15.来客。
お屋敷入り口の真正面、立派な中央階段の陰に潜み、ターニャと私はそっと来客の様子を伺う。彼女曰く、先触れのない訪問客があった場合、セレスティーナ嬢はいつもこうなのだそう。
好奇心の塊な少女……まぁ、それも仕方ないか。持病を抱えて屋敷の外に出ることが無ければ、日常の些細な変化すら、ちょっとしたお楽しみイベントだ。
「さて……今日は一体、どなたかしら?」
ワゴンと階段側壁の間にしゃがむターニャがぼそりと呟いたが、この位置からでは相手の顔は見えない。まぁ、布で360度視界を覆われてる私は、どのみち音だけで推測しないと……掌をぎゅっと握り、耳に意識を向ける。
すると、天井の高い玄関ホールは小さな音をも拾い、辺りにそれを響かせる。応対するヴォレーク様が発したお相手の名前も、はっきりと私達の耳に飛び込んできた。
その彼の名前を聞くやいなや、『なっ⁉︎』っと小さな悲鳴と共にターニャが飛び上がる!
その勢いのまま場を離れ、急ぎ調理場へと寄り道してから、廊下を猛ダッシュ!
「お茶出しは、私が行くわーー!」
「えっ! ちょ、ちょっと、ちょっとーー⁉︎」
ガタゴトガタゴトガタゴト……キキーーッ!
暴走ワゴンを運転しての先回り。私からは見えないけれど、たぶん何食わぬ顔で、お客様とヴォレーク様を来賓室にてお待ちする気ね、ターニャ。
そんな彼女に運ばれた給仕用ワゴンの下段、白いカバーに覆われた内側で、私は一人混乱していた。
「うっぷ……」
ターニャ、運転荒いわよ。車酔い一歩手前。あ、ちょっと、き、気持ち悪っ……うえっ、さっきの朝食が迫り上がってきそう。で、でも……グッジョブ!
なんとか、言葉やその他諸々の危険物が漏れ出ないよう、両手で口を塞ぎつつも、目を閉じ、私は己の聴覚を研ぎ澄ます。
だが、私の集中を邪魔するのは、湧き上がる疑問……なぜ……グラシース侯爵家に彼が訪問してきたのだ?
面識があるとは一言も聞いていない。
バタンッ!
「どうぞお掛けください、テレーズ殿」
「あ、あぁ……」
コツコツ……トサッ……
カチャッ……コトッ……
ヴォレーク様に促され、なにやらソワソワした様子の来客がソファへと着座する。それを確認してから、ターニャがお茶を注いだカップをテーブルに置いた……ようだ。私からは見えない。
この部屋に通された人物を、私はよく知っている。テレーズ・フレイブ次期伯爵……そう、私の兄だ。
ターニャが嬉々として速攻動いたのは、セレスティーナ嬢が、私を好意的に思ってくれているからだろう。その実兄がお屋敷に尋ねてきたのだ。ライザのマル秘情報が得られるかもしれない特等席に愛しいお嬢様を置きたいのは、彼女なりの献身的な計らい……なのかもしれない。
というか、グラシース侯爵邸内で、私はどう認識されているのだろう? 我がフレイブ伯爵家ではこの婚約は秘匿としている。こちらでも使用人達に『坊ちゃまの婚約者』とは知らせていないはず……だけど、額縁立てに、何者かも分からない貴族令嬢の姿絵があんなにいっぱい置いてあって……皆、変に思わないのかしら?
「彼と話がある。下がってくれ」
「はい。ご用意ができ次第、また後ほど運ばせて頂きますわ。失礼致します」
「失礼致します」
パタンッ……
ターニャが退室し、扉が閉まる音……あら? 部屋にもう一人いたの? グラシース侯爵家の使用人の誰かかしら?
まぁ、急な来客じゃ、そりゃ慌ただしくもなるわね。お兄様が約束無しの訪問だったからか、それとも、彼女のお茶出しが超フライングだったからか……お茶と同時に提供するはずのお茶請けが間に合わないなんて、珍しいことだ。
そんなことをぼんやり考えていると、兄テレーズが口火を切った。
「ヴォレーク殿、先触れも無しにすまない! だ、だが……大変なんだ!」
「いや、それは別に構わないが……テレーズ殿、一体、何があった⁉︎ そんなに慌てて……」
え……? あ、あの兄が……慌てる?
テレーズはいつも暑苦しいくらいに熱血漢で、ドンと構えている男だ。多少のことではたじろがない。
それと比べ、これといった取り柄のない私は、昔からよく彼に叱られた。『お前は気合いと根性と自信が足りない!』と……。
丁度、婚約が白紙になって、気力を失っていた頃の私にとって、その言葉が追い討ちで……兄への苦手意識が強くなり、屋敷での会話は極端に減った。
ちなみに、学院の先生に私の居残り課題を進言したのもこの兄だ。両親は王都と領地の二拠点生活で忙しく不在がち。どうしても家では使用人に甘やかされる私に、やたらと当たりが強く、とても厳しかった。
きっと出来損ないな自分の妹を、人生の汚点のように思っているのだろう。
そういえば、セレスティーナ嬢の部屋、バスケットの中にあった魔石の中に、武骨な結晶石があったっけ。私が課題で作ったモノに似てたわね。懐かしい。
魔石は大きく分けて、三種類に分類される。天然結晶石と人工結晶石、そして加工石。迷宮で採れるのが天然物、魔力コントロールにて作成するのが人工物、空の魔石に魔力を注入したのが加工石だ。
繊細な作業が不得手な私は、結晶石作りが大の苦手だった。不均衡だし、小さくエネルギーを凝縮するのが難しく、初めて作った結晶石は私の頭蓋骨くらいの大きさになっちゃったっけ。
ヴォレーク様に頼まれ転送していたのは、加工石タイプ。こちらは、力を込めすぎて石を割らない限り、綺麗な規格サイズで統一できる。
ガタンッ! ガチャンッ!
「⁉︎」
突如、大きな音が部屋に響く!
急に立ち上がって、テーブルに足でもぶつけたのかしら? あら、案外ドジなのね、お兄様。
「ライザが……誘拐された!」
………………
は?
兄の口から出た言葉に、思わず声が出掛かって、私はなんとか飲み込む。そして、面と向かって言われたヴォレーク様も、私と同様に驚きを隠せていない。
「テ、テレーズ殿! それはどういうことだ⁉︎」
「昨日、ライザがいつまでも部屋から出てこないのを不審に思い、侍女が扉を開けたら、中はもぬけの殻! しかも、室内が物色されたように酷く荒らされていて……」
………………
あぁ……大量のドレスをベッドの上にぶち撒けたままで転移魔法陣に乗っちゃったからね。浮かれ過ぎてて、後先のことを何も考えてなかったわ。今回のが、私にとって初めての無断外泊だが……残念なほどに、色気がない。
「あ、えっと……それは……」
ヴォレーク様も、『それは自分が贈った魔法陣のせいですね。どうもすみません』……とは言い出せない雰囲気だ。
「一晩中駆けずり回り、方々を必死に探したのだが……私にはもう手立てがなく……貴方が妹を護ってくれていたのに……わ、私は……もしもライザに何かあったら……」
「とりあえず、テレーズ殿。落ち着いて……涙を拭いて……鼻もかんでください」
なっ⁉︎ 万年不機嫌顔を崩さないお兄様が……泣いて……は、鼻水を垂らしている⁉︎
信じられない! そんなことって……私のことを……心配してくれているの?
……ん? ってか、そもそもその誤解の原因が、目の前にいるヴォレーク様だと思うんですけど⁉︎ 今のうち、早目に自供した方が身の為ですよ? うちの兄を怒らせると、それはそれはもうすんごい怖いですからね‼︎
コンコンッ! ガチャッ!
ゴロゴロゴロゴロ……
「お待たせ致しました」
「あ、あぁ……そこに置いておいてくれ」
二人の会話を中断させるワゴン車輪の音……さっき言っていた、客人用のお茶菓子を運んできたのね。
「では、失礼致します」
カチャッ……ガタンッ! ゴロゴロゴロ……
「⁉︎」
おっと……急に、私の乗ったワゴンが動き出した。今、運び込んだ軽食のワゴンと入れ替えたのか? まぁ、あまり長居して全部を盗み聞きするのは、礼儀として良く無い。その辺、一応はきちんと常識があったのね、ターニャ。
バタンッ……
ガタゴトガタゴト……ドンッ!
「ひゃっ!」
さっきよりもゆっくりなスピードなのに、揺れる揺れる……って、あれ? 絨毯の上とは、別な道を通ってるの? お部屋に戻るんじゃ無いのかしら?
ガコンッ!
「セレスティーナ様」
「‼︎」
少し揺られた後、今度は急にワゴンが停車し、下段の目隠し用の白い布がパッと捲られた。暗闇に慣れていた目が光に戸惑う。
眩しさで、目を細めた私の視界に、見慣れた侍女が覗き込むようにひょこっと顔を出した。
「ター……ニャ?」
………………
いや、違う……本能が……セレスティーナ嬢の身体が、そう告げる。
これは……ターニャじゃない! そうだ、彼女はたしか私のことを『お嬢様』と呼ぶ!
「あなた……誰?」
「……」
私の問い掛けに、ターニャの顔をした別人は、ニヤリと口の端を歪ませた。




