拾得物報告書 第73号 袋(布製)
昼過ぎ、回送車両の車掌が忘れ物を持ってきた。
傘、雑誌といった定番の品に混じって、一つだけ明らかに異彩を放つものがある。
「網棚に置きっぱなしになってたんだよ。持った感じ、多分紙だと思うけど……やたら重くてさ」
差し出されたのは、風格のある古い布袋だった。
持ち上げてみると、想像以上に重い。紙とは思えないほど、ずしりと腕にくる。
「確認しますね」
机に置き、袋の口をそっと開けた瞬間、古い紙と消えかけたインクの匂いが広がった。
埃の湿気をまとった、古い押し入れの空気のようだ。
中には、いくつものハガキ束がぎっしりと詰まっていた。
「重いわけだ」
車掌が納得したといった顔でうなづいた。
「触りたくないけど……確認しないとダメなんですよねぇ。」
思い切って一束を取り出す。
ハガキは黄ばんでいて、古い消印も押されている。完全に使用済みだった。
「……かなり古いものみたいですね」
裏返して、目が止まった。
◯◯◯◯ 儀
去る九月四日 享年四十八歳をもって永眠いたしました
生前賜りましたご厚情を深謝し
ここに謹んでご通知申し上げます
喪主 ◯◯◯◯
昭和五十四年九月
「……訃報、ですね」
同僚がのぞき込み、小さく息を呑んだ。
「昭和五十四年って……俺、生まれてないよ」
次の束も裏返す。
◯◯◯◯ 儀
去る六月十二日 享年九十二歳をもって永眠いたしました
生前賜りましたご厚情を深謝し
ここに謹んでご通知申し上げます
喪主 ◯◯◯◯
昭和三十三年六月
「……まさか、これ全部、訃報?」
三十束。全部五十枚ずつ。
ざっと見た限り、すべて訃報ハガキだった。
「故人の名前も全部違う……死亡日時も違う。消印までしっかり押してある……」
同僚が息を呑む。
――千五百枚の訃報。
「……趣味悪いコレクションだなあ……」
「いや、コレクションで済むの……?」
ふと引っかかることがあって裏面を見直す。
1枚。2枚・・・・・・・
「これ、全部喪主一緒……」
背筋を冷たいものが走る。
「どういうこと?」
「世襲とか? ……なにかこう何代目何とかみたいな……とか?」
自分でも無理があると気が付いたのか、最後は声がしだいに小さくなっていった。
とはいえだ。どれだけ気持ち悪いものでも遺失物。届いたからには処理しないといけない。
私は不気味さを押し殺し、受付票を書き始めた。
そのとき――
窓口の方で、勢いよく扉が開く音がした。
「すみません!忘れ物、届いてませんか!」
振り返ると、妙に明るい声の男が立っていた。
スーツ姿で、営業職らしい軽い身のこなし。人のよさそうな顔なのに、焦りで不自然に引きつっている。
「急いでたら網棚に置いちゃって……! 降りるとき『11時着で以後回送』って放送があったから、もしやと思って!」
「お忘れ物は、どのようなものですか?」
「古い布カバンです。中に手紙……いや、ハガキの束が。五十枚の束が三十は入ってるはずです」
――間違いない。あの訃報袋だ。
「こちらでお間違いありませんか?」
奥から袋を持ってくると、男の顔がぱっと明るくなった。
「これです! 本当に助かりました!ありがとうございます!」
「ご本人確認、させていただきますね」
「あ、もちろんです!」
本人確認を求めると、免許証と名刺を差し出す。
記載情報も本人の顔も一致し、形式上は何の問題もない。
「お礼に……ちょっとしたものですが」
「規定で受け取りは――」
「いやいや、お気になさらず。ほんの気持ちです」
制止する間もなく、男は鞄の中から十枚ほどを抜き取り、カウンターの上へそっと置いた。
「いざというときに、ご利用ください」
不自然なほど明るい声だった。
頭を下げると、そのまま出口へ早足で歩き去った。
呼び止めようとしたが、もう姿はなかった。
「……何だ、今の」
同僚が眉をひそめる。
「知らない人の訃報なんてもらっても……困りますよね」
私は置かれた十枚をめくった。
――裏面。他と同じ訃報の文面。同じ喪主の名。
故人として記されているのは、
駅長、助役、そして私。
のこりの数枚には駅務係や駅の事務スタッフなど、この駅に勤める人間の名前が並んでいた。
死亡日時欄はすべて空白。
ただし、駅長と助役の二枚だけ、没日が記入されている。
死亡日時は
駅長・助役とも四年後の四月十五日。
数字を見た瞬間、背筋が凍った。
「……これ、どうしよう?」
「いや聞かれても……本人達に見せていいもんなのか?」
同僚の声も、どこか震えていた。
いざというときって言われても……こんなもの、どう扱えばいいと言うんだろう。
同僚と相談の上、内容は告げずにただの『お礼の品』として駅長にもお伺いを立て、
規定通り、遺失物として扱うことになった。
四年後――
その時、駅長や助役がどうなるのか。
……知る由もない。




