閑話 アルバイトの山本君
今年も年末が近づき、駅は一気に慌ただしくなった。
帰省客、観光客、忘年会にクリスマス。
それに比例して利用者が増え、当然のように忘れ物と落とし物も増える。
その繁忙期に合わせ、短期アルバイトを数名採用した。
その中に、山本という青年がいた。
年は二十代前半。
地元大学の学生。
背筋を伸ばし、やけに自信ありげな態度が印象的だった。
面接の終盤、彼は少し声を落として、しかし誇らしげにこう言った。
「俺、霊感あるんで。変なの来ても任せてくださいよ」
また困ったのが来たな。
霊感だか何だか知らないけど……
年末に幽霊だのなんだの見えないものを相手にしてる余裕なんかないんだよね。
面接官だった駅長たちも、苦笑いしていたらしい。
だが、人手不足は深刻だった。
結局、他の条件に問題はなく、山本も採用された。
◆
初日から、彼はよく喋った。
特に女性職員に対しては距離が近く、
「俺、視えるんすよ」
「ここ、たまに出ません?」
などと、冗談とも本気とも取れない話題を振っていた。
相手が困ったように笑って距離を取ると、
彼はそれを「理解されない孤高なおれカッコイイ」と解釈しているようにも見えた。
私は内心、
余計なことを言ってる暇があったら、少しでも仕事覚えてくれないかなぁ
と思いながら、見て見ぬふりをしていた。
◆
アルバイトが始まって何日か経った午後。
私は山本に、拾得物の整理と保管室の棚卸しを教えることになった。
年末になる前に一回整理しておかないと置ききれなくなるのが目に見えていたから。
「今日は保管室の棚卸しもあるから、ついてきて」
「任せてくださいよ! 俺、こういう場所、得意なんで!」
こういう場所ってどういう場所?
得意って何?倉庫整理得意なの?
そう思いながら、同僚と連れ立って地下にある保管室へ案内した。
保管室は、駅の業務エリアのさらに奥。
白い蛍光灯が等間隔に並び、
金属棚が整然と配置されている。
棚には、期限間近の遺失物が並んでいた。
ビニール傘、ニット帽、手袋、読みかけの文庫本。
どこの駅にもある、ごく普通の光景だ。
空調はやや強めで、空気は乾いて冷たい。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……ここ、いますね」
山本が、低い声で言った。
「ネズミや虫?どうしようもないんだよねえ」
私が即座に返す。
「いや、反応あるんですよ。強めのやつ。俺が祓っときます」
「祓わなくていいから、棚の番号だけ読んで」
同僚も私も、いつも通りの保管室にしか見えていなかった。
◆
作業を始めて数分後だった。
棚番号を確認し、チェックリストに印をつけていると、
背後から山本の声が聞こえた。
「……ああ、来んなって。ほら、そこ。出てけよ!」
独り言にしては、明確すぎる。
「……誰と話してるの?」
私が尋ねると、山本は苛立ったように振り返った。
「だから俺に触んなって言ってんだよ!!」
触ってなどいない。
同僚も、数メートル離れた棚を見ている。
それでも山本は、
腕を振り払うような仕草をし、
何かを避けるように後ずさった。
「やべ、これ結構強いわ……! 俺でもキツい!」
「……山本君、仕事に集中して?」
私の声は、我ながら事務的だった。
「無理無理無理無理!!
なんで平気なんすか!?
ここ絶対ヤバいって!!」
山本の声が裏返り、呼吸が荒くなる。
◆
「うわっ!? 手首! 手首掴まれた!!
離せ!!」
山本は自分の手首を押さえ、
必死に振りほどこうとしている。
誰も掴んでいない。
彼は保管室の隅へ逃げ、
金属製の扉に背中をぶつけながら叫んだ。
「いやムリムリムリ!
本当にムリ!!」
顔色は青白く、目は焦点が合っていなかった。
そして――
「こんなんやってられっか!!」
そう叫ぶと、
彼は保管室を飛び出した。
窓口も通らず、
改札横を駆け抜け、
そのまま駅の出口へ消えていった。
私と同僚は、しばらく無言で立ち尽くしていた。
◆
「……戻ってこなさそうだね」
「どうしようか。上に報告しとく?」
頭を掻きながら同僚が聞いてくる。
「お願い。あれ整理しないと閉めるわけにいかないし」
山本が腕を振り回した拍子に、あちこちの棚から物が落ちてしまっている。
こればかりはすぐに片づけておかないと後々面倒なことになる。
「すぐ戻る」と言って事務所へ報告に行く同僚を見送り、
私は作業を再開した。
後で聞いた話では、
駅長は苦笑しながらこう言ったそうだ。
「霊感あるって言ってた子か。
まあ……いろんな人がいるな」
制服は返却してもらわないと法的処置も検討する。
そう留守番電話に入れたところ、
翌週、着払いで送られてきた。
◆
業務は何事もなく続いている。
保管室にも、収納品にも、異常はない。
棚は揺れず、物も落ちない。
蛍光灯の音も、空調の風も、いつも通りだ。
今日も、ただの保管室である。




