復讐の炎は地獄のように我が心に燃え
悪魔の強さはだいたい把握できた。C級悪魔程度なら妖精でも倒せそうだ。
羽さえあればあたしも活躍できた。
大きなテレビで録画しているA級悪魔との戦いを見せてもらった。
撮影はすべてドローンで行っているようだ。
リタと3人の少年エクソシストが三日月の夜の街でドラキュラと戦っている。少年たちは人間にしてはみな美形だ。
リタの聖歌を聴いたドラキュラは耳を両手でふさいで効果範囲外に逃げようとする。
強制的に聴かせるといっていたから耳を塞いでも無駄だ。
聖歌の効果で体がしびれ動きが鈍ったドラキュラに3人の青年は斬りかかる。白い制服に白いコートを着ている。武器はみんなロングソードだ。胸元にハートを抱いたハトのワッペンがつけられていた。
「ハヤテさんとレッカさんとミズキさんですわ。それぞれ剣の達人で風の魔法、火の魔法、水の魔法を使えます」
「魔法剣士か。妖精界にはいないな」
「妖精は魔法使いのイメージがありますけれど?」
「ムシはすばしっこいから魔法が全然あたらないしタフだからあたってもすぐに死なない。炎に包まれても火の玉特攻して暴れくるう。妖精の魔法使いは敵軍のナワバリにある花畑を燃やしたり川を凍らせたり森の葉っぱを全部飛ばしたりする嫌がらせ部隊だ。あとはアクセサリーを作ってたりしたな。金や銀、ダイヤを魔法で加工していた。属性を付与して風の指輪にしたりな。あんなのはおもちゃだがオシャレではある」
「兵糧を潰したり隠れる場所をなくしているのですね。妖精さんのアクセサリー作りはカッコいいですわ」
「工房でキャキャっしながら作ってたな。楽しいんだろう」
テレビでは少年たちがファイヤーボール、ウィンドカッター、アイスボールなどを駆使してドラキュラの体力を削っていく。
ミズキが巨大な氷の棺を出現させてドラキュラを封じ込める。ハヤテが風の魔法でレッカをドラキュラのもとへ飛ばす。レッカの振るった炎の剣でドラキュラのクビが斬り落とされた。
ハヤテは風のクッションでレッカを受け止める。
ミズキは地面に落下したドラキュラの心臓を突き刺した。不死身と名高いドラキュラの再生力の強さを警戒したのだろう。
エクソシストたちの勝利だ。
4人は歓声を上げて喜んでいる。リタは3人のケガを癒していた。ドラキュラの爪と牙による攻撃で多少、3人とも負傷していた。
「いいチームワークだな。見事だ」
「おほめにあずかり光栄ですわ」
「あの3人はハートフル教のシンボルをつけてたけど信者なのか?」
「ええ。3人とも信者です」
「女にモテそうな奴らだな」
ツンツン髪の熱血少年、メガネをかけた無愛想でクールな少年、チビで童顔のイタズラ小僧のような少年、それぞれ個性的でファンがいそうだ。
「すごいおモテになりますよ。彼らのおかげで女性信者は加速度的に増えています」
戦闘後の様子も撮影されている。
「なあ、リタ。このあと一緒にスイーツを食べに行かないか?」
「いや。俺と映画に行こう」
「なに言ってるの?ボクとドライブだよ」
3人からデートに誘われたリタは提案する。
「みんなで一緒に映画を観てスイーツを食べたあとにドライブしましょう♩」
3人ともしぶしぶOKしていた。
「なんだリタがいちばんモテるんじゃないか」
「いやあ、そんなことはないんですけどね」
リタは照れ笑いする。男子は癒し系女子が好きなんだな。守ってあげたくなるに違いない。
「だれが本命なんだ?」
「3人ともカッコ良いですから3人とお付き合いしたいです。ほかにも毎日ラブレターがたくさん送られてくるので、会ってみてわたくしが気に入った殿方であれば老若男女問わず全員とお付き合いしたいと考えてます」
「人間界は一妻多夫なのか?妖精界と同じ倫理観だな」
「いいえ、そうではありませんけど、いずれそうなるかもしれません」
リタがすごいモテるということがわかった。
「アゲハさんはだれか付き合っていた男性はいなかったんですか?」
「異性と付き合ったことはないし、恋愛に興味はない。戦争に恋愛感情など邪魔なだけだ」
「恋はとてもいいものですよ。人は恋に落ちると体温が上がるんです。胸がときめいて鼓動が早まったり、焦って早口になったり、身だしなみが気になったり、笑顔が見たくてプレゼントをあげたくなったり、面白い話を聞かせたくなるんです」
「そんな経験はないな。剣の師匠の前のほうが緊張するぞ?」
指を組んだリタはくすっと笑う。
「あなたはまだ恋を知らない。いつかアゲハさんに恋する日が訪れますように」
リタは祈りを捧げてくれる。
「あたしが妖精王になれば平和になるからみんな自由に恋愛できる。あたしが恋するには平和が必要なんだ」
「前にも言いましたけど、アゲハさんが妖精王になっても戦争は終わらないのではないですか?恐怖で支配すると言ってもアゲハさんが寿命で亡くなれば再び戦争をはじめます。長年の支配でチョウの一族は他の一族から大きな恨みを買ってしまい滅ぼされるかもしれません。自分が亡き後の世のことも考えるべきです。恐怖で抑えつけられた民衆は強い憎しみをアゲハさんに抱くので強いクモも大量発生するでしょうし、平穏な日々は訪れません」
「愛が1番大事だってみんなに伝えれば平和になるって言ってたな。愛ってなんだ?」
「みんなにやさしくするということです。見返りを求めず他者の苦しみを取り除き幸せを願うのです」
「敵に対してもか?」
「あなたに悪口や攻撃をする人間は不幸で憐れな妖精なのです。彼らの魂が救われるように祈りましょう。それがやさしさであり愛です」
「そんなバカなっ!あたしは父を殺されているんだぞ?多くの一族が殺された!過去には羽に火をつけられて踊らされて殺された仲間もいる!許せるわけないだろ!」
「だから復讐するのですか?復讐は新たな復讐を生むだけですよ?怨みを持って怨みに報ぜば、怨みやまず。恨みを捨てることだけが唯一恨みが止む方法なのです。恨みという執着があなたの心を苦しめています。世の中は因果応報なので人にしたことはいいことも悪いことも必ず跳ね返ります。これは真理なのです。だから罰は神に任せてあなたは幸せに暮らすべきです。戦争を放棄して幸せに暮らす国を見れば戦争している国もバカらしくなって戦争をやめますわ」
「恨みを捨てろと言われて簡単に捨てられるもんかッ!あいつらを皆殺しにするか、完全に屈服させるかでしかあたしの心は晴れないッ!苦しみを取り除く方法は復讐しかないんだッ!天下統一こそがあたしの幸せだッ!」
「他人への恨みは燃える炭を握っているようなものです。いずれあなた自身を燃やし尽くします。恨みは毒なのです。あなたの命を救うために許すという薬を飲むべきでしょう。広い心でなくてもいいので恨みを手放すのです。わたくしはあなたの命を救いたい。憎しみの炎に焼かれて死んでほしくない」
「あたしは毎日ずっと苦しいッ!死んでいった父や仲間のことを思うといつも苦しみで胸が張り裂けそうだッ!やはり復讐以外ではこの苦しみは取り除けん」
「敵も同じではないですか?身内を殺されて苦しんでいるのはあなただけではありません。暗闇では暗闇を追い返すことはできない。星のない夜に、さらに深い闇が加わるだけ。光だけができます。憎しみは憎しみを追い払うことはできない。愛だけができるのです」
「名言をいっぱい知っているな。さすがだリタ。でも、言葉なんかじゃあたしの心の苦しみは消えないッ!恵まれた人生を歩んできたきみなんかにあたしの苦しみが理解できるもんかッ!」
あたしの言葉にはじめてリタの表情が曇る。図星を突かれたからか?
しばしの沈黙後、リタの口から語られたのは恐るべき過去だった。
「わたくしは5年前、10歳の時に両親と妹を亡くしました。30歳の青年にみんな殺されてしまったのです」
「ッ!?」
「わたくしは学校の遠足で難を逃れました。動機はわたくしたち家族がまぶしすぎて悔しかったから、と言ってました。前日、家族4人で仲良く公園まで散歩している姿を目撃したそうです。彼は無職で貧しく借金がありボロボロのアパートに1人で住んでいました。両親とも疎遠で友だちもいなかったようです。いくら自分が不幸とはいえ幸せに暮らす人々を殺していい理由にはなりません。わたくしは彼を許せず復讐を考えました。殺された家族のことを思うと毎日苦しくて悲しくてご飯がのどを通らず、眠ることもできず、やせ細りげっそりして目は憎しみに満ちて濃いクマができてしまいました。親族に引き取り手がいなかったわたくしな孤児院に送られて誰ともしゃべらず孤独な暗い日々を過ごしました。心の傷が深すぎて誰かと話す気になれなかったのです。わたくしは裁判に出てきた犯人を刺し殺すためにナイフを買って訓練したのですが、ある日、野良犬に足を噛まれてしまい身動きが取れなくなりました。ケガの治りも遅く遠征することも難しくなり、わたくしは救いを求めてあらゆる宗教の本を図書室で読み漁りました。神に救いを求めたのです。宗教だけでは足りず心理学も勉強しました。そして立ち直ることができていまがあるのです。神に感謝しています」
リタは静かに微笑み祈りのポーズをとる。亡き家族に祈っているような雰囲気だ。リタは裕福な家庭に生まれた苦労知らずのお嬢様ではなかった。長いトンネルを抜けた先にたどり着いた境地にいる。だからこそ多くの人間を惹きつける魂の輝きを持っているのか。
あたしはリタへの認識を改める。
「ひどいことを言って悪かったな。けど、それならあたしの気持ちもわかるだろ?憎しみを捨てるのは簡単じゃないんだ」
「ええ、わかります。けれど、もう復讐はじゅうぶんではありませんか?たしかに言葉だけで憎しみを捨てるのは大変です。どんなに合理的に説明しても難しいでしょう。憎しみを捨てるための行動が必要だと考えます。心理学にはカタルシス効果という用語があります。心の浄化です。ネガティブな記憶はみんなフタをしてしまいがちです。1人で抱えて何年も何十年も苦しんでしまう。嫌な記憶を紙に書き出して丸めて捨てたり、信頼できる誰かに話すことで心がふっと軽くなるのです。もちろん加害者本人に憎しみを言葉でぶつけても構いません。何年前のことであろうと加害者本人や誰かに聞いてもらうことで心のモヤモヤが晴れる可能性はあります。多くの場合、苦しみを誰かに吐き出した時点でモヤモヤが晴れます。しかし、それでも憎しみが捨てられないなら、歯には歯を目には目をという言葉通り、やられた分だけやり返す。それ以上はやらない、という手段もあります。それでもダメなら加害者の命を奪うしかないでしょう。すべて自己責任で罪を背負う覚悟があるならですが。相手の家族が復讐に来るかもしれない。相手が来世で復讐に来るかもしれない。悪縁が深まるかもしれない。復讐の連鎖の輪から抜け出せなくなるかもしれない。それでも、復讐したいならわたくしは止めません。加害者のために被害者が一生苦しみ続け死ぬことを考えているのに止めることができるでしょうか。加害者のために被害者が自ら命を絶ってはいけない、と伝えます。復讐を終えた後は世のため人のために尽くして善因善果を育てなさいとも伝えてあります。加害者が独裁者であればどうする?といった質問もありますが、目的達成のために護衛を排除するのは仕方ありません。なるべく関係のない人間を巻き込まないのがベストですけどね。
加害者に苦しい思いを伝えたり復讐を果たした人たちはみんな晴々とした顔をして信者に加わってくれました。わたくしの教えは間違ってなかったのです。
ハートフル教団は復讐を是とする邪教という指摘もありますが、それは少数の意見であり大多数はわたくしの真意を汲んでくださり信者になってくれます」
リタの饒舌な語り口に酔いそうになる。彼女の口から宝石がこぼれ落ちているような錯覚を覚えた。宙に舞う言葉が輝いてみえる。これが宗教界の新星カリスマ教祖の話術なのか。
不思議な言葉の魔力を持っている。
「わたくしは裁判で犯人の男につらい思いを泣き叫んでぶつけました。さらに手紙を送って恨みと苦しみをぶつけました。テレビの取材や講演会やネットでも苦しみを吐き出してみんなに聞いてもらいました。それで心が軽くなったのです。復讐心は完全に消えました。犯人は裁判所で泣き崩れ土下座して謝罪していました。謝罪の手紙も彼が死ぬまで毎週、届きました。犯人の男は死刑になりましたが3年前、病気で亡くなりました。わたくしの話を聞いてくれたみんなは涙を流して苦しみに共感してくれてたくさんのはげましの言葉を頂きました。世間のみんなからやさしくされるようになりました。孤児院には多額に寄付金が送られました。すべて苦しみを外に吐き出したことが良かったのです。復讐ができないケース、加害者がすでにこの世になく苦しみをぶつけられないケース、憎しみをぶつけても加害者が謝罪をしてこないケースもあるでしょうけれど、まずは誰かに話を聞いてもらい苦しみを吐き出し、楽しいことを考えるようにして、同じような苦しい立場の人に手をさしのべれば、時間とともに苦しみが風のように去っていきます。時間が止まったままの被害者もいますが、彼らには彼らのタイミングで歩き出し時計の針を進めてもらいたいと考えています。世の中にいるすべての苦しみを抱えている人々に幸福をわたくしは毎日祈っています。
アゲハさん、あなたはすでに敵に憎しみをぶつけていますね?戦場で互いにののしり合い苦しみを吐き出している。さらに奪われた以上の命を奪っていますね?わたくしはやりすぎだと考えています。どこかで復讐をやめないと復讐の炎はあなた自身を必ず燃やし尽くしますよ。あなたの心を重くしているのはあなたご自身です」
あたしは唇をとがらせる。
「あたしは復讐をやめない。父と仲間の墓前に勝利の報告を捧げるんだ」
「わたくしの足のケガが治らなかったのは復讐をやめなさいという神のサインだったと考えてます。アゲハさん、あなたの羽が治らなくて動けないのはあの頃のわたくしと同じ状況です。復讐をやめて新しい知識を学ぶ時なのではありませんか」
「・・・わからない」
「わたくしの言いたいことは終わりです。羽が治るまでゆっくり考えてみてくださいね。話しすぎてお腹が空きました。あんぱんと牛乳を持ってきます」
リタはおやつを取りにくい。講演会にようだった。おそらく多くの人々の前で今のような内容の話を語っているのだろう。ハートフル教の布教のために。
ベッドに寝転がったあたしはリタの本棚を見た。絵本や漫画やラノベの他に各種宗教や心理学の本も置いてある。本棚には家の前で撮った家族の写真も飾られていて4人ともまぶしい笑顔を浮かべている。とても幸せそうだ。リタを形成する材料を見た気がした。
自己中心的ではなく利他的な人間であることは間違いない。運ばれてきたあんぱんをちぎって食べさせてもらった。すごくうまい。牛乳もうまかった。ゴチです。食べ終わったあと、いつものようにリタに手を合わせた。




