6.お義姉様?
私は慌てて、室内履きを脱ぎ散らかしながらベッドにダイブし、掛け布団をバサッと頭から被った。
それとほぼ同時、静かに扉が開く。
キィィッ……
「入るぞ、セレナ……眠っているのか?」
「うん」
「え?」
………………
あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! うっかり返事しちゃったよ! 私のバカーーーーッ‼︎
「起きていたのか?」
「ん……ちょっと、寝てた……」
「そうか、起こしてすまなかったな」
寝惚けていた風を装い、なんとか誤魔化すが、とりあえず話し方はこれで大丈夫かしら? 今のところは、怪しまれていないようだけど……。
ドキドキドキドキドキドキ……
布団を被っているせいか、自分の鼓動の音が大きく聞こえ、それがさらに己の不安感を煽る。セレスティーナ嬢の中、魂が私だなんてバレたら次は何されるか分かったもんじゃない。
ドサッ……
「‼︎」
横向きで丸まっている私の背中側、ベッドが急に重みで沈んだ。彼が腰を下ろしたのだろう。
それとは反対に、私の心拍数はボンッと急上昇! お、落ち着けぇ……へ、平常心よ、ライザ……。
すると布団越しに、私の頭を彼がヨシヨシとそっと撫でる。大切な存在を愛でるその触り方で、腕に抱きかかえられたあの時の感触が急に呼び覚まされ……私は思わず、己の身体をぎゅっと抱き締めた。
そうだ、この手だ……頭を撫でるこの手が……私を刺し殺したのだ!
二の腕を抱く私の指にグッと力が籠り、見えない相手に向けて鋭く睨み付けた……が、視界は布団で覆われているので、私の眼にはただの薄闇しか映らない。
怒り、悲しみ、困惑、絶望……一言でなんて到底言い表せられないドス黒い感情が胸の中で入り混じり、身体が小刻みに震える。
だが……こんな想いを抱えていることを、彼に悟られてはいけない。正体を知られるわけにはいけない。冷静に、冷静に……失言を避けつつ、相手から少しでも情報を引き出さねば……。
「あの……」
「どうした? いつもみたいに『お兄様』とは呼んでくれないのか?」
「お……お兄様……」
「体調はどうだ? 心配したんだぞ?」
「だ、大丈夫……」
「そうか、良かった……間に合って……これも全て、彼女のお陰だな」
そう言って、彼が少し身体を捩ったのが、ベッドの振動で伝わる。私はそっと掛布団をずらして、その視線の先を追う。
「あ……」
彼の瞳はキャビネット上の私の姿絵に向いていた。どういう原理かは分からないが、やはり私の心臓が、セレスティーナ嬢の命を繋いだのだ。
そっと遠くから視線を近くに戻し……私はギョッとする。彼がまだ額縁立てを見遣りながら、いつもと同じように柔らかく微笑んでいたのだ。
ひゅっ、と……一瞬、呼吸を忘れそうになった。
こ……婚約者だった私を犠牲にしておいて、笑っているだなんて……正気⁉︎ その精神が理解出来ないし、したくもない! この人には、血も涙もないのか⁉︎
あぁ……本当に私は……ただ利用する為だけに選ばれた生け贄だったの? あの微笑みの裏で、間抜けな私のことを嘲っていたの?
昔から、健康には自信があった。学院の健康診断記録を調べれば、生け贄候補は容易くリストアップ出来ただろう。
そもそも、王命の政略結婚に愛を求める方が愚かなのかもしれない。それでも、私は……彼なら……ヴォレーク様なら、私に想いを返してくれるのではないかと、信じていたのに……そこに、愛なんて……初めからなかった。
五年間、密かに憧れ続けた存在は、こんなにも冷酷で残忍な人だったなんて……知らなかった……知りたくなかった……私が勝手に、都合の良い幻想を抱いていただけ。
思い返せば、ヴォレーク様との面会は、王宮内でただ一度きり。私がグラシース侯爵家に招かれたのは今回が初めてのことだし、当然、我がフレイブ伯爵家に彼が足を踏み入れたことも無い。私達が婚約関係だと知っているのは、両親と次期伯爵の兄だけだ。
全ては最初から、私の心臓を奪う計画だったのか。
考えれば考える程、自分の愚かさに後悔が滲む。
そう……私は心のどこかで……見て見ぬフリをしていた。13歳で婚約が白紙になって以降、婚約者不在な伯爵令嬢。伯爵家は兄が継ぐことが決まっていたので、社交界からも足は遠のいていた。
そこに転がり込んだ婚約話……しかも、お相手がまさかのヴォレーク様だったから、盲目的に飛びついてしまった。こんな美味い話が、あるわけないのに……。
段々と、怒りがフツフツ湧いてきた。それは悲しみにも勝る。彼に対してだけじゃない。短慮な自分自身に対しても、だ。
私はどちらかといえば、お淑やかな令嬢ではない。彼の前では今まで猫を被っていたが……さぁ、どうしてくれようか?
心に静かなる復讐の火を燃やす私に、彼が不意に呟いた。
「……ライザ?」
「えっ⁉︎」
いきなり彼に自分の名前を呼ばれ、思わず声が漏れ出てしまった。あ、危ない! 条件反射で『はぁ〜〜い!』って返事するところだったわ。
「いや……まさか、そんな……だって彼女は……」
「??」
死んだはず……とでも、言いたいのかしら?
残念でした、私は生きてま……いや、それは間違いか。魂がこの子の中にあるのだから、肉体はもう死んでいる。
「お兄様、どうなさったの?」
「いや、何でもない。セレナの周囲に、ライザ嬢の魔力オーラが視えたから……まぁ、当然か」
「オーラ……」
オーラが視える? あぁ、それもたしか授業でやったわね。魔力のコントロール能力が高いと、人間も物体も潜在的な魔力量が可視化され、稀にそれが視える者がいる……って。え? じゃあ、気をつけないと……ってどうやって気をつければいいのよ⁉︎
「あのぉ、お兄様……ライザ様は……」
「おや? 今日のセレナはなんだか珍しいな。いつもはライザ嬢のこと『お義姉様』って呼ぶのに……」
「え? あ、お、お義姉様は……」
ふと、私の頭に閃めいた。
「お兄様……私、お義姉様に、会いたい……」
「えっ⁉︎ えっと……そ、それは……今はちょっと難しくて……」
可愛い妹からのお願いで、急にしどろもどろになり、天井の方に視線を逃す兄。
ふっ、困るわよね。そりゃそうでしょう。遺体とご対面させる訳にはいかないものね。
でも、彼を追い出すにはいい口実だ。流石に、私も情報量が多くて頭の中がパンク寸前。一度、彼をここから追っ払い、脳内の仮説を立て直したい。
「お兄様……出てって……お義姉様、連れて来てくれるまで、会いたくない!」
「セ、セレナ〜〜!」
バサッ!
私はそう言い捨てて、布団をまた頭からすっぽり被ったのだった。
ライザ嬢とヴォレーク殿には温度差がありますね。




