14.お転婆なお嬢さん。
ゴロゴロゴロゴロッ……
ザックスの診察が終わるのと入れ違いに、ワゴンに乗せられた朝食が部屋に運ばれて来た。
セレスティーナ嬢付きの侍女ターニャがそれを手際よくテーブルに並べてくれたので、私は静かに着席し、ふうっと深呼吸をした。
まだ……彼との再会に、波立った心が鎮まらない。でも、とりあえず……今はしっかり食べ、頭に栄養を送って、それから考えよう。
別に、お腹がペコペコで、いい匂いに誘われたからじゃないわよ? それにしても、あぁ……安定の美味しさ。このスープのレシピを是非、教えて欲しいわ!
名残惜しく最後の一口を頬張った瞬間……廊下を誰かが走る音が室内にまで響いてきた。
バタバタバタバタッ……コンコンッ! バターーンッ!
「「「セレスティーナ様! ちょっと、どうにかしてくださーーい!」」」
「へ?」
派手な音と共に扉が開き、使用人達が数人まとめて、室内に駆け込んできたのだ。すると、私の後ろに控えていたターニャが仲間をキッと睨んで窘める。
「こら! お嬢様の食事中に失礼でしょうがーー!」
「で、ですが……体調がよろしいのなら、なぜいつものように食堂に来て下さらないのですか? 坊ちゃまがこの世の終わりのような顔で……」
「こちらの業務に支障が出るんですけどーー!」
なるほど。セレスティーナ嬢はずっと部屋に閉じこもっているような物静かタイプのお嬢様ではないのか。体調次第では、屋敷内を移動しても問題ない……なら、この屋敷の何処かにあるであろう私の身体を探しに行くことも可能か? 窓からこっそり抜け出ようとも考えたが、開かなかったので諦めていたのだが……。
それにしても……使用人を困らせるくらい、ヴォレーク様の生活の中心は妹ちゃんなのね。私は本当に彼のこと、何も知らないや。
私にも兄がいるが……こんな風に、妹の振る舞いに一喜一憂するなんて見たことがない。小さい頃はそれでもまだ揶揄ったり、可愛がってくれた気もするが……最近では、不出来な私のことを兄は疎ましくさえ思っている。
胸の辺りがジリッとひりつく。仲の良い兄妹に対しての羨望、それと……不満。
一応は婚約者である私にも、欠片程の関心を向けて下さっても……いや、止めよう。セレスティーナ嬢に嫉妬しても、何にもならない。ただ、醜く、虚しいだけだ。
私は口元をナフキンで拭き、身体を彼らの方に向け、ニッコリと微笑む。
「お兄様と、今、顔を合わせるの……嫌なんです」
「な、なんと……」
頼みの綱な私の返答に、全員の顔が仲良く真っ青に変わる。すると、互いにコソコソとなにやら耳打ちをし合い、一人が突然声を上げた。
「しょ、少々、お待ちをーー!」
バタンッ! バタバタ……バタンッ!
「?」
言うなり、慌てて退室した……かと思ったら、すぐにまた、その使用人が部屋に舞い戻る。が、その腕に銀のドームカバーで蓋をされた中身の分からないお盆を抱えてきた。
「で、では……お嬢様、どうかこれを!」
そう言いながら、彼がお盆上のカバーを開ける。
カポッ!
「まぁ!」
丸盆の上には、ふくふくと肥満気味な白ウサギが一匹、でぶんっと座っていた。だが、ウサギは見た目とは裏腹にピョンッと床へ飛び降りると、私の元にピョコピョコと寄って来る。そして、膝の上に跳び乗ると、その姿を手紙に変えた。
「まぁ!」
私の部屋には、白鳩の姿で飛んできたっけ……ということは、これはヴォレーク様の魔法。室内の様子を伺いに、また廊下の隅にでも立っているのかしら?
ふっと手元に視線を落とす……が、やけに分厚い手紙ね。一体、何枚の便箋を折り曲げ、封筒に突っ込んであるのかしら? 仲直りの謝罪文? ライザを連れて来れない言い訳の羅列?
妹にはこんなギチギチに詰められた熱量の手紙、か……私に届く痩せっぽっちな白鳩の手紙との違いに、また悲しくなってしまった。
勝てるはずのない相手と自分を勝手に比べ、卑屈になって……私はこんなに心が狭かったなんて……。
「お嬢様!」
使用人達に開封を促されるが……そもそも、これはセレスティーナ嬢宛の手紙だ。私、ライザに読む資格はない。
「手紙……今は、読まないわ」
「なーーっ⁉︎」
「お、お、お、お嬢様が怒ってらっしゃる!」
「しょ、少々、お待ちをーー!」
バタンッ! バタバタバタバタ……バタンッ!
またしても、使用人が廊下に飛び出ては、蓋をされたお盆を運んできた。今度は何?
カポッ!
パァーーーーーーーーーーーッ‼︎
「えっ? えっ? わぁっ……」
ドームカバーを開けた瞬間、キラキラとした魔法粒子が室内に勢いよく飛び散り、天井を一瞬で星空へと変えた。
幻影でできた可愛らしい妖精が部屋の中を飛び回り、羽を動かす度に小さな光が生まれては弾ける……見たことのない夢のような光景! 転移魔法陣の消え去る瞬間よりも、百倍は派手ね。
「す、すご……」
だが、私の口から漏れ掛けた感嘆の声を掻き消すように、ターニャが扉外に向けて吠えた。
「坊ちゃまーー! また、これでお嬢様のご機嫌取りですかーー? 『いつもいつも子供騙しが通じると思うなよーー!』って、前回、お嬢様がブチ切れたのをもう忘れたんですかーー?」
………………
え? セレスティーナ嬢って……そんな感じの子なの⁉︎ それとも怒ると豹変? もしくは兄に対してだけ⁇
どうしよう。私のセレスティーナ嬢の演技、方向性に迷いが……。
ふっと、魔法粒子が空間に溶け消え、一瞬にして元の状態へと戻る。室内を見回し……この部屋が案外、殺風景な理由がわかった気がした。
兄からの贈り物攻撃の反動じゃないかしら? 可愛いぬいぐるみや花束で部屋中を埋め尽くすとか……絶対、色々やらかしていそう。
どんどん、私の中のヴォレーク様像がブレてきたが……とりあえず、私も廊下に向けて声を掛ける。『顔を見たくない』とは言ったが、言いたいことは言わせてもらおう。
「ねぇ、お兄様……これ、お義姉様には贈らないの?」
ちょっとだけ……希望を込めて聞いてみた。だって、見てみたいじゃない? 私への魔法の贈り物……どんなモノを披露してくれるのか、って。
「いや……彼女にするわけないじゃないか」
「っ⁉︎」
だが、扉越しで姿の見えない彼からの返答に、私の希望はあっさり打ち砕かれた。婚約者のライザには、少しの労力を掛けるのも無駄だというのね。
一人で期待して、落胆して……なんて惨めなのだろう。私は、手の中の分厚い手紙を思わずぎゅっと握り締めた。
リィィン……ゴォォォォーーン‼︎
「えっ⁉︎」
その時、突如、屋敷中に重低音が響き渡る。これは……もしかして、来客を告げるチャイム? まるでサイレンだ。
「あら……お約束の無いお客様ね……」
「ターニャ? 皆?」
途端に空気が変わる。緊張の糸が周囲にピンと張られたような……これは一体?
タタタタッ……
廊下からは、足早に場を立ち去る音。ヴォレーク様が直々に、出迎えに行くのか?
ザッ!
「「「失礼します!」」」
「⁇」
使用人達も私に敬礼すると、素早く退室する。それは、まるで長年訓練された軍隊のよう……。私はあまり他貴族家との交流があるわけではないので『普通』が分からないが……それでも、グラシース侯爵家はどこか変わっている。
「はい! どうぞ!」
呆気に取られた私に向かって、ターニャがワゴンの下段を覆う白い布をぺらりとめくった。
「な、何?」
「何って……お嬢様、いつも来客があると様子見に、こっそりワゴンに隠れていくじゃありませんか」
「……」
あらあら……セレスティーナ嬢はなかなかにお転婆なお嬢さんなのね。もう、何から何までびっくりよ。




