽に割く時間を少し減らして、その分を勉強に回す。分からない問題があれば、直樹に聞く。
ありがたいことに、彼はどんな問題も丁寧に、分かりやすく教えてくれるた。それも、自分の時間を削ってまで彼は付き合ってくれた。翌日には俺が弱点とする部分の対策問題まで作ってくれる。これは本当に助かった。
その甲斐もあって、俺は無事合格する事ができた。本来なら、きっと一番最初に伝えるべきなのはきっと両親なんだろう。けど……俺をいつも支えてくれた直樹に一番最初に伝えたかった。そう思って、俺は病院へ足を運ぶ。
病室の扉を開けると、直樹は少し驚いたように目を見開いた。きっと俺が面会に来るなんて思ってなかったんだろうなって、少し笑ってしまう。見つめる先の彼も、嬉しそうにふっと微笑んでもいた。それに心が満たされるのを感じる。
俺は何も言わず、合格発表の掲示板の写真を見せた。続けて、受験番号が記された電子の受験票も差し出す。すると——
「あれ、キミの番号なくない?」
なんて告げられる。一瞬頭が真っ白になり、少し眩むような感覚が自分を襲う。えっ……マジで。
俺は驚きつつ、慌てて自分の受験番号と、受験票を見比べる。
——11752、11752。
やっぱりあるよな。真剣に何でも見返しているとぷっと直樹が突然笑い出す。その表情は悪戯が成功した時の顔だった。
「やったな、直樹」
「ごめんごめん。つい揶揄いたくなって」
「マジで、心臓泊まるかと思わったわ!!」
そう大きな声で伝えるも、彼は嬉しそうに笑う。それがあまりに嬉しそうで、こっちまで楽しくなってくる。気付けば二人して、楽しそうに笑っていた。結局、面会時間ぎりぎりまで話し込んで病室を出たのは、午後の十八時。丁度面会時間が終わる時間帯だった。
「それじゃ、また」
「うん、また」
そのあと、両親と合流して——今度こそ、約束していた寿司を食べに行った。
「中とろうっまー。炙りサーモンも最っ高だよ!!」
思わず声が弾む。そんな俺の様子を、両親はどこか安心したように、温かく見守っていた。




