7.私の心は診察の結果……。
「はい、大きく吸い込んで〜〜はい、吐いて〜〜」
「すぅ〜〜はぁ〜〜」
ベッドで上半身を起こした姿勢で、白衣を着た女医さんの指示に従い、私は大きく深呼吸。緊張で早鳴る鼓動が聞こえてしまわないか、内心ヒヤヒヤしながら、彼女の顔色をそっと窺う。
一難去ってまた一難。あの男を追っ払ったのと入れ違いに、私が起きたことを使用人が報告したのか、主治医の先生が部屋にやって来たのだ。
聴診器で一通り、私の身体をチェックし終え、先生は感嘆の溜息を漏らした。
「はぁ……素晴らしい。一時はどうなるかと思ったが、随分と状態が安定してる。このままなら予定通りに出来そうだな。しかし、まさか……ここまで上手くいくとは……」
ピクッ!
呟くように吐き出された最後の言葉を、この小さな耳は聞き逃さなかった。
『上手くいく』……つまり、セレスティーナ嬢の身体に何かの処置を施したという意味だ。それが何かを、彼女は知っている。
「……」
「今日は随分と静かだな、セレナ。どうした? ヴォレークと喧嘩でもしたか?」
「えっと……あ、うん、そう。お義姉様に会いたいって、言ったら……」
「えぇっ! ライザ嬢に⁇ そ、そうか……」
「‼︎」
この声は……あの転移魔法陣で移動した際に一瞬見かけたあのローブの人物⁉︎ 驚いた時の感じが一緒だ、間違いない! この人は……あの男の共犯者だ。
ゾワッ……
心が騒つく。目に見えない黒い靄が内側から背中を突き破り、全身を覆い尽くしてしまいそうな錯覚に陥る。それを抑えようと、奥歯をギッと食いしばった。
「ん? 顔が少し青いな。筋肉も強張っている。どこか嫌な感じはあるか?」
「えっと……」
私の頬を触ってきた彼女の顔を、睨みに似た上目遣いでじっと見返す。この特徴ある漢らしい話し方……以前に聞いたことがある気が………………あぁ、駄目だ。思い出せないが、確かに知ってるはず。
そもそも、彼女が身につけている分厚い丸眼鏡のせいで、顔がよくわからない。骨格や雰囲気から、素顔が美人なのは感じるが……もう少し、ヒントが欲しいわね。
………………
私は掛け布団をバサッと捲り、ひらりとベッドから飛び降りた。
「セレナ⁉︎」
「大丈夫、元気よ。お腹……空いた……」
「ははっ、そりゃいい。しっかり食べて、体力をつけろ」
「体力……病気のせい、よね」
悲しげに……わざとらしく見えぬよう話を振ると、彼女は私の肩に優しくそっと手を添えた。
「案ずるな、セレナ。今は魔力生産に栄養を吸い取られて、同年代より身体は小さいが、今度の手術できっと……元気に暮らせるようになる」
「……大きくなれる?」
「なれるなれる! だから、頑張ろうな」
「うん」
笑顔で頷きながら、心では別なことを考えるのに忙しい。脳内の情報処理が追いつかない。
しかし、セレスティーナ嬢を心から想っている者を騙しているようで、ほんの少し気が引け……いやいや、よく考えなさい、私。婚約者に大嘘つかれて心臓を奪われたんだから、これくらいの演技なんて可愛いもんだろう。
それに……この子自身が、私の心臓を望んだわけではない。この小さな身体で、ずっと病と闘ってきた……それを傍らで見ていた者が、凶行に走ったのは……分からなくもない……同情もする……許せはしないけど……。
ガタガタッ……
「「ん?」」
その時、廊下側から何やら物音が聞こえてきた。すると、彼女はツカツカとそちらに進み、勢いよく扉を開け放つ!
ガタンッ! バタバタバターーッ!
「「「あ、あはははは……」」」
診察結果がよほど心配だったのか、室内の会話に聞き耳を立て、扉外にへばりついていた使用人達が、開扉に伴ってバタバタと室内に雪崩れ込んできた。
皆、折り重なるように倒れる中に……あの男も、ちゃっかり混じっている。
私がジロッと睨むと、妹想いな兄は半泣きな顔ですすすっと廊下の角まで後退した。叱られた子犬のような表情と仕草。その様子が、私の知る婚約者とはまるで別人! イメージが違い過ぎる!
使用人達も、そそくさと持ち場へ帰っていった……が、すぐに夕食を運びにまた、舞い戻るんだろうな。
「ヴォレーク!」
「レ、レイ……」
「お前まで何をやってるんだ全く……セレナ、また明日」
「また……」
バタンッ!
私は首根っこを掴まれたあの男を見遣ってから、背中で扉を閉め……くるりと反転。今度は私が、内側から扉に耳をピタリと寄せた。
「レイ? どこかで聞いたことのある名前……あっ! 生徒会長!」
思い出した! 私が中等部一年の時、高等部三年だった生徒会長、レイ様!
水の妖精の化身との異名を持つ絶世の美女だ。だが、話し方が騎士様のようで、いつも女性ファンに囲まれていた。それを毎回、クマさんのような副会長が彼女を守っていたっけ。
そうだそうだ! 思い出して来た! 確かこの二人は親戚関係、同じ『水』属性で相性抜群、お似合いだと下級生の間でも噂になっていた。
あの男が校内で、とある令嬢からの告白を断った時も話題に上がっていたっけ。『大切な存在がいるので、貴女の気持ちには応えられない』って……それはレイ様のことではないかと、皆、口々に話したものだ。
木製扉越しに彼女の声が、ぼんやりしたこの頭に聞こえてきた。
「女ゴコロの分からないバカには、丁度いいペナルティーだ。少しは反省しろ」
それは……誰の心のことなのだろう……。
婚約者の呼び方が『あの男』になりました。
↓貴族学院時代の学年↓
ライザ:中1 、ヴォレーク:高2 、レイ:高3
今後、出てくる予定の重要人物は、中3です。




