5.考察中。
リボンの装飾が付いた室内履きに足を突っ込み、ベッドから降り出て、ぐーーんと思いっきり背伸びをする。背中の辺りからは『ゴキゴキッ』と可愛くない音が鳴り響いた。
「さ・て・と……まずは落ち着いて、状況を整理しないと……」
使用人達には『ねむいよぉ』『ひとりにして……』『おねがぁい』と子供っぽくおねだりして、セレスティーナ嬢にメロメロな全員をまとめて部屋の外に追い出した。
ちらりと室内の時計に目を遣ると、時刻は午後四時を過ぎていた。この邸宅の夕食時刻は分からないが、とりあえず、あと一時間程度は邪魔が入ることはないだろう。もし、病状確認に誰かが部屋を訪ねて来たら、その時は一旦追い返そう。
この隙に頭をフル稼働し、自分が置かれている現状、及び、これから成すべきことを冷静に考えなければ……。
さっきの使用人達の会話から、この身体の持ち主セレスティーナ嬢は、身体の弱いどこぞの侯爵令嬢。皆のあの喜び方を見るに、かなり具合が悪く、ベッドに伏せっていたのかもしれない。
私は小さな手を握ったり開いたり、膝の屈伸、腕をぐるぐる振り回し、高速足踏み、スキップ……身体動作をくまなくチェック。
この程度では息切れしないし、全身どこも痛むところは無さそうだ。
おそらく、弱っていた彼女の中に私の魂が入り込んだことでこの身体は覚醒……したのだろうけど……ここで、一つ疑問が浮かぶ。
身体の持ち主であるセレスティーナ嬢の魂は、一体どこにいったのだろう?
「まさか……」
最悪な想像が、ふっと頭を過ぎり、全身の血の気がさぁっと引いていく感覚……それをすぐに払拭しようと、私はブルブルと首を左右に振った。
「ごめんね、セレスティーナちゃん……少しだけ身体、貸してね」
この屋敷の者達の様子から、彼女が好意的に思われているのは、たった数分でもよく伝わってきた。もしも、屋敷内において高慢チキな悪態少女だったら、彼らはあんな風にこの子の復活を泣いて喜ばないだろう。
「皆に……愛されているのね」
声はもちろん彼女のものだが、『口調が変わった』と不審がられては困る。親しい者達は敏感に違和感を察知するからね。
病み上がりの不調を装い、なるべく短い単語だけを発して、ボロが出ないように気をつけないと。
「それにしても……本当よく似てるわね。まるで、実際に見てきたかのように……」
室内を改めてじっくりと見回す。内装が驚く程に私の部屋と酷似していた。これは偶然? それとも故意?
幼女の部屋にしては、おもちゃや可愛らしさ要素も少ないし……ベッド周りに至っては、まるで治療室だ。
ふと、目についたのは部屋の一角。低台なキャビネットの上に置かれていたのは、大きなバスケットと綺麗に並んだ額縁立て……なのだが……ん?
近づいて覗き込むと、バスケットの中身は空っぽの魔石でいっぱいだった。そして、ずらりと並ぶ額縁立ての中……描かれていた人物は全て、ライザ・フレイブ伯爵令嬢……って、えっ⁉︎ 私の姿絵⁉︎
他人の空似……の一言では無視できない。フレイブ伯爵家の家紋も、絵の中にしっかりと描かれていたのだ。
「この子は……私のことを知っていたの?」
無意識のうちに、そっと彼女の胸に手を当てた。
コツッ……
「ん?」
何やら胸の中心近くに、硬質的な感触。
「ごめんなさい。ちょっと見せてちょうだいね」
一言断りを入れてから、服のボタンを外して、胸元を開かせる。真っ白な肌が露わになるが、私の視線はある一点に注がれた。
左胸に……赤ちゃんの拳サイズな魔石が埋め込まれていたのだ。その透き通る魔石の中には、淡い赤色と水色の魔力粒子が混ざり合って、キラキラと輝いている。
「え? これって……」
人体に魔石……どこかで見たような気がする、どこだ? 私はそっと目を閉じ、記憶の引き出しを探る。保健体育の教科書? 図書館で読んだ本? 学院保健室の掲示物? ……違う。
そうだ! 子供の頃に見た、王都新聞の記事! 『革新的な手術方法確立』として話題になった、あのニュースだ!
「あっ!」
ようやく、頭の中でバラバラだったパズルのピースがパチリと嵌まった。
病弱で何らかの障害のある侯爵令嬢には、『坊ちゃま』と呼ばれる兄がいて、彼女は私のことを一方的に知っている。
この空っぽの魔石は、私が魔力を込めて転送魔法陣で送り返していたモノも含まれている可能性が高い。魔力を使い切ったから、中身はすっからかん、か。
そして、私が心臓を串刺しにされた時、微かに遠くで聞こえた『心臓を使わせて貰う』という、ヴォレーク様のあの言葉。
「セレスティーナ嬢は……ヴォレーク様の……妹ってこと?」
だが、また一つ新たな疑問が浮かぶ。彼に妹がいるという話は聞いたことがない。秘匿にする理由があるのか? それとも、私には教える価値も無いということだったのか?
コンコンッ!
その時、扉をノックする音が室内に響くのと同時に、外から声が掛けられた。
「セレナ! 私だ、入ってもいいか?」
それは、セレスティーナ嬢を愛称で呼ぶ男性……私の心臓を串刺しにした婚約者、ヴォレーク様のあの甘やかな声だった。




