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『私の心は貴方のモノです』と告げたら、婚約者様に心臓を串刺しにされました……なぜ⁉︎  作者: 枝久


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16/25

16.お喋りな侵入者。

 偽ターニャの浮かべたその笑みが、私の問いへの答えだ。


「あ……」


 全身からみるみる血の気が引いていくのが分かる。目の前にいるのは、セレスティーナ嬢を狙う敵。堂々とこのお屋敷に乗り込んできたのか⁉︎ なんて大胆不敵……それは、相応の実力者であるという、この者の自信の表れか。


 脳裏にパッとターニャの笑顔が浮かぶ。彼女は……一体どこに?


「ターニャ……」


 地面に倒れてぴくりとも動かない彼女……という、最悪な想像がふっと頭を(かす)める。

 途端に、私の全身がブルブルと震え出した。それをなんとか抑えようと、歯を食い縛り、拳を握り締め、身をぎゅっと固くする。


 すると、偽者は三日月のように目を細め、ゆっくりと口を開いた。


「安心しなよ。本物は殺しちゃいない。ちょっとこの服を借りただけさ」


 私の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのない()の声! 


「なっ⁉︎」

「おっと。セレスティーナ嬢、お静かに……」


 自分の唇にそっと人差し指を当てながら、男は反対の右手をくるんと回す。すると、どこから出現させたのか、指先に何か小さなモノを(つま)んでいる。何? 黒い……丸玉?


 すると、彼はその指先にぐっと力を込めた。


 パキッ!


 軽い破砕音が鳴った、次の瞬間……細い触手のようなものがその手から一気に飛び出し、(うごめ)き……それらの先端が一斉に私へと向かう!


「⁉︎」


 しゅるしゅるしゅるしゅるーーっ!


 こ、これは……草の(ツタ)⁉︎ まるで意思を持つかのように私へと絡まり、口と手首に巻きついた直後、それが猿轡(さるぐつわ)手枷(てかせ)に変わった!

 この男……植物を操る『土』魔法の使い手か⁉︎


(さと)い子供は嫌いじゃないぞ」


 そう言うと、ワゴンの下段から、身動き取れない私の身体をひょいっと引っ張り出した。抵抗しようにも、非力な少女の身体では身じろぐことしかできない。


「無駄な抵抗は止めておきな。疲れるだけだよ」

「……」


 丸まる私を運搬荷物のように小脇へ抱えると、男はメイド服のスカートを持ち上げながら庭を走り抜ける。通り過ぎる際に鳴る草の音が、この者の気配を隠す手助けをしているような気がした。

 

 それにしても、グラシース侯爵家のお庭……広いわね。うちの三倍はありそう。さっきのワゴンで、既に建物の外まで運び出されていたのか?


 抱えられたまま、ちらりと上を見遣る。


 この男は暗殺者……ではないのか? そうだったら、とっくに私は殺されているはず。縛られてはいるが、その部分も痛くはないし、(むし)ろ、丁重に扱われているようにも感じる。誰かの命令で動いてるのは明白だ。そして、セレスティーナ嬢の拉致(らち)が目的なら、今、下手に動いて怪我するのは得策ではないな。


 ドクドクと脈打つ心臓の音が、精神をネガティブ方向に傾けようとしてくるが、それに(あらが)い、なんとか冷静さをキープする。男の手から逃げ出す隙を、けして見逃さないように……。


「ごめんな、怖がらせるつもりはなくて……本当は君のこと、眠らせてから運びたかったんだけどさ。病気を抱えた子に眠り薬を使うのも、なんか怖いじゃん?」


 聞いてもいないのに、ペラペラとよく喋るなぁ……この男は悪い人ではないのか? 

 いやいや、誘拐犯なのだからそれだけで十分だろう! 私は騙されやすいんだから、もう引っかからないぞ!



 ピタッ!


 走っていた男が、屋敷の敷地周囲を囲う高い柵を前にして、急に立ち止まった。


「さ・て・と……いけるかな」


 ぼそっと独り言を呟いてから、彼はそっと右手を大地についた。その手に力が込められたのか、手背にボコッと青筋が浮かぶ。

 魔力を大地に送り込んだのか⁉︎


 パキィィンッ!


 だが、拒絶の音と共に小さな火花が大地との接触面で散り、彼はバッと手を引っ込めた。魔法が……弾かれた⁉︎


「ちっ! 駄目か……くそっ!」


 今の魔法……うちの庭師、オズじいが使っていたのを見たことがある。たしか、畑を耕す時に使用していた。自分の属性魔法だったら、イメージするだけで具現化できるし、他属性でも魔石を埋め込んだ魔法具や杖を媒介すれば、威力の程度に差はあれど展開や増幅が可能だ。

 

 ん? ってことは……地面に穴を掘って、屋敷から抜け出ようとしたってこと? なんでわざわざそんな面倒なことを? 逃げるなら、普通に柵を越えるか、門から出る方が早いんじゃない?


「本気でイカれてやがるぜ、この屋敷……はぁ、仕方ない。中に戻って転移魔法陣を探すしかないか」

「?」


 溜息を吐いた彼を不思議そうな顔で見上げると、男も眉を(ひそ)めて視線を返してきた。


「ん? お前、何も知らないのか?」


 私は正直に、こくんと頷いた。


「グラシース侯爵家の邸宅は、巨大な防御魔法陣の上に立つ屋敷だ。侵入者を阻む柵、上空を覆う見えない天井、地面も魔法を弾く……迷宮(ダンジョン)の方がまだ攻略しやすい。ここはまるで要塞だ、よっと!」


 言いながら、男が拾い上げた小石を、空に向かって高く投げる。すると、青空の途中でカンッという音を鳴らし、小石が粉々に砕け散った。それが塵となって降り落ちる。


「な?」

「⁉︎」


 男の言葉で、この屋敷に来て(いだ)いたいくつかの違和感に、頭の中で一つずつ説明がついていく。


 セレスティーナ嬢の部屋の窓、ガタガタ動かしても全く開かなかった。彼女を何かから護る為に、空気の入れ替え時以外の開閉を制限しているのだろう。


 来客へのおもてなしの不手際は、そもそも、客人を屋敷内へ招き入れること自体、滅多にないのかもしれない。


 執事ではなく、ヴォレーク様ご自身が玄関を開けに行ったのは、扉に彼しか解けない魔法錠が掛かっているからか……あれ?


「ふんふ、ふふふふふ?」

「あ? 『何で入れたの?』って? そんなの、従者のフリして堂々とフレイブ家次期当主野郎の後ろにくっついていったんだよ」

「‼︎」


 来賓室で、ターニャと同時に退室したのはこの男か!


「あいつら、お互いの家令の顔なんて知らないみたいだったからな。『この男は、そちらの使用人ですか?』なんて、わざわざ口に出して聞く野暮(やぼ)なこともしない。執事っぽい爺さんのフリして、堂々としてりゃ、かえって疑われないんだよ」


 私は思わず呆気に取られてしまった。隠そうとするほど悪目立ちし、そこに当たり前にあると意外と見えてこない……だが、人前でそれを実践できる彼の度胸には恐れ入る。この男は変装が得意なのか?


「ここの使用人達は、屋敷の出入りに転移魔法陣を使っているらしいからな。どこかにそれ用の部屋が……」


 そう言って、男が屋敷の方向へ(きびす)を返そうとした瞬間、けたたましい警報音が辺りに鳴り響いた!



 ビーーーービーーーービーーーーッ‼︎ 


「くそっ! 早えぇっ! もうバレたか⁉︎」


 さっきまでの涼しい表情が一変し、ターニャと同じ顔に、焦りがハッキリと浮かぶ。急ぎ、駆け出そうとした彼の足が……ビタッと止められた。


 カッ、カッ、カッ、カッ、カッ‼︎


「ちっ!」

「‼︎」


 見ると足元の地面に、ナイフが突き刺さっている。飛んで来た方向に目を遣ると、そこには一人の女性が立っていた。

 

「ふんふーー!」

「このナイフ……お前……まさかとは思ったが、『神風(しんぷう)のターニャ』か?」


 私達の目の前にいたのは袖無しの上着に、短パン、フリフリなタイツと黒ブーツを履いた侍女ターニャだった。格好に統一感がないのは、メイド服をこの男に奪われたせいね。

 下着に近い格好だが……私の視線は、別な意味で彼女の露出した肌に釘付けとなっていた。あらゆるところに数多の古傷、その太腿には装着したナイフホルダー。そこに幾本ものナイフが収まっている。


 ここの使用人達は貴族家出身じゃない。迷宮探索者達の中から、戦闘能力の高さで採用されたのだろう。礼節よりも防御に全振りした、屋敷を護っている強者ども。


 ……ってか何? ターニャのその二つ名⁇


「油断した。よくもやってくれたわね。私も思い出したわ、お前……『 豆蒔(まめま)きのアグウィ』だな? さぁ、お嬢様を返してもらおうか!」

「そ、その名で呼ぶなぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ‼︎」


 ターニャの言葉に、男が真っ赤な顔で絶叫する。


 ………………


 え? こっちの二つ名は、絶妙にダサいわね。

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