元婚約者に一ミリも好かれてなかったので婚約者代行されました
——あれは、婚約と呼ぶにはあまりにも空虚な三年間でした。
私は公爵令嬢、セレフィーナ・アルヴェイン。
十七の春、名門侯爵家の嫡男との婚約が整えられました。家同士の結びつきは盤石、持参金も莫大。誰もが羨む縁談——のはずでした。
けれど。
私は、彼に一ミリも好かれていなかったのです。
最初に違和感を覚えたのは、婚約披露のお茶会でした。
現れたのは、背の高い金髪の青年。整った顔立ちに柔らかな微笑み。令嬢たちはうっとりとため息を漏らしました。
けれど。
「……どなたでしたかしら」
そう、私は彼の顔を知りませんでした。
私の婚約者であるはずのアラン様は、黒髪に鋭い灰色の瞳を持つ方。目の前の金髪の青年はまるで別人。
それでも青年は私の手を取り、完璧な所作でエスコートします。
「本日は体調が優れず、代理として参りました」
後から聞けば、彼は“婚約者代行”。
どうやらアラン様は、私の隣に立つのが嫌で、金を払って替え玉を立てていたのです。
しかもそれは一度きりではありませんでした。
次の舞踏会では銀髪の麗人。
次の晩餐会では褐色肌の精悍な騎士風の青年。
その次は、眼鏡をかけた知的な貴公子。
毎回違うイケメン。
毎回、初対面。
けれど共通しているのは——誰一人として、私を見ていないということ。
彼らは完璧に「役目」をこなすだけ。
微笑みも、会話も、手を取る温度も、すべてが仕事。
私は、ただの契約の一部でした。
けれど奇妙なことに、肝心な場面では代行は来ません。
王城の夜会。
国内の貴族が勢揃いする大規模な舞踏会。
さすがに替え玉では通らないのでしょう。
私は——一人で立たされました。
壁際で、扇を握りしめたまま。
「ご婚約者様は?」
「お忙しいのでしょうか?」
善意を装った好奇の視線が、刺さる。
その夜、私は初めて理解しました。
彼は、私を婚約者として扱う気がないのだと。
三年間。
誕生日も、季節の贈り物も、記念日も。
花一輪すらありませんでした。
代行たちは薔薇を差し出しましたが、あれは“演出用”。
持ち帰ればすぐに回収されます。
残ったのは空の花瓶だけ。
婚約指輪はあります。
ですがそれも、家同士の取り決めによる形式的なもの。
そこに感情は、欠片もありませんでした。
転機は三年目の冬。
父が支払った莫大な結納金——
それが正式に侯爵家へ渡る日。
その直後でした。
アラン様は、あっさりとこう告げたのです。
「君より、妹君の方が家に相応しいと判断した」
……は?
妹のリリアーナは、可憐で愛想が良く、誰からも好かれる性格。
確かに、私は愛嬌のない令嬢です。
けれど。
結納金が移動した“後”に、鞍替え?
私はようやく悟りました。
この三年間、私は——
婚約者ではなく、
ただの“金づる”だったのだと。
不思議と、涙は出ませんでした。
だって私は、最初から一ミリも好かれていなかったのです。
こんなに滑稽なことはないでしょう。
思い返せば、毎回違う代行が来るたびに思っていました。
(いっそこの中の誰かが本物ならよかったのに)
けれど、彼らは皆プロ。
感情など持ち込まない。
そして本物は、最初から最後まで私の隣に立つことすら拒んだ。
——三年の婚約期間。
贈り物は一つもなく、
夜会では一人で立ち、
結納金は妹に持たれ、
婚約者は代行に丸投げ。
それが私の、華やかで空虚な三年間。
けれど。
今になって思うのです。
あれほど徹底的に「好かれていない」と分かる経験は、むしろ清々しい。
だって次は、
——本当に隣に立ってくれる人を選べるのだから。
(そして願わくば、代行ではなく誠実な人を。)
まだ始まってもいない日々でございます。




