19. 過保護。
ヴォレーク様に抱っこされたまま、巨木から降りると、メイド服を着直したターニャが下で待っていた。すると彼女は、騎士のように地面に片膝を付け、勢いよく頭を下げる。
バッ!
「お嬢様、誠に申し訳ございません! 貴女を危険に晒すなどあってはならないこと……私は如何なる罰でも受ける所存です! さぁ、煮るなり焼くなり首を飛ばすなり、何なりとご命令を!」
「ターニャが無事で良かったわ。それに貴女のせいじゃない。だ、だから、物騒なこと言わないでちょうだい、ね? ね?」
「お嬢様……」
私の言葉で、凛々しい彼女の瞳が潤む。セレスティーナ嬢のことを本当に大切に想ってくれているのだな。でも……このお屋敷の使用人達からは、狂気的な忠誠心がちらちら見え隠れする。お嬢様が命令すれば、自害すら厭わなそう……怖っ! 発言には十分、気をつけよう、うん。
「それに、ターニャを罰するなら、玄関から彼を招き入れてしまったお兄様も同罪になっちゃうわよ?」
「お……俺も……如何なる罰でも受けるぞーー!」
「だから、冗談ですってば。それよりも……」
私はちらりと視線を、捕縛された彼に向ける。
「……」
先程まで気を失っていたアグウィは、もうすっかり目を覚ましていた。今度は己が猿轡をかまされ、身体を縄で拘束されている。私と立場逆転だ。
ただ、彼の格好が……寒々しいというか、何というか……身ぐるみを剥がされ下着一丁で、水の張られた洗濯用の金タライ中央に正座させられていた。拷問セッティング完了、スタンバイオッケーな状態。暗器を隠し持っていないかの確認と、ターニャの仕返しの結果なのだろう。ちなみに、先程の濡れた衣服は、すぐ後ろの木に干され、風にたなびいている。
当のアグウィは顔面蒼白で、細身の身体をカタカタと小刻みに震わしていた。寒さからか、恐怖からか……もしくは両方。
そんな痛ましい彼の様子に、思わずヴォレーク様のシャツの胸元をぎゅっと握り締めた。
その時、後方から足音が鳴る。
ザッ!
「セレナ! ヴォレーク! 一体、何があった⁉︎」
「レイ……」
後ろを振り向くと、慌てた様子で女医のレイ先生が庭へと駆けこんできた。後ろで編み込み束ねた髪はやや乱れ、大きな丸眼鏡もズレている。屋敷内のどこかにある、転移魔法陣を利用して来たのだろうか。使用人の誰かが彼女に一報を入れたのかもしれない。
「レイ、セレナを部屋に……」
「わかった。おいでセレナ。身体に異常がないか確認を……」
「え? あ! ちょ、ちょっと……」
私は受け渡し小包のように、ヴォレーク様からひょいっとレイ先生の腕の中へと移された。
何よりも大切なセレスティーナ嬢を、この場から離すつもりだ。汚いモノ、醜いモノ、悍ましいモノ……それら全てから無垢な彼女を遠ざけようとする、それは優しさであり……酷なことでもある。
フレイブ伯爵家もそうだ。屋敷の皆に箝口令を敷かれたら、幼かった私には情報を得る術がなくなる。誰も何も教えてくれない。私だけが真実を知らない。ザックスのこと……皆、本当は何か、知っていたんじゃないの?
過保護にされていることが、本人にとって幸せだとは限らないのよ?
脳裏に、悲しみに暮れた日々が一気に駆け巡る。無知というのは……生き恥だ!
ぷちんっ!
私の中で、何かが切れる音がした。
レイ先生の腕を振り解いて地面へ降り立つと、腹の底から声を張る!
「もう、いい加減にして! いつもいつも子供扱いで……私のこと大切に護ってるつもりなんでしょうが、後で『自分が何も知らなかったこと』を知って……私がどんな思いか、考えたことある? 今、渦中にいるのは私よ! だったら知る権利があるわ! それでも教えてくれないっていうのなら、一生口聞いてあげないんだからね、このポンコツ兄! へっぽこ魔術師ーー!」
整理されていないごちゃごちゃな頭のまま、喚き散らして……自分でも驚いた。後半、普段使わない単語が口から飛び出たからだ。いくら怒ったとしてもライザなら絶対に言わない、ヴォレーク様への暴言。
これは……セレスティーナ嬢の口を借りているからか? それとも、彼女の意識がそろそろ目覚めようとしているのか?
私に言われた言葉がショックだったのか、ヴォレーク様が美しい顔を情け無く歪めている。それとは対照的に、レイ先生は腕を組み、冷静な表情。
少し間を空けてから、彼女が徐に口を開いた。
「ふむ、セレナの言い分はわかった。いつまでも子供扱い……というわけにはいかない、か。明後日には、お前ももう十歳だからな」
「⁉︎」
えっ、十歳⁉︎ 見た目は五歳くらいなセレスティーナ嬢。発育が遅いとしても、せいぜい七歳くらいかと思っていたが……五年間、病気の影響で、身体の成長が止まっているのか?
「そ、そうだ! セレナには内緒だが、誕生日のサプライズパーティーの用意が……」
ゴッ!
レイ先生が肘打ちをし、不用意な従弟の口を塞いだ。『ポンコツ兄』……たぶん、言い慣れているんだろうな、この口が……。
だって、あんな風に騒いだのに、セレスティーナ嬢の中身が別人だと、疑われる様子がまるでない。普段から、このお嬢様は兄君のことを容赦なく叱っていそうだ。
レイ先生に突かれた鳩尾を摩り、口を尖らせ、眉間に皺を寄せた彼。憮然とした表情は幼い少年そのものだ。
そして、ようやく腹を括ったヴォレーク様は、深い溜息と共に言葉を吐き出した。
「はぁ……そうだな。自分がなぜこんな状況に置かれているのか……本人が知っておくことも、確かに大事だ。セレナやライザ嬢……国内の純血系貴族がなぜ狙われるかを……」
………………
え?
彼の言った言葉の……意味が分からない。
セレスティーナ嬢はともかく、私も狙われていたの⁇
………………
思い当たることが何一つ無いのだけれどーー⁉︎




