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アンチノイズ ―それでも音は僕らをつなぐ―  作者: 夢見る冒険者


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第1話 羨望

窓の外では、小学生くらいの子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。鬼ごっこをしているのだろうか。一人の子が、伸ばされた手をひらりと身体を捻ってかわす。追いかけていた子はそれが、悔しかったのか、先程よりも夢中で追いかけていた。


転びそうになりながらも距離を詰めて、ついにその背中にタッチする。「やった!」というような歓声が聞こえてくるような気がした。そうして、今度は逃げていた子が追いかける側になる。逃げる時間を数秒置いて。


その光景を眺めていると、思わずため息が漏れた。


(……本当なら、俺だって)


胸の奥に浮かんだ言葉は、それ以上続かなかった。だって俺はこの病院から最低4ヶ月は出ることができないのだから。



***



小学校卒業まで残り一ヶ月を切った、十二歳の冬。急性リンパ性白血病(ALL)を発症した。突然の入院を余儀なくされた僕は当然卒業式に参加することができなかった。


発症が確認された翌日には、もう入院が決まっていた。俺は一人、無菌室で生活を送ることになった。どこか実感が湧かないまま、病院での生活が始まる。そうして一ヶ月近くが過ぎる頃には、当然、卒業式の日がやってきた。


通信端末を開くと、クラスチャットの通知が次々と表示される。


『卒業おめでとう』

『中学でもよろしく!!』


そんな賑やかなメッセージが飛び交っていた。その中には、当然俺を俺を気遣ってくれる内容も沢山記載されていた。


「体調大丈夫か?」

「早く元気になれよ」


みんなが俺のことを気にかけてくれている。それはちゃんと分かっている。それでもどうしても、思ってしまうんだ。————————どうして、俺がこんな目に遭うんだって。


優しくしてくれているはずなのに。それでも、胸の奥から湧き上がる感情を止められなかった。


お前たちが羨ましい。そんなに楽しそうに会話しないでくれと。打ち上げの様子を、楽しそうに笑う写真をここにあげないでくれと思ってしまう。


見つめる画面の先には、笑いながら肩を組む写真。楽しそうにピースをするクラスメイトたちが映っていた。


その光景を見た瞬間、思わず奥歯をぎゅっと嚙みしめ、目からは悔し涙が零れていた。


(くそっ……どうしてだよ)


一人、涙を浮かべながら布団を握り締める。そんな醜い気持ちを抱いてしまったせいなのか、翌日、俺は高熱にうなされていた。


免疫が下がっているこの体は、すぐに悲鳴を上げる。全身が重く、強い倦怠感が体にまとわりついていた。ぼんやりする意識の中で、俺は通信端末を起動する。昨日は送れなかったメッセージを、今度こそ画面に打ち込んだ。


『卒業おめでとう』

『みんなの楽しそうな姿を見ていると元気をもらえる』

『卒業旅行楽しめよ!』


送信ボタンを押す。今度は、本心からそう思えていた。しばらくして通知が鳴り始める。返ってくる返信はどれも温かいものばかりだった。


『退院したらまた遊ぼうぜ』

『近くでプチ旅行しよう!』

『絶対元気になれよ』


そんな言葉ばかりで、自然と涙がこぼれてしまう。やっぱりみんなは温かいなって。そんなメッセージを見るたびに、昨日はどうしてあんなことを考えてしまったのかと、罪悪感を感じた。



退院したら、ちゃんと謝ろう。



そう決意したところで、ふっと意識が遠のき始める。俺はそのまま、ベッドに背中を預けた。それから一週間ほど経つと、クラスチャットには卒業旅行の報告がちらほら上がり始めた。


俺自身も、うまくいけば二ヶ月後には一時退院できるかもしれないらしい。もし一時退院できたら、何か変わるのかな。そんなことを、ぼんやり考える。


……でもさ。自分のしてきたことって、ちゃんと返ってくるんだなって思った。この場合は考えたときか。




卒業旅行のメッセージから、一週間が過ぎた頃だった。クラスチャットに、また通知が届く。中学に入る前に、みんなで一度お見舞いに行きたい————そんな連絡をくれた。みんなと会いたい。けれど、当然のように家族以外の面会は許されていない。


俺は少し心苦しく思いながら、そのことをみんなに伝えた。すると、こう言ってくれたんだ。


『なら、VR空間で会おうぜ』


って。私立に進学することが決まって、この時期でも忙しいやつだっているはずなのに。それでも、みんな時間を合わせてくれた。だから勘違いしたんだ。俺とみんなは、ちゃんと友達なんだって。みんな俺のために来てくれたんだって。


だって、しょうがないじゃないか。話している時は、みんな本当に楽しそうだった。笑いながら、次々と話しかけてくれて。卒業旅行の写真まで見せてくれたんだ。


「お前も一緒に来れたらよかったのにな」


そんな嬉しい言葉も言ってくれた。だから、最後の別れ際。親友だと思っていた人の言葉に冷や水をかけられた気分になった。


「今日来たのはさ、みんな親に気遣ってあげてって言われたからだから。勘違いして今後も連絡してくんなよ。……みんな本音ではお前と会うのだるいって言ってたぜ」


そう肩に手を置かれて耳元でこっそりと告げられる。その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。急に、みんなとの距離が遠くなる。この空間にいる俺の存在だけが、小さくなっていく気がした。


「湊も疲れてるみたいだし、今日はここでお開きにしようぜ」


目の前の親友だと思っていた子がそう告げる。


「そっか、無理させてごめんな」

「また、退院したら会おうね」

「今日は楽しかった。またな」


そんな言葉を掛けてくれる。それに、俺が何て返したのかは覚えていない。気づけば、みんなの姿は消えていた。パーティー会場として作られたデータ上の空間に、俺だけがぽつんと残されていた。


広い空間の真ん中に、ただ一人。別れ際に見た、あいつの表情が頭から離れない。あの言葉が本心だと分かるような、ひどく冷めた視線を。それが、何度も何度も脳裏に浮かんだ。あまりにも衝撃だったのか、涙すら出てこなかった。


二週間後、その影響かは分からない。入学を一週間後に控えた俺は、合併症を発症した。肺炎だった。当初であれば二ヶ月後に一時退院できるかもしれないと言われたその予定は、半年先に伸びた。日常生活に戻れると思っていたのに、その希望は消えた。


けどさ、皮肉なことにフルダイブ技術が発達したおかげで俺は授業に参加することはできるんだ。VR空間のおかげで、内容を録画で再確認することもできるようになった。出席も、授業ごとに用意されたルームにログインすればいい。接続時間によって出席扱いになる、そんな仕組みだった。


体育の実技以外は問題なく評価される。テストも受けることができる。けれど、誰とも接することはできなかった。そのせいかな時々考えてしまう。……誰にも受け入れてもらえない俺って、生きている意味あるのかな~って。


だから、その価値があると証明したくて勉強をとにかく頑張った。どうせ他にできることなんてない。そう思って、すべての時間を勉強に費やした。


その結果か、中学一年の六月時点で中二の範囲まで学習を進めた。学年で一位の成績を取ることもできた。だけど、心に残ったのは達成感じゃなかった。


この結果が、何になるんだよ。そんな虚しさだけだった。俺は拳を固く握りしめ、ベッドに叩きつける。体は成長しているのに、病院生活のせいで体は弱っている。衝撃で痛んだ腕が、その現実を思い知らせた。


そんな何もできない自分が悔しくて、一人涙しながら、呼吸が乱れるのを感じる。こんな弱っている自分から目を逸らしたくて、俺はVR空間に逃げ込んだ。


その世界では誰も俺の事を知らない。まっさらな自分に生まれ変わることが出来ると思った。軽く会話をして、別れる。深く関わらなくていい。それが、どこか心地よかった。


……だけど。そんな俺にも、希望に出会う瞬間があった。


「カノンちゃんの初ライブってマジかよ!!」


隣で話していた隣人が急に騒ぎ出す。ちっ……鬱陶しいなと思いながら視線を向ける。


「誰だよ、それ?」


そっけなく返すと、男は驚いたように俺を見つめた。


「新星のごとく現れた、VR界の歌姫だよ。マジで聞いといて損ないからいこぜ」


強引に手を引っ張られる。ホント、この世界は表情といい、身体を引っ張られた時に視界がぐらりと揺れる感覚といい、妙にリアルすぎる。技術発達しすぎだろ。そう軽く悪態をつきながらも、結局面倒になってそのままついて行くことにした。


視界が開けた瞬間、そこにはライブ会場が広がっていた。無数の光の粒が夜空みたいに漂い、観客たちのアバターが歓声を上げている。


その光景を鬱陶しく思いながら見ていると、中央に一人の少女が降臨した。


————次の瞬間。音楽が始まり、その歌声を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。透き通るように繊細な声。なのに、芯の奥にまっすぐ響く強さがある。耳から入ったはずの歌声が、直接胸の奥を揺らしてくるみたいで、気付けば、鳥肌が立っていた。


彼女の瞳はまっすぐ前を見据える。大勢の観客の向こう、もっと遠くの誰かに届けるように。曲調は暗いはずなのに、それでも微かな希望はあると信じさせてくれる。そんな歌い方。


まるで、今の俺の心を見透かしているみたいに、その全てが俺に刺さる。気づけば、視界が滲んでいた。どうして泣いているのか、自分でも分からない。ただ、止めどなく感情が溢れてきて、彼女から目を離せずにいた。


病室で感じていた悔しさも。どうしようもない孤独も。みんなを羨ましいと思ってしまった醜い気持ちも。全部まとめて、胸の奥から引きずり出されていくみたいだった。


たった一曲のライブ。それでも俺は、この曲に確かに救われていた。目の前をもう一度見つめることができた。


曲が終わると、ライブ会場は一瞬、静寂に包まれた。まるで、誰もが余韻から動けなくなったみたいに。やがて歓声が爆発する。


隣を見ると、あいつがこっちを見ていた。まるで、子供を見守るような生暖かい視線で。


「そんなに感動するならこっちも見せた甲斐があったもんだぜ」


そう照れたように笑う彼に、俺は思いっきり頭を下げる。久々に心から誰かにお礼を告げる事ができた。


「この光景を見せてくれて、本当にありがとう」

「いいってことよ。ここでは助け合いが重要ってもんだろ?」

「あぁ……ホントにそうだ」


俺は小さく頷きながら呟く。そして気づけば、自然と彼の手を掴んで、マジでありがとうなって伝えていた。おいおい照れるぜって彼は嬉しそうに右手で鼻の下をさすっている。どこか誇らしそうな顔だった。


彼は、ライブ会場に一度視線を戻し、少し浮かない顔で呟く。


「にしても、今回もカバー曲だったな。カノンのやつは」

「……? カバーだとダメなのか?」

「いや……そうじゃねぇけどさ。……もし、オリジナルだったらもっとカノンらしさを生かせるんじゃないかなって思うんだよ」

「……カノンらしさ」


思わずその言葉を反芻する。たしかに彼女の繊細な歌声をもっと生かすような曲はあるのかもしれない。曲だけで完成しているのではなく、彼女の声があって初めて完成するような曲。もし、そんなものを


「俺が作れたらな……」


思わずそう呟いてしまった。彼はその言葉に反応するように俺の方を見つめる。


「おっ……いいじゃねぇか、それ」

「えっ……いやいや、俺楽器もやったことないんだぞ?」

「でも、今ならそんなやつも珍しくないぞ、アプリなどを駆使すれば誰だって曲を作れる時代だ。それに出来ないって決め付けずにまずはやってみてからでも遅くないんじゃなねぇか?」

「……たしかに」


そう言えている。俺はまだ中学一年生だ。学生だから時間はある。それに……俺はずっと病院にいるばかりで、時間も余っている。もしカノンに会う曲を作れるなら。今歌っている曲より、少し低い音域で。あの繊細な声が、もっと自然に響くようなそんな曲が。もし、作れるなら。


頭の中で、さっきの歌声が何度も再生される。その上に、まだ形にならない旋律を重ねるみたいに————


「おい! どうかしたか!!」

「……うわっ!!!」


突如かけられた声に驚くと、彼がしゃがみ込みながら、俺の顔をじーっと見つめていた。


「びっくりした~!」

「それはこっちの台詞だっての。急に黙り込むから心配したぜ」

「ごめん。ごめん。ちょっと考え事をしていた。


彼は……ったく。なんて少し呆れたようにこちらを見て、俺の様子が可笑しかったのか苦笑しだす。そんな彼に俺は告げる。


「俺さ、曲を作ってみたいと思う」

「おっ! いいじゃねぇか」


彼は少し嬉しそうに、口元に笑みを浮かべた。改めて、俺をここに連れて来てくれた彼を真っ直ぐに見つめる。


長めの髪を後ろで一つにまとめ、顎には薄く髭が伸びている。服装もどこかラフで、細かいことはあまり気にしていないように見える。


だけど、その目だけは違った。ふざけているように見えても、芯の部分だけはしっかりと定まっていそんな人間だと何となく分かる。


「それとしばらくここに来ないと思う。集中してやってみたいから」


その言葉に、彼は少しだけ驚いたように目を瞬かせる。それから嬉しそうに、ふっと表情を緩めた。


「いいんじゃねぇの。ここは来たい時にくるそんな場所だろ」

「そうだな」


俺は笑って頷く。別れ際、俺は振り返って声を上げた。


「ありがとな、シオン!!」


精一杯、彼の名前を呼ぶと、


「やっと、俺の名前を呼んでくれたな」


なんて嬉しそうに彼は笑った。その言葉を最後に、視界がゆっくりと暗くなる。次に目を開けた瞬間、そこはいつもの病室が広がっていた。俺は自分の拳をぎゅっと握りしめる。


目標ができた。俺を救ってくれた彼女に、楽曲を提供できるような人物になる。それと、いつか、俺も。音楽で、誰かを救えるような曲を作る。そう心に決めて、動き出すのだった。


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