8.不人気なハズレ令嬢。
湯上がりホカホカな身体をベッドに投げ出し、私は心の声を吐き出した。
「はぁぁぁぁっ……き、気持ちよかったぁぁ……」
あの後、部屋に運ばれてきた病人食を一口食べると……あまりの美味しさにスプーンが止まらず、ペロリと綺麗に完食してしまった。
くっ……体調不良を装おうと思ったのに、空腹には勝てなかった。
すると、屋敷内にまだ滞在していた医師である彼女から、入浴許可が下りたらしく、食後少し間をあけ、浴室へと連行されたのだった。
お風呂でも侍女達が至れり、尽せり……ここは天国かと思う程、身も心もリフレッシュ。
私だって伯爵令嬢、いつもフレイブ家で侍女にお手入れしてもらっているから、状況はそこまで大差ない筈なのに、これほど身体が喜んでいるとは……ふと、セレスティーナ嬢の魂の存在を、この身体の中に感じたような気がした。
当たり前といわれる生活が、この子にとってどれほど幸せなことか。
そっと胸に手を当て、身体の中のどこかにいるはずの彼女に向けて呟いた。
「セレスティーナちゃん……貴女を傷つけるつもりはないから、安心してね」
この子を恨む気持ちは、不思議なほど全く湧いてこなかった。それよりも、意識を支配している自分がこの子を守らなければという、謎の使命感に駆られている。これが庇護欲というものなのだろうか?
彼女の魂がまだ眠っているのなら、目覚めるその時まで私が繋いでいく……ただ、それだけだ。
私の魂の行く先がたとえ、見えなくとも……。
『お人好しだな、ライザは……』
ふと、懐かしい人物の言葉が頭を過ぎった。私より二つ年上、ジャックリー・ミュード伯爵令息……幼い頃から、兄のように慕った『元』婚約者だ。
五年前のある日……彼は突然、私の前から姿を消した。
ミュード伯爵家は領地こそ持たないが、代々、医師を輩出する名門貴族。詳しいことは何もわからなかったが、伯爵家がお取り潰しとなり、ジャックリー様は消息不明。自然消滅的に、私達の婚約は白紙となった。
その後、我がフレイブ伯爵家に縁談が申し込まれることは無かった。理由は簡単、私が『ハズレ』令嬢だったからだ。
他国の物語では、『土』属性がハズレ扱いされることがあるらしいが、この国では『火』属性こそが不人気だ。
迷宮国家ネルトワーグ……迷宮のないエリアに最初の都市を切り拓いたことがこの国の起源であり、それが今の王都。それ以外の各地方には、数多の迷宮が存在する。
各貴族達は自分の領地に一つ二つ迷宮を所有しており、それを各々が経営管理している。採掘された魔石の加工、討伐された魔物から採れたアイテムの売買、観光地化……そうして経済を回して、この国は独自の発展を遂げてきた。魔法陣の進化も他国に比べて目覚ましい。
領地経営に明るい貴族は、王都のタウンハウスと領地の二拠点生活するのが基本となっている。セレスティーナ嬢の両親、グラシース侯爵夫妻が屋敷に不在なのも、その為だろう。
そんな迷宮で採れる産物は、どれも大事な商品だ。傷をつけては価値が下がるから、火元になる危険人物を視察現場には連れていけない。屋敷を任せたくても、うっかり魔法を暴発させれば火事になる。
そう……燃やすしか能のない『火』属性の人間は、どこへ行っても歓迎されないのだ。
我が家は両親共に『火』家系同士で結婚した為か、兄も私も魔力量が多いそう。だから、尚更……私という嫁の貰い手は見つからなかった。
この国の人間は誰しも、生まれつき魔力を持って生まれてくる。四大元素『火』『水』『土』『風』そのどれか、もしくは両親の属性を半分ずつ受け継ぐケースもあると聞く。
ちなみに、家同士の繋がりから私を受け入れてくれたミュード伯爵家は『風』、我がフレイブ伯爵家の『火』との相性は良好だった。
夢の中であの男が言っていた通りだ。『魔力の相性が良いから選ばれた』というのは、冷静に考えたらすぐに嘘だとわかる。
「最初から……私がこの世界に生まれた瞬間から……相性最悪だったんだよ……なのに……私ったら、本当にバカなんだから……」
ゴロンと横を向くと、両眼からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。置き去りにしてきた悲しみがやっと追いつき、ようやく泣けたことに私は少しだけ安堵した。
「フレイブ伯爵家は栄えているけど、私自身は……見た目は平凡、属性はハズレ、社交界は苦手で欠席、成績は中なのに、いつも放課後は課題で居残り……」
指折り数えてみると、残念な程にいいとこ無しだ。
「あぁそっか。生きて行く努力も覚悟も、全然足りていなかったわね……考える頭も足りず、他者に寄り掛かって……こんな私なんて、誰にも選ばれるわけない……だから……貴方との婚約が決まって、本当に嬉しかった……それなのに……」
婚約が白紙になったあの日から、私は結婚自体を諦めた。ずっと側にいた一番の理解者を失い、私の半身は空っぽ……こんな自分を必要としてくれる存在なんて、国中探してもどこにもいないんじゃないかって……。
そんな、闇に堕ちていきそうな私の心に光をくれたのは、学院で誰よりも光り輝くヴォレーク様だった。
私の心を救ってくれた……貴方の為なら、この命を捧げても惜しくないと、本気でそう思っていたんです……本当、愚かですよね。私は……何もわかっていなかった。
「うっ……うっくっ……ふぅぅっ……ふぇぇっ……」
枕に顔を埋め、声を押し殺して泣き続け……疲弊した小さな身体は意識を手放し、いつの間にか私は夢の中へと堕ちていったのだった。




