17.誘拐犯。
アグウィと呼ばれた男は、着ていたメイド服をバサッと脱ぐと、それをターニャに投げつけた。その服が彼女の視界を一瞬、遮る。
「‼︎」
その隙に、本来の姿へと戻った細身の青年は、木の上へ軽々と飛び上がった。勿論、私は小脇に抱えられたまま。
そして彼は、木の幹に添えた手にグッと力を込め、一瞬にして枝木を成長させ……私達の姿をすっぽりと覆い隠してしまった。
バキバキバキバキッ!
頭上からは、太い枝の折れる音が鳴る。勢いのあるこの樹木の力でも、天井を突き破ることはできなかったようだ。
スッ……
すると彼が、降り注ぐ枝の破片から庇うように、そっと腕を私の頭上に翳した。
「ごめんな……」
「‼︎」
葉擦れの音で掻き消えてしまいそうなか細い声で謝罪を口にする。想像していたよりも、ずっと幼い素顔の青年。
私は……やっぱり、彼が悪人だとは思えない。
「アグウィーー‼︎」
木の下からは、ターニャの怒声が響いてきた。枝葉の隙間から僅かに見える彼女……雑に返却された仕事着を握り締め、忌々しげにこちらを睨み上げている。
「はっ! A級探索者が誘拐犯とは……アグウィ! お前も随分と落ちぶれたものねっ‼︎」
「……」
迷宮がありふれたこの迷宮国家ネルトワーグでは、国が最深部までを一通り調査してから一般公開となる。その為、迷宮へ潜る職業人は『探索者』と呼ばれる。
もしもこの国で『冒険者』と呼べる者がいるとするなら、それは迷宮刑の受刑者達のことかもしれないが……それは、最上級の嫌味だ。
それにしても彼、A級だなんて……S級に次ぐ、高位ランカーよ? そんな実力者が、少女を攫おうとするなんて……。
そういえば、話の感じからして、ターニャって一体、何級かしら?
「おや? いつも一緒だった相棒は? ははっ、ついに見捨てられたか」
「そ、それは……」
ターニャの挑発で、彼があからさまに狼狽え、口籠る。相棒?
バタバタバタバタバタバタバタッ!
今度は幾人もの足音が聞こえてきた。どうやら他の使用人達もこの木の下に続々と到着したようだ。
「侵入者め! 許さーーん!」
「風で薙ぎ倒すか!」
「おい、止めろ! お嬢様があの中にいる!」
「何っ⁉︎」
彼等が口々に声を上げる。
それが私の耳に聞こえているのだから、隣の彼にも当然届いているはず。ちらりと見上げると……気の毒なほどに真っ青な顔だ。
虚な目、潤いを失ったそのカサカサな唇を震わし、アグウィが声を振り絞る。
「ひ、人質がいるぞ。こ、この子の命が惜しければ、は、離れろ!」
懇願するようにも聞こえる、上擦った声。私の目から見ても、ここから逃げられる可能性は限りなくゼロに等しい。
だが、セレスティーナ嬢を何よりも大切にしている使用人達にとって、彼の言葉は十分な牽制となったようだ。皆、動きを止めている。
膠着状態は体感、数分……実際は恐らく十数秒。
………………
ヒュゥッ!
それは刹那……冷たい風が、枝葉の間を吹き抜けた……と、思った瞬間!
ピキピキピキピキピキピキッ! パリーーンッ!
「「なっ⁉︎」」
一瞬にして周囲の葉が凍りつき、それらが極小サイズへと砕け散る。キラキラと太陽光を反射させながら、空気中を舞う光景……こんな状況なのに……ただ、綺麗だと思った。
結晶サイズの微細な氷粒なら、セレスティーナ嬢が怪我しないだろうと判断したのね。しかも木だけを狙って……コントロールが流石です! ……って、喜ぶな、バカ。
開けた視界から眼下を見遣ると、魔法杖を構えた美しい彼がそこにいた。
「セレナーー‼︎」
「ふふーーふふふーー!」
ヴォレーク様により、伸びた枝木は丸裸にされ、私とアグウィの二人が大木の上で露わになった。
私の無事を目視で確認して、使用人達が歓声を上げる!
「お嬢様ーーーーっ‼︎」
「良かった〜〜!」
「流石は坊ちゃまだーー!」
するとヴォレーク様は、視線を私達から離すことなく、使用人達に声を掛ける。
「客人はソファで眠らせている。昨日、一睡もしていなかったようだ。すまないが、対応を頼む」
「「「はっ!」」」
彼の指示に従い、数名がこの場を離れる。
テレーズお兄様……眠っているのね。良かった。心配かけてごめんなさい。私、てっきり嫌われていると思っていたのに……あの厳しさは、お兄様なりの愛情の裏返しだったのかしら?
………………
兄との思い出がぶわっと頭を過ぎったが……無骨な彼の言葉・表情・態度から、私への慈愛は全くといっていいほど読み取れなかった。皆無!
いやいやいやいや、片鱗も見えないわよ⁉︎ 想像するなんて無理でしょーー⁉︎
私がぐるぐるとそんなことを考えていると、こちらの怒り心頭なお兄様が声を荒げる!
「その抱えた手を離して貰おうかーー‼︎」
「ひっ‼︎」
アグウィが泣きそうな顔で小さく悲鳴を上げる。私ですら、驚きでビクッと身体を揺すった。
ヴォレーク様が本気で怒っているの……初めて見たわ。魔力オーラの感じ取れない私でも、彼の後ろに夥しい数の氷の棘が突き出ているような幻が視えるわ。
こんな剥き出しの感情を直接ぶつけられたら、たまったもんじゃないわね。だんだん、この誘拐犯が可哀想になってきた。
「お、俺ですら、最近のセレナは抱っこさせてくれないのにーー!」
「えっ⁉︎」
「……」
ヴォレーク様。この状況において、その発言は……緊張感がガクッと欠けてしまいますよ?




