妖精王
アゲハがチョウの国に女王になったという知らせを聞いても別に驚かなかったわ。
あれほどの力を見せられれば王が僧侶であろうと命を狙おうとは思わない。
妖精界最強の剣士が自己回復できるのだから、これほど恐ろしいものはない。アゲハが僧侶としての力を封印してなければ瀕死の重傷を負い下界に落下するなんてヘマを踏まずに済んだ。
僧侶ということは今まで魔力で身体能力を強化していなかったわけで、それであの強さは化け物としか言いようがない。
巨大グモの大軍が押し寄せてきた時、アゲハの活躍にわたしはアゴが抜けるほどびっくりした。
歌っていたのは軍楽隊ではなくアゲハだった。戦場にいるもの全員に強制的に歌を聞かせていたのだ。
歌を聴いた巨大グモたちは動けなくなり、モタモタしているところをアゲハは踊るように剣を振るい斬り裂いて見せた。わたしも槍で何匹も巨大グモを串刺しにした。アゲハは一躍、妖精界の救世主になった。さらにアゲハ戦場にいる負傷者全員を全体回復魔法で癒した。
アゲハが祈りのポーズをとって呪文を唱えた瞬間、彼女のまわりをたくさんの花びらが舞って見えた。幻だけど空に花が咲いたように見えたの。他の妖精にも見えていたんじゃないかしら。
あれは花の精霊の加護だ。クモの軍勢を撃退したアゲハの歌が花の精霊をよろこばせて彼女の使用する回復魔法の威力を底上げしていた。たぶんね。
回復したのは妖精だけじゃなく枯れ果てた大地も同じ。戦場に花が咲き誇った。神の奇跡に近い力を見せつけられてみんな繊維喪失してアゲハへの感謝の念でいっぱいになった。歌と治癒魔法で心も体も癒されてしまいどこかに起き忘れたかのように憎しみが消失してしまった。
それにしてもアゲハはとんでもない魔力量を秘めていたわね。神に等しい魔力量じゃないかしら。魔法を封印して剣士として前線で戦い続けたことで後方に控える僧侶が本来到達し得ない高みまでレベルアップしたようね。そのおかげで魔力量も爆発的に増大していたことが推測される。
女王の座を継いだアゲハチョウの国でハートフル教とかいう宗教を教え始めた。
食料をわけあいましょう、ケンカはやめましょう、おだやかな心で日々を過ごしましょう、っていう感じの内容ね。
あっという間にチョウの国の国教になり、感染するように世界中に広がった。
みんな憎しみを捨てて戦争をやめた。戦うのが馬鹿馬鹿しくなったのよ。
アゲハの語る愛の言葉は口から宝石でもこぼれてるんじゃないか?って錯覚するぐらい輝いてみえる。みんなうっとりして一言も漏らさずに聞くために耳をすませた。
妖精界は平和になり、森の奥に身を隠していたクモ族の生き残りたちもひょっこり姿を現した。
歴史の教科書によるとクモ族は花をはがねの糸に変えて指で操る戦闘スタイルでめちゃくちゃ強かったらしい。硬い鎧を持つカブト族とサソリ族しか対抗できず全種族から危険視されていたようだ。口からネバネバの蜘蛛の巣状の糸を吐き出すこともできたし、毒を持つ個体もいた。
1900年前にクモ族の王を妖精女王に担ぎあげるふりをして宴会を開きクモ族が酔ったところをみんなで撫で斬りにしたって伝わる。残党狩りも徹底的に行われた。まさか細々と生き残っていたとは思わなかった。
アゲハはクモ族を保護した。暗い森の奥で怯えて暮らしていたクモ族の王女コイトは妖精女王に深く感謝している。コイトは長い黒髪に白いワンピースで裸足だ。王族なのに粗末だが魔力を込めた糸で編んだ服は丈夫で気に入ってるらしい。わたしはコイトと仲良くなりあやとりの相手をして遊んであげてる。
昔だったらコイトの糸で一瞬でズタズタにされていたから平和な時代になって本当に良かった。
恨みを抱えているクモの一族もいたけどアゲハのやさしさに触れてみんな恨みを捨てていた。
戦争を終わらせたアゲハはみんなから尊敬されて妖精王になるように薦められた。アゲハは快く引き受けて2000年間空位だった妖精王になった。
花畑で行われた式典ではすべての虫の王たちがアゲハにひざまずき道を作った。わたしもその頃には王位を継いでいたからハチの国の女王として心ならずも忠誠を誓わされてしまった。
戦後、各国の王女たちは女王に昇格したのだ。古い王たちは戦争の責任をとってみんな辞めた。
妖精界を平和にしたアゲハは次に人間界の平和に着手した。




