3.私の心は串刺しです。
ブォンッ! すとんっ……
体感、数秒で光の空間を渡り、裸足の爪先がひんやりとした硬質な地面に触れる……いや、土台が冷たいんじゃなくて、私の体温が高いのかもしれない。それくらい、心が高揚している!
だって……初めての体験だもの! なんていったって転移魔法陣よ⁉︎ 魔法陣の中でも術式が超複雑で、指折りの高位魔術師にしか錬成出来ず、国内でも限定的な場所にしか設置されていない希少なモノ。
それを、ちょいっと手紙に同封出来てしまうなんて……ヴォレーク様はなんと素晴らしいのかしら!
胸の前で両手を組み、愛しい婚約者様に想いを馳せ……そのうっとりと閉じた瞼の裏が、周囲の明るさを感じ取る。
私を包んでいた閃光は徐々に収束していき、煌めく魔法の残粒子は、最後にパッと空気中へ散った。
ふっ……
蝋燭の灯火が吹き消されたように、辺りが一段階暗くなったところで、私はそっと目を開けた。
「えっと、ここは……」
微かな灯りのみで照らされる、がらんとした空間。ヴォレーク様の手紙に『我が屋敷』と書いてあったのだから、グラシース侯爵邸内のどこか一室なのだろう。
自分の立ち位置を確認しようと、足元に視線を落とすと……降り立った床にも、藍色の魔法陣が大きく描かれていた。
どうやら魔石も私も、お届け先は同じこの地点が指定されているようだ……が、同封の魔法陣に織り込まれていた座標、私には全然読み解けなかった。
「ここが、ヴォレーク様のお屋敷かぁ……」
湧き上がる好奇心に誘われ、周囲を見ようと首を動かした瞬間……自分の長い髪が頬をそっと撫で、石鹸の残り香がふわりと薫った。
………………
がつっ!
私は咄嗟に、顔の両脇に垂れた髪の毛束を引っ掴む! 今更ながら、とても重大なことに気がついてしまったのだ!
私は、拳で作った低めなツインテールを握り締めたまま、掠れた声で独り言を漏らす。
「しまったわ……よく考えたら……ヴォレーク様にお会いするのに私、すっぴんじゃない‼︎」
手紙の文面を素直に守り、のこのこやって来たはいいけれど、お化粧もしていないし、髪もブラシで梳かしただけ……一度だけ王宮で彼と面会した際は、ヘアもメイクも完全武装で臨んだ。
なのに……こんなぼやけた地味な顔、国宝級顔面のヴォレーク様には、とてもじゃないがお見せできない!
いやぁぁぁぁーーっ! 恥ずかしいーーっ‼︎‼︎
ばっ!
思わず両手で顔を覆い、身を小さく屈める。あぁ……穴があったら、このまま丸まってスポッと中に入ってしまいたいわ。
「えぇっ⁉︎」
その時……私から少し離れた背後から、驚いたような声が聞こえてきた。
「⁉︎」
ヴォレーク様……ではない⁉︎ この空間内に他の誰かがいる⁉︎
転移してきたことに気を取られていて、気配に全く気づかなかったわ。この女性……お屋敷の侍女さんかな? ご挨拶した方が……でも、ヴォレーク様の婚約者だってことは秘密だから……なんて説明しようかしら?
だが声の主は、それ以上の言葉を発することなく、そっと部屋の片隅を移動しているようだ。
「?」
しゃがんだまま、ちらりと指と指の隙間から見遣ると、閉まりかける扉の向こうに長いローブの裾が目に入った。
侍女さん……ではない?
「ライザ嬢!」
「そ、その声は……ヴォレーク様!」
甘く低い声で名前を呼ばれ、両手で顔を隠したまま、私は彼の方をパッと振り返った。
「急な呼び出し、すまなかった。早朝なのに着替えてきたのか? 寝巻きのままでも構わなかったのだが……」
「なっ⁉︎ なっ⁉︎ なっ⁉︎ なーーーーっ⁉︎」
「嫁入り前の令嬢に、寝巻き姿を要求するのは大変失礼なことだと言われてな。だが、時間が無い。詳しい話は抜きでもいいか?」
「はい……」
彼の言葉に私の全身の血が沸騰し、のばせた頭の思考回路は完全にストップする。きっと側から見たら、私の瞳にはハートマークがくっきりと浮かび上がっていることだろう。
「全てはヴォレーク様の仰せのままに……私の心は貴方のモノですわ」
「ライザ嬢……そうか……ありがとう」
そう言って、愛しい婚約者は私を腕の中へ、力強く抱き寄せた。
ぎゅうっ!
「なななっ⁉︎ ヴォ、ヴォレーク様⁉︎」
真正面で抱き合うのが恥ずかしくて、少しだけ逃げるように身体を捩ると、彼の脇にピタリとくっつくような形となった。
だが、嬉しさと気恥ずかしさのせいでヴォレーク様の顔を直視することが出来ず、顔を覆ったまま、指間から覗く視線も自ずと下を向く。
きゃぁっ……こんな幸せなことがあっていいのかしら?
私の狭い視界に映る、ヴォレーク様の男らしい手……その右手が握る細い魔法杖……それが掌の中で半回転し、先端の向きをくるりと変えた。
……逆手に持ち替えた? なぜ?
「?」
それは、一瞬だった。
ヒュンッ……トスッ!
………………
「えっ? あれ? 私の胸に……ヴォレーク様の……杖が刺さって……る?」
がくんっ!
身体の力は抜けるが、彼の腕が抱き留めてくれたのか、地面に落下するような強い衝撃は感じなかった。
だが、自分の身に一体何が起こったかを理解するよりも前に、私の意識は暗闇の中へと堕ちていった。
「君のご好意に感謝して……ありがたく、心臓を使わせて貰うよ」
耳の奥で、ヴォレーク様の安堵するような声が聞こえた気がした……。
ご厚意ではなく、ご好意……嫌な感じですね。




