11.正体。
不意に私の口をついて出た言葉……それを聞き、侍女と代診の先生が不思議そうに見つめてくる。
「お嬢様?」
「セレスティーナ様?」
「あ……」
ハッと我に帰り、私は思わず視線を床へと逃がした。
何を考えているのよ、私ったら……この先生が、ジャックリー様なはずないじゃない! 歳が私と二つしか違わないのに、医師という職業は年齢的にありえないでしょう⁉︎ 雰囲気や瞳が似てるってだけで先生の中に彼の面影を強引に探して……無礼にもほどがある!
あぁ……いくら現婚約者に裏切られたからって……今更、自ら思い出の中に封じ込めた元婚約者を懐かしむだなんて……身勝手過ぎて、本当、自分が嫌になる。
スッ……
「?」
自己嫌悪に陥り、俯いてしまった私の上に影がかかった。顔を上げると、私の目線に合わせるように先生がしゃがんで、じっと私を見つめてくる。
「……っ‼︎」
『逃がさない』……そう語るような二つの瞳に囚われた私は、目を逸らすことができず……すると急に、彼がニコッと微笑み、優しい声を掛けてきた。
「おはようございます、セレスティーナ様。私の顔をお忘れですか?」
「え……あ……」
ドクンッ!
その柔らかな声で、私の心臓が大きく跳ねる! この至近距離で改めて彼をじっと見つめると……やはり似ている。
髪型こそ違うが、声も顔もその優しい行動も、どれを取っても、私の記憶の中のジャックリー様と重なる。もしかして、遠縁のご親戚……とか?
ジャックリー様と最後に会ったのは五年前、入学式を三日後に控えた日だった……当時の彼がもし大人になっていたら、この先生のような素敵な男性に成長なさっていそうね。
そんなことをふっと考えたら、急に顔が熱くなってきた。
「おや、少し顔が赤いですね。こちらの椅子にお掛け下さい。お熱を測ってみましょうか」
「あ、えっと……」
「お嬢様、ザックス先生にご挨拶がまだですよ?」
ふいに、侍女がポロッと情報をくれる。ナイスタイミング!
「お、おはようございます……ザックス先生」
改めて、ペコリと頭を下げると、彼は静かに頷き、侍女を振り返る。
「では、これから診察を開始致しますので、終わるまで少々、扉の外で待機をお願いします」
「はい。かしこまりました」
パタンッ……
病気の詳細を口外させない為か、侍女を下げ、部屋の中には私と先生二人だけとなった。
キュッ……
私は思わず、口元を引き締める。
動揺していて、気に留めていなかったが……正直、これは予想外。あの二人が大事な大事なセレスティーナ嬢の元に、信頼の置けない人間を代わりに寄越すとは考えにくい。
このザックス先生は……どこまで事情を知っているのだ? 彼も共犯者の一人なのか? それとも……?
油断してはいけない。
………………
深呼吸をして、見失っていた冷静さを取り戻す。
大丈夫、大丈夫……私は今、セレスティーナ・グラシース侯爵令嬢……そう自分の中に、繰り返し言い聞かせる。
「はい。では、服の上から失礼するよ」
先生は私の内心など露知らず、手慣れた様子で聴診器を当てていく。
ゔっ! 心穏やかにいたいけど……き、緊張する! 勝手に駆け出すこのアップテンポな心拍を、自分で抑えることはできそうにない。
「おや、随分と脈が速いですね。昨日は眠れましたか?」
「は、はい……」
「目が腫れていますね、何かありましたか?」
「まぁ、色々……」
会話を曖昧に濁して……とりあえずこの場をなんとかやり過ごそう! 実際、この身体に不調は感じないから、お医者様の出る幕はない。
「体調は……問題ないですか?」
「えぇ!」
「そうですか……」
一通りの問診も終わり、聴診器を首に掛け、先生がニコッと笑う……よし! これで、無事に診察終わりね。
「だとしたら……一体なんなんでしょうね?」
「えっ?」
なにやら、含みのある言い方……まさか……私、疑われている? いや、そんな……考え過ぎだ。
緊張からか、全身の毛穴から汗がぶわっと噴き出す感覚。お、落ち着け……最初の迂闊なあの一言だけで、他にミスはない。中身が別人だなんて、気づくはずはない。そうよ、そんな飛躍した想像、普通できるわけないわ。大丈夫、大丈夫。
だって、どこからどう見たって、私はセレスティーナ嬢なんだから!
「ねぇ、ライザ……」
「⁉︎」
名前を呼ばれ、一瞬、息が止まった。
「……嬢と、セレスティーナ様はお会いしたことが……」
「ないですわっ!」
彼の言葉を遮るよう、前のめりに語気の強い言葉を返す。
び、び、び、びっくりしたぁぁぁぁーーっ! まさか、ライザの名前が彼の口から飛び出るとは思わなかった。
「せ、先生、なんで急に、お義姉様の名前を?」
「……お義姉様……ねぇ」
そう言うと彼は、姿絵の額縁立ての方にゆっくりと進み、その一つをそっと持ち上げる。
「まさか、ヴォレーク様と内密にご婚約までされているとは……ライザは私のモノなのに……」
………………
「え……まさか……本当に、貴方は……ジャックリー様なの?」
掠れた声が私の口から漏れ出た。
「そうだよ、ライザ」
そして彼は確信を持って、その名を呼ぶ。
「なっ! 何を仰ってるのか……私はセレスティーナです。行方不明になられた元婚約者様の名前を、単に知っていただけですわ。お、お義姉様のことは色々知ってるんですから!」
苦しい言い訳だが、一応の筋は通っている。彼が敵か味方か……どの立ち位置にいるか分からない以上、中身が私だと認めるわけにはいかない。
だが彼は余裕そうに、その顔に笑みをたたえていた。それがかえって得体の知れなさを増幅し、私の背筋を凍りつかせる。
「テレーズは元気かい? ライザの兄……」
「お会いしたことがありませんわ」
「じゃあ、ユノは元気かい?」
「そんな侍女は知りません」
「おや? おかしいな。私は侍女だなんて一言も言ってないよ?」
「あ……」
………………
暫しの沈黙の後、私はゆっくりと口を開いた。
「ど、どうして……私がライザ嬢だと思うのですか?」
まだ、認めるわけにはいかない。決定打がない限り、私は足掻く……つもりだった。
「簡単なことさ。私を『ジャックリー様』と呼ぶのは、ライザしかいないんだよ」
「?」
「私の本当の名前がジャックリーじゃないからだ」
そう言って、彼はニコッと笑った。




