弓張り月
リタが夜の討論番組に出演していた。
ハートフル教の布教のためにテレビやネット番組に出演することも多いらしい。
あたしはのり巻きせんべいをかじりながら注目する。
討論相手はIT関係の社長で無神論者の大富豪のようだ。ナマズのような顔をした蝶ネクタイの太った中年男がハートフル教を批判する。
「きみは子供だし中卒じゃないか。この子を神のように崇める人たちはどうかしているね」
「言葉は人を傷つけることも癒すことも導くこともできます。もっと丁寧に扱うべきですよ」
「ぼかぁ一流大学出身で山ほどお金を稼いでいる。この国にいっぱい税金を納めてるんだ。そんな優秀な人間こそ神として崇められるべきだ」
「わたくしは人を学歴や家柄、どれだけお金を持っているかで評価していません。そういう尺度ではなく善きことを成し悪しきことを避け、心穏やかに清らかに過ごしている人こそ尊敬を集めるべきだと考えています。自分より弱い立場の人や気が弱い人、体の弱い人にどのように接するかでその人を評価します。優秀とは優しいということ。どれだけやさしいかで評価するのが正しいのです」
「くだらないね。この世界はマネーゲームだ。お金を1番稼いでいる人間が偉いんだよ。世界お金持ちランキングの順位が人間の格付けだ。ぼかぁ、100位位以内にランクインしているからめちゃくちゃえらい人間だよ」
「この世界は徳を積むゲームです。死んだ時に神様に聞かれるのはたったひとつのことだけ。あなたはどれだけ多くの人を幸せにしましたか?という質問だけです。積んだ徳の量で天国行きか地獄行き、来世の運命までも決まるのです。わたくしたちは何度も前世と来世を繰り返します。この世界は魂を成長させる修行の場であり道場です。死んでもまた戻ってくるのだから道場はきれいにしておくべきでしょう。戦争や独裁、貧困、環境問題という汚れは片付けてきれいにしておけば道場は清らかになります。これが世界の真理でありルールです。あなたはルールを知らずにサッカーをしているのと同じです」
「転生もののラノベを読みすぎじゃないか?地獄も天国もない。前世も来世もないよ。あんなのファンタジーの世界だけの話さ」
「転生ものが流行するのはみんなの魂が気づきはじめたからです。前世も来世もあり、神がいるということを魂は知っているのです。いまは魂の世紀と呼ばれ魂のレベルが高い人間が増えています。世界の真理に気づいた人間を悟った人と言います。悟りを開いた人間が人類の1%に達すると世界は反転します。憎しみは消え去りすべての悪魔も消滅するでしょう」
「魂なんてないし、神なんていないんだよ。悪魔もCG加工した映像を流してて映画と同じさ。今度、ぼくがドローンの代わりに撮影してフェイクだってことを証明してやるよ」
「あなたは何もわかっていない。立ち入り禁止区域に立ち入るのは非常に危険で命を落としかねません。やめたほうがいいです」
「嘘がバレるのが怖いんだね。ぼくの人生はぼくの好きにするさ。ぼくのやりかたでいままで成功してきたんだ。他人の言うことは聞かないよ」
「ご自分の命を大事にしてくださいね。あの世にお金は持っていけません。お金をいっぱい持っている人ほどこの世界に対する責任は重い。あなたはこの世界に対して無責任です。人格を磨き魂を成長させて、愛に目覚めるべきでしょう」
リタは指でハートマークを作り微笑む。ナマズはほおづえをついて吐き捨てる。
「いやなこった。愛なんてくそくらえだ。人の心は変わるから信用できないけど、お金は信用できる。愛より金さ」
「あなたは愛を知らない哀れな人です」
リタが憐憫の眼差しをナマズに向けたところで司会者が討論終了のゴングを鳴らした。ジャッジするコメンテーターたちは賛否両論だ。snsも賛否両論の嵐だ。リタは15歳にしてはかなりしゃべれるほうだし可愛いし子供だから得をしている部分もある。
リタに賛同するファンはリタの価値観ではなくルックスがいいからと言う理由のみで推している連中も多いはずだ。
容姿の与えるイメージの効果は大きい。リタが容姿にこだわるのもわかる。
リタの布教はまだまだ浸透していないな。あたしも愛を説くリタを批判しているのでナマズ同じ穴のムジナか。
あんな醜い男と同意見なのは嫌だな。高い地位にある人間は体を鍛えていつでも戦争に行けるようにしておくべきだ。普段、民からの恩恵で贅沢な暮らしをしている特権階級が国家のピンチの時こそ前線に立たねば民からの信頼も尊敬も受けられぬ。ナマズは怠惰な暮らしを送っている証拠に体がだらしない。ああいう人間からは地位とお金を剥奪すべきだな。チョウの国ならそうする。
あたしはカッカッする気持ちを落ち着かせるために専用の小さい湯呑みで熱いお茶を飲む。
リタが専用の職人に作ってもらった。服も最近は寸法を測られてオーダーメイドの服を用意してくれる。リタは財力がすごい。あたしは毎日着せ替え人形にさせられていた。
ファッションなど興味なかったのに少しファッションに興味が湧いてきている。戦線を離れてぬるま湯に浸かっているから心の紐が緩んでいる。リタの癒やしのボイスや温かいオーラもよくない。とはいえ、外敵から守られて怪我を治すのに最適な環境から出るわけにもいかずどうしようもなかった。はやくキ羽が治るように祈るだけだ。収録が終わって帰ってきたリタとおしゃべりする。
三日月なので花畑を散歩しようと言う話になった。パンカゴに乗せられて夜の花畑に行く。ライトアップされていて花がきれいだ。夜10時までは灯りが灯されているそうだ。リタ専用のプライベート花畑で手入れ業者以外の立ち入りは禁止されている。
三日月と星と花を眺めながらピンク色のベンチに腰掛ける。
「アゲハさんは光に包まれて落ちてきたんですよ。風の精霊さんが運んでくれたのでしょう」
「ケガを癒してくれる人間のところに運んでくれたんだな。ありがたい」
風に向かってぺこりと頭を下げる。
「だれでもかれでも助けるわけではないと思いますよ。アゲハさんの心がきれいだから助けたのでしょう。精霊は心を読むといわれています」
「あたしの手は血に塗れている。風の精霊は心を読み間違えたな」
「わたくしはそうは思いません。ほんとうのあなたは誰よりもやさしいと思っています」
「きみも勘違いしてる。あたしの心は闇に染まってる」
「いつからきっと白く染まるでしょう。人間の魂も傷ついて汚れているだけなのです。本来は純真無垢な完璧な魂ですが、物質界は神や天使の魂でさえも汚れるほど欲望が膨れ上がりやすい。霊性的な世界とは違い肉体が存在しますからね。わたくしたちは常に神への祈りを捧げて魂の穢れを払わねばならないのです」
リタは祈りのポーズをとる。祈るのに慣れすぎて姿勢がきれいだ。祈り終わるとリタはスマホを撮り出した。
「写真を撮ってもいいですか?」
「かまわんぞ」
あたしとリタは一緒に写真を撮る。
「笑顔でお願いします」
「善処する」
仏頂面からぎこちない笑顔に変える。パシャリと音がした。完成した写真を見て微笑むあたしたちを三日月が静かに見つめていた。




