20.迷宮孤児。
そういえば、兄がヴォレーク様におかしなことを言っていた。『貴方が妹を護ってくれていたのに……』とかなんとか……私の知らないところで二人は手を組み、危険を回避してくれていた……ってことなの? え? いつ? どうやって⁇
でも……本当に身に覚えがない。なさ過ぎて、それっぽいことを、無理くり捻り出そうとするなら、もう日常生活全てを疑うレベルだ。朗らかな学食のおばちゃんや、ヨボヨボ用務員さんさえも怪しく思えてくる。
でも……『ハズレ』な私なんて、狙われる要素どこにもなくない?
「はっくしょん! ひっくしゅん! ふぇっくしょい!」
その時、彼がド派手なくしゃみを連発した。全員がそちらを一斉に振り向く。
「「「あ……」」」
アグウィのこと、すっっっかり忘れていたわ。執行寸前、内心ハラハラ状態での放置プレーなんて、控えめに言ってもただの地獄ね。
ザッ!
正座する蒼褪めた青年の前に、ヴォレーク様とレイ先生が双璧のように立ち、その後ろにターニャが控える。うわぁ……圧が半端無い。その威圧感にプレスされて、アグウィがさらに縮こまった。
「この男、ターニャの知り合いか?」
ヴォレーク様が温度のない声で彼女に尋ねる。
「はい……申し訳ありません。この者は私と同じ養護院の出身です。少し歳が離れているので、幼い頃は私達、年長組が面倒をみておりました。親は皆、一攫千金を夢見て、稼ぎの為に子を置いて迷宮へと潜り、そして帰らぬ人となった……いわゆる迷宮孤児です」
自分達の生い立ちをターニャが淡々と語……いや、淡々じゃない、怒っている。なんとか平静を装おうとしているが、腑が煮えくり返っているのが漏れ出てる。
でも、命より大切なお嬢様を狙ったのが、己の世話した子だったら……そりゃ、やるせなくもなるわね。
「私達が養護院を巣立って暫くして、風の噂でアグウィも探索者になったのは耳にしておりましたが、まさか……こんな愚かな……」
「……」
ターニャが鋭い睨みをきかせると、アグウィはふいっと顔を背けた。
法整備が間に合っておらず、今ほど迷宮内が管理されていない時代は、無謀に高ランク迷宮へと潜り、命を落とす者が後をたたなかった……と聞いたことがある。ランクが高ければ、攻略が難しい反面、魔物や迷宮から採れる天然魔石やアイテムも高額レア物となるからだ。貧しい環境から抜け出すには、一発逆転を狙うしか道がない。
改めて、貴族令嬢である自分が、どれだけ恵まれた環境にいたかを思い知らされる。
「そうか……」
ターニャの言葉を聞いて、ヴォレーク様が右手の杖をクィッと動かした。
パキンッ! パキパキパキパキッ……
「ひぅっ!」
猿轡が見事に弾け飛び、金タライの中の水が一瞬にして凍り付く。正座で折りたたまれた彼の膝から足先までが、完全に氷の中に閉じ込められた。
「あぁっ! ぐぅっっ……」
「理由はどうあれ、セレナを狙ったのは万死に値する……ギリギリ殺しはしないが、因果応報、受けてもらおう。さぁ……誰の命令か、さっさと吐けよ」
「お、おい! ヴォレーク!」
「⁉︎」
一見、冷静そうに見えたけど……ヴォレーク様が怒りで我を忘れかけている⁉︎ ターニャだけじゃない、こちらもキレていらっしゃるーー‼︎
制止しようと、レイ先生が彼の肩に手を置いたけど、それを気にすることなく、魔法杖を握るヴォレーク様の右手に力が込もる。
いけない! 命に別状なくとも、瀕死か再起不能レベルにアグウィを徹底的に痛めつける気だ!
バッ!
「ダメーーーーッ!」
「「⁉︎」」
咄嗟に二人の間に入り、小さな手足を広げ、身体全体で阻止を図る!
「セレナ? な、なんで庇う⁉︎」
「なんでもです!」
答えになっていない返答をしながら、私は金タライをガツッと掴み、ヴォレーク様を振り返る。
「私が狙われたのだから、私が彼を尋問するわ! ねぇ、いいでしょ!」
じゅうぅぅ……
「え?」
「あちっ!」
突然、アグウィが予想外の声を上げる。捻っていた首を元に戻すと、目の前にはもうもうと湯気が立ち昇っていた。彼の足を凍結させた氷が溶け……お湯になったの?
思わず、金タライの縁から手を離し、自分の両手をまじまじと見つめる。
「え? え? なんで?」
「……ライザ嬢?」
背後でボソッと、ヴォレーク様が私の名を呟いた。
ドキーーンッ!
ひっ! 心臓が丸ごと口から飛び出るかと思ったわ! お、落ち着け……落ち着け……アグウィが言ってたじゃない。堂々としてりゃ意外とバレないって!
「私はセレナよ! お兄様、何言っちゃってるの?」
「どうした、ヴォレーク? 何か視えたのか?」
「美しい……炎の翼……俺の天使……」
「?」
意味不明なことを彼が口走るが……とりあえず、セレスティーナ嬢の身体にライザのオーラが視えたってこと?
あれ? 私、魔力放出してないつもりだったんだけど……彼女の身体が勝手に『火』魔法を使用した? じゃなきゃ、この状況は説明がつかない。とりあえず、どこも苦しくないからセレスティーナ嬢の身体に負担はかかっていないようだけど……。
「恐らく、ライザ嬢の魔力を身体に流しているからだろうな。だがセレナ、ちょっと元気だからって、無闇に魔力は使うなよ」
「は、はい!」
「そ、そうか……なるほど」
レイ先生の説明で、ヴォレーク様が素直に納得してくれたようだ。よし、中身が私だとはバレていない。
「おい、命拾いしたな。心優しきお嬢様に感謝しろよ、アグウィ」
そう言い放ったターニャを、血色の戻った青年がキッと睨みつける!
「ターニャ……なんでだよっ! あんなことがあったのに、なんで貴族なんかの屋敷で働いてんだよ! 金の為か? 用心棒なのか?」
「用心棒? 私はただの使用人よ。坊ちゃまの方が私より強いわ」
「ふ……ふざけんなよ……六年前のこと、忘れたのかよ! 貴族のせいで、皆あんな風に殺されて……お前にとって、兄弟達はその程度なのか……もがっ!」
ガツッ!
悲痛なアグウィの叫びの途中で、ターニャが彼の口を片手で鷲掴む!
「黙れクソガキ……刻むぞ? いつ、私が忘れたなんて言った? あぁ?」
「‼︎」
見たこともない別人のようなターニャがそこにはいた。そして、またしてもアグウィの顔が青色へと戻ったのだった。




