4.ここはどこ? 私は……幼女⁉︎
「あれ? えっと……ここは……どこ?」
気づけば、朧げな光の空間に私は立っていた。ぼやけた頭で、キョロキョロと周囲を見回してみるが……自分の状況に理解がまるで追いつかない。
その時、背後から声を掛けられた。
「ライザ嬢……」
「ヴォ、ヴォレーク様⁉︎」
名前を呼ばれ振り向くと、そこには麗しの婚約者様が私にそっと微笑み、佇んでいた。
あれれ? ついさっきも今と同じように、彼に呼ばれて振り向いたような気が……??
じぃっと疑るような眼差しを向けると、ヴォレーク様がさらにワンランクアップな極上の笑みを返してきた。
はうっ! 神々しい! 後光が差しているようだわ! あまりに眩しいご尊顔……私は光を遮るように両手を顔の前にパッと翳した。
すると、私が開かせていた両手に、彼が優しく自分の掌を重ね、その長い指を絡ませた……かと思うと、そのまま握り合った手を肩の高さまで下ろされる。
「どうか顔を隠さないで。私にその可愛い顔を見せてくれないか?」
「か、か、か、か、可愛い⁉︎」
ヴォレーク様が私に『可愛い』ですって⁉︎ 急になんなんですか! びっくりして心臓が止まっちゃいますよ! 私を殺す気ですかーーっ⁉︎
しかも、小首を傾げるだなんて……懇願するような子犬の如きその仕草! くぅぅっ、反則です!
混乱する私を他所に、ヴォレーク様はダンスのエスコートさながら、右手は握ったまま、私の腰に反対の左手を回してきた。
「あっ‼︎」
言葉通り……あっという間に、私の上体は後ろへと反らされてしまった。細身なのに、なんて力強いホールド。流石、手慣れていらっしゃる……あれ? でも、ダンスなら手が左右反対だわ。
「貴女とこうして向き合える日を、私はずっと夢見ていた」
「ヴォレーク様……」
ぎゅうっ……
抱き締められた腕から……繋いだ手から……ヴォレーク様の熱を感じる。
あぁ……まるで夢でも見ているかのよう……五年も前から憧れていた貴方の腕の中に、今こうして私がいるのだから……。
じっと、互いに見つめ合い……って、あ! そうだわ! 今日はお化粧していない!
いやぁぁぁぁぁ! 恥ずかしいーー!
羞恥で顔を背けようとするのを、ヴォレーク様が見逃がしてはくれず……私の手からするりと離れた彼の右手に、クイッと顎を摘まれる。
「ライザ嬢……君の心は……私のモノなんだよね?」
「は……はひっ……!」
心を暴くように、彼の透き通った眼が私の瞳中を覗き込む。私といえば、間抜けな声を返すのが精一杯……だが、問いへの返しとしては、合格な同意の返事となった。
「ふっ……」
ヴォレーク様は満足そうに蕩けるような微笑みを浮かべると、いつのまに取り出したのか、細い魔法杖を顔の横で逆手に握っていた。
「?」
「ありがとう、ライザ嬢。君のご好意に感謝して……この心臓は、私が貰うよ」
「へ?」
トスッ……
軽い衝撃で揺すられた身体。
一拍、間を空けてから視線を自分の胸元に向けると……彼の掌と同じくらいの長さな魔法杖が、私の左胸にしっかりと突き刺さり、その杖身の半分を肉に埋めていた。
「ヴォ、ヴォレーク様……こ、これは……一体?」
訳がわからず目を白黒させた私は、彼を見上げながら問い掛ける。
すると、目の前のヴォレーク様は、美しい顔をぐにゃりと歪め、見たことのない気色悪い笑みを浮かべた。
「はっ! 私がお前のような地味で冴えない平凡令嬢と、本気で結婚すると思ったのか? 婚約理由が、魔力の相性が良い? そんなの……嘘に決まっているだろう? 私は『水』、お前は『火』元素の家系、相性最悪だ! そんなことすらも考えずに、ホイホイ騙されて……私はな、頭の悪い女が一番嫌いなんだよ‼︎」
「……っ!」
ほんの少し前まで甘い言葉を発していた形の良い口から、まさかの暴言が吐き捨てられた。
あまりの衝撃で声が出ない。それとも、心臓を貫かれたことで、身体を動かす機能が停止し始めたのか……もはや、そんなのどちらでもいい。
「最期まで秘密を守ってくれて、どうもありがとう。そして、さようなら……愚かな伯爵令嬢」
そう、別れの挨拶を告げると、ヴォレーク様は私の胸に突き刺さった魔法杖の柄を握り、さらに身体の奥深くへと杖身を容赦なく押し込んだ!
ドンッ!
◇◇◇◇
「ヴォレーク様ーーっ‼︎」
ガバッ!
………………
「あれ? ここは……ベッド? ……そ、そうよね……夢よね……えっと、どこからが夢……?」
まぁ、ヴォレーク様が私に『可愛い』だなんて、言うわけないんだから……。
それにしても夢の中の彼は、まるで天使と悪魔……どちらが本当の顔なのだろう? それとも、まだ私の知らない別な顔もお持ちなのだろうか?
「……愚かな伯爵令嬢、か……ははっ」
自嘲気味な笑いが、半開きの口から漏れ、私はそっと自分の額を押さえた。
ふにっ……
「ん?」
掌と額……皮膚と皮膚が触れた感触に、なにやら違和感を感じ、そっと目の前に下ろした自分の両掌を見つめる。
………………
「なんか……小っちゃくない?」
そう呟いた瞬間、派手な金属音が室内に反響した。
ガシャンッ! カランカランッ……
「⁉︎」
音の発生源の方をパッと振り向くと、落下の衝撃で銀の丸盆が床で跳ねている。そのすぐ横には落とし主だろう。見たことのない制服を着た侍女が、わなわなと震えていた。
私の知らない顔ね、新しい子かしら?
ふっと、顔を上げて周囲を見回し……そもそもの自分の勘違いに気がついた。
「ここ、私の部屋……じゃない」
室内の奥行きから、装飾や色合い、ベッドの雰囲気までもが似通っていたから、視界の隅に写っていても気に留めていなかった。
じゃあ、ここは一体……?
すると、お盆を拾い上げた侍女が、礼節無視で扉外に向けて大声を張り上げる!
「セレスティーナお嬢様が、目覚めましたわよーーっ‼︎」
うちのお屋敷でやらかしたら、厳しい侍女長にこっぴどく叱られそう。
バタバタバタバタバタバタッ……バンッ!
「大至急、侯爵様達に連絡を!」
「こんな時に坊ちゃまはどちらにいらっしゃるのかしら⁉︎ 誰か探して来てちょうだい‼︎」
侍女の一声で、これまた大目玉を喰らいそうな足音を響かせ、使用人達が室内に駆け込んで来た!
大丈夫なのだろうか、このお屋敷は?
ザザッ!
私の余計な心配を知る由もない彼らが、ベッドを取り囲んでしゃがみ、皆が揃いも揃って涙を流している。
「セレスティーナ様!」
「お嬢様!」
「良かった……本当に良かった……」
「うわぁぁぁ〜〜ん!」
……セレスティーナ?
キョロキョロと周囲を見回しても、中央には私しかいない。
皆……私に向けて言っているの⁉︎ 全く、意味が分からない。
「えっと……あ、あのぉ……すみま……」
泣き続ける使用人達に質問を言いかけて、己の言葉をピタリと止める。号泣する侍女が抱えた銀のお盆が、キラリと反射して私の顔を映し出したのだ。
………………
もしかして、この幼い子が……私……?
目に飛び込んできたのは、ライトブルーな髪色の五歳くらいの少女。この子が……セレスティーナ?
………………
考えられない。
考えたくはない。
でも……今、目の前にある現実を……受け止めなければならない。
ライザ・フレイブ伯爵令嬢は死に……このセレスティーナ嬢の身体の中に、魂が乗り移った……?
ふと私の脳裏に、悪魔のように醜いヴォレーク様の笑顔が思い浮かんだのだった。
色んな意味で、目を覚ましましたね。




