光堕ち
青い羽のチョウが昇ってくる。
わたしは奥歯を強く噛み締めた。まさかあの傷で生きていたなんて信じられないわ。
奇跡が起きたとでもいうの?あんな日頃の行いが悪い奴に天が味方するなんて世も末だわね。
青い剣を手にしたアゲハと対峙する。
「ごきげんよう。アゲハ王女」
あたしはわざとらしくお嬢様言葉であいさつする。
「ごきげんようハッチ王女」
アゲハは乗ってくる。いがいだわ。汚い言葉で返してくるかと思ったのに。あたしはアゲハの髪型と衣装をいじる。
「ぷぷっ。その格好はなに?ここは戦場よ?ファッションショーと勘違いなさってるんじゃなくて?」
アゲハは黒い紐のリボンでツインテールにしていた。短い丈の黒いスカートと太ももまである黒い靴下と黒い靴はぜんぶ青く縁取られ、襟つきの袖のない白いシャツに黒い紐状のリボンを巻いている。
よく見ると青く縁取られた襟にハートを抱いた鳩の刺繍がある。ハートにハト。つまらないダジャレね。
「みんなの戦意を削ごうと思ったの。戦争なんてバカバカしいよ。もう終わりにしよう。命がもったいない」
アゲハの瞳を見てドキッとする。空のように透き通ったスカイブルーの瞳だ。以前はダークブルーの瞳で目つきが悪く目の下に濃いクマがあった。いまはパッチリとしたキラキラ輝く健康的な目をしている。それに声がやさしすぎるッ!わたしは無理して怒りを燃やした。
「あんたにそんなこという資格があると思ってるの?今まで何万匹殺してきたと思ってるのよッ!」
「反省してる。これからは傷つけるのではなく癒すことで償っていくよ」
「そんな虫がいいこと許されるわけないでしょッ!死んで償いなさいッ!」
わたしは槍を構えて突進した。アゲハはわたしの肩に手を置いてくるりとジャンプしてかわす。
彼女は耳元でささやきを残していた。
「だれかを許せないのは永遠に癒えない傷を抱えてるのと同じだよ」
「簡単に許せるわけないでしょッ!」
槍を上空に振るうがアゲハとっくに離れている。再び距離をとって相対する。アゲハは胸に拳をあてた。
「わかってる。でも、私たちはお互いにもう十分殺し合ったし憎しみをぶつけ合った。嫌いな妖精を物理的に消滅させるとスッキリするかもしれないけど、それじゃ問題の解決にならない。淘汰は神や自然に任せて妖精を癒すことで憎しみのない社会を作っていくほうがいい。憎い妖精や嫌いな妖精を消しても復讐や転生で業が深くなるだけだから、その輪から出るべきなんだ」
わたしは呆気に取られた。
「下界で何か悪いものでも食べた?あなた変よ?」
「変なのは以前の私。これが本当の私だよ。眠っていた愛に目覚めただけ」
アゲハはやさしい微笑み浮かべる。その目は慈愛に満ちている。以前は殺気を身にまとっていたのに今は柔らかくて温かいオーラを身にまとっていた。その上、美しくておしゃれで可愛い。
これじゃ殺戮の天使じゃなくて本物の天使みたいじゃない。そう思った瞬間、アゲハを見守るように頭に黄色い輪っかを乗せて翼を生やした人間の少女が指でハートマークを作りやさしくこちらに微笑んでいた。わたしは目をこする。少女の天使像は消えていた。錯覚だわ。
星の数ほどの命を摘んできたアゲハなんかにあんな麗しい天使がついてるわけないッ!
「あんたと話していると頭がクラクラする。もう言葉はかわさないわ」
そばにいて声を聞くだけで癒されてしまう。情が湧いて殺せなくなる前に殺す。
アゲハに斬りかかる。アゲハはわたしの槍を避けたり剣で弾いたり、まったく反撃してこない。剣と槍が触れるたびに彼女のやさしさが伝わってきて気持ち悪い。受け入れたくなくて強引に振り回した槍をアゲハは大きく避ける。
「私はきみと戦うつもりはない。もうだれも傷つけない」
「だったらその剣はなにッ?戦場で武器を手にするっことは宿敵を殺すためなのよッ!」
わたしは両手持ちにした槍を上段から振りおろす。アゲハは剣を横にして受け止めた。至近距離でにらみ合う。いや、にらんでいるのわたしだけでアゲハは憂いを帯びた瞳を浮かべている。
「これは自分の命を守りみんなの命を守るために持ってるだけだよ。だれかを傷つけるためじゃない。憎しみからこの世界を救いたいんだ」
「あんたにそんな力はないわッ!」
アゲハを串刺しにして西軍の目の前に飾って戦意を喪失させてやるッ!それから西軍全員皆殺しにして屍の山を積み上げてその上で祝杯をあげるわッ!わたしは虐殺への一歩を踏み出そうとした。
法螺貝の音が聞こえる。異変を察知したわたしはアゲハから離れる。この吹きかたは撤退の合図じゃない。クモの出現した合図だッ!
振り返るといつのまにか超巨大なクモが戦場を取り囲み進行してきている。
これじゃ逃げ場がないッ!
しかもいままでに見たことがない数と大きさ。顔から血の気が引く。これは今日で妖精界は滅ぶかもしれないわね。未曾有の大災害だ。一時休戦のアゲハに恨みごとをぶつける。
「あんたのくだらない戯言がわたしの中の憎しみを燃え上がらせて大量の巨大グモを発生させた。ぜんぶあんたのせいよッ!」
「きみだけの憎しみじゃないよ。戦争を長く続けたせいで戦場で膨れ上がった憎しみが大量のクモを生み成長させた。いつでも巨大化できるのに憎しみを溜め込んでいたんだ。妖精たちを一網打尽にするために」
アゲハは冷静に分析する。まあ、確かにその通りね。わたしだけの憎しみであれだけの数のクモは発生しない。わたしは腰に手をあてる。
「どうすんのよ?さっきえらそうに世界を救うとか言ってたけど?憎しみを世界中にばら撒いたあんたのせいで世界は滅びかけてんのよ?」
「責任は取るよ」
アゲハは巨大なクモの大群に向かっていく。あほらし。勝てるわけないのに。空を飛んで逃げようにもクモたちは空に糸の網を張っている。透明に近い色だから気づくのが遅れた。
糸は粘着性があり斬るのに時間がかかる。糸を斬って落とすなら下にいる陸軍への避難も呼びかけないといけない。仲間を置いて逃げられなし、もうぜんぶ手遅れだ。
あきらめてクモに食われるのを待つか戦って死んで食われるかの2択が眼前に突きつけられた。こんなことなら選り好みしないで男とまぐわっておくべきだったわ。絶望のため息をついていると頭に明るくてさわやかなメロディが流れてきた。のびやかで甘い歌声だ。こんな時に歌?だれが歌っているの?軍楽隊かしら。わたしたちを勇気づけようとしているのね。やるじゃないの。わたしは戦意を取り戻してクモたちと戦う覚悟を決めた。アゲハに続き巨大グモの駆除に向かう。




