10.思い出と再会と。
暖かな陽だまりの庭、ガーデンベンチにちょこんと座った小さなレディが、後ろに控える侍女に尋ねる。
「あのね〜〜ユノ。今日、ジャックリーしゃまとおあいしゅるんだけど、あたくし、へ、へんじゃないかしら?」
「ジャックリー? あぁ、ミュード伯爵家の……ふふっ、大丈夫ですよ。ライザ様はとても可愛いです」
これは……夢? 随分と懐かしい記憶ね……私が、セレスティーナ嬢よりも小さい頃かしら?
遠くに見える少年に向け、幼い頃の私が大きく手を振る。
「あ! ジャックリーしゃま〜〜!」
「相変わらず舌ったらずな喋り……僕のライザは本当に可愛いな」
近づき、優しく少女の頭を撫でるのは、婚約者ジャックリー・ミュード伯爵令息。
ミュード伯爵家長男として彼が生まれた際、『もし、フレイブ伯爵家に女児が誕生したら、二人を結婚させよう』と、私が生まれる前から、両家の間でこの婚約は決まっていたそうだ。
防炎手袋を嵌めた彼女の手を、そっと自然に繋いで庭園の散歩にエスコートする少年。不安で引っ込めようとする小さな手を、彼は絶対に離さなかった。
『火』属性の子供は魔力コントロールが不安定だ。本人に悪気はなくとも、相手を火傷させてしまうこともある。その為か、同年代で友人と呼べる存在も少なく、私の近くにいてくれたのは、兄と兄の婚約者、それとジャックリー様くらいだった。
「あ、あつくないでしゅか?」
「手袋のお陰かな? 大丈夫だよ。まぁ、ライザになら焼き殺されても構わないけど……」
「そ、それはダメでしゅ! がんばってコントロールしましゅから!」
「うん、応援するよ」
そう言って、ふっと柔らかく彼が微笑んだ。ジャックリー様の瞳は透き通る緑色だが、光の差し具合によって偏光でオレンジ色に見える。ご先祖様に時々、『火』属性の方がいたらしいから、その影響だろう。
彼が消息不明になって暫くの間は、毎夜毎夜、彼のことを夢に見た。幼い二人の仲睦まじい姿……幸せだった頃の思い出……そこから目覚め、もう会えない現実に絶望し、涙する朝……それを繰り返す毎日だった。
そういえば、ヴォレーク様をお慕いするようになってから……涙する日はなくなっていた。我ながら、私はなんて薄情な人間なんだろう。あれほど好きだった初恋の人なのに……。
◇◇◇◇
ピーーチチチチッ……
窓の外から、朝を告げるように小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「うわっ、酷い顔……せっかくの美少女が台無しね」
起床して、目がうまく開けられないことに驚き、慌ててドレッサーの鏡を覗いたら……鏡の中にいたのは、随分と酷い顔のセレスティーナ嬢。もはや別人だ。
昨夜、泣きながら眠りについてしまったせいで、瞼がパンパンに腫れている。
この顔を侍女に見られたら、心配で絶叫されそうだし、あの二人にも即報告される。出来れば、それは避けたいけれど……。
「それにしても、なんだか懐かしい夢を見た気がするけど……内容は忘れてしまったわ……ま、いっか。とりあえず、目元を冷やしたいわね」
昨日、室内を彷徨いて見つけてはいた。部屋の奥、小さな洗面台……あるにはあるのだが……蛇口がない。
「へぇ……うちの屋敷とは違うわね。なるほど」
グラシース侯爵家は『水』属性だから必要ないのだな。指を鳴らせば魔法で好きな時に『水』が出せる……便利ね。
我が家の場合は洗面台、浴室、トイレ等に『水』の魔石を利用している。自分の属性外の魔法は、魔石を利用すれば展開できるのだ。
火山系の迷宮を所有する我がフレイブ伯爵領は『火』の魔石販売と温泉観光業が収入の柱だ。『火』属性の貴族が少ない上、生活においては必要不可欠なモノ。お陰様で、永続的な取引契約によって莫大な収入を得ているのだ。
だが、困った。私の推測が正しければ、恐らくセレスティーナ嬢の病名は……『魔臓機能亢進症』だ。
この国の人間は、魔力を産生する臓器『魔臓』が生まれつき身体の中に備わっている。それは心臓に覆い被さるような形の器官なのだが、この病気の場合、魔力を過剰に作り出してしまうという機能異常をきたす。その為、栄養が身体の成長に回らない。この子の見た目は五歳くらいだと思ったけど、実年齢はもしかしたらもう少し上かもしれない。
対処法がなく、発病すると死に至る病だとされていたが、とある画期的な治療法が開発されたというニュースが、十年近く前に世間を賑わせた。それが……自身の属性を打ち消す逆属性魔石を心臓部に埋め込む手術法だ。
それを王国病院の研究機関と共同研究で確立し、初めての成功事例、その執刀医だったのは……ミュード医師。ジャックリー様のお父様だ。
私は医学に精通している訳ではないが、このニュースの記事は覚えていた。
セレスティーナ嬢の身体には、既に魔石が埋まっている。なのに、レイ医師は言っていた『手術がある』と……どういうことなのだろう? 一度目が失敗したのか? 分からない。
ライザの身体なら、指先に火を点す程度の魔法を呼吸と同じレベルで容易く扱えるし、セレスティーナ嬢の身体で『水』魔法を使うのも、たぶん少し意識を向ければ可能だと思う。
だが、病を抱える身体だ。たかだか顔を洗う為だけに『水』魔法を使用して、彼女の命を危険に晒すような愚かな真似はできない。
コンコンッ!
その時、扉のノック音が鳴った。私が起床した気配でもう参じたのか⁉︎ 凄い察知能力……まるで迷宮の探索者のようだわ。
私は溜息を吐きながら、そっと目元を押さえた。
「はぁ……仕方ない。怖い夢でも見たとでも言い訳しよう」
ガチャッ!
「おはようございます、お嬢様。今朝はレイ先生のところに急患が入ったそうで、代診の先生がいらっしゃってま……きゃっ! どうされました、そのお顔……」
「あ、えぇ、ちょっと、怖い夢を……」
言いかけて、私の動きがピタリと止まる。彼女の後ろに立っていた背の高い男性に、目が釘付けとなってしまったのだ。
窓から差し込んだ朝日が、彼の瞳を緑色からオレンジ色へと変え、妖しく輝かせる。とても珍しい、魅惑的な瞳。
重たい瞼で塞がれていた私の半開きの瞳が、驚きでカッと全開になる。
「ジャ……ジャックリー……様?」
その瞬間、私は元婚約者の名前を口にしていたのだった。




