拾得物報告書 第57号 定期券
その日、忘れ物窓口に届いたのは、古びた茶色の革の定期入れだった。
表面はすり切れ、角が少し黒ずんでいる。手に取ると、どこか懐かしい革の匂いがした。
中には一枚の定期券。
黄ばんだ券面には、次のように印字されていた。
《新汐野》⇔《䷀ヶ原》
100年9月30日まで
金額:¥180,000
昭和100年4月1日 ䷀ヶ原発行
ちょうど通りかかった駅長が、半ば冗談のように言った。
「いやあ、ジョークグッズですか?よくできてますねえ。
昔の定期は金額まで書いてあったんですよ。
今じゃ全部電子データ。味気ないもんです」
言いながらぺらりと裏返す。
「ん?裏は磁気面……? 表とはちぐはぐだけど、妙に本物っぽいな。
まさか偽造定期じゃないですよね?」
その指摘に、私はハッとした。
偽造の可能性は考えていなかった。
「……拾得物ですが、読み取りだけ行いますね」
駅員室の確認用端末に通す。
システムはICカードと共用だったころから更新されてないから、本物なら読めるはず。
予算のつかないのがこんなところで生きるとは思わなかった。
ピッ
正常に読み込む音がした。
「……この定期、生きてますね」
駅長の顔が険しくなる。
「偽造なら詐欺罪ですよ。履歴も全部確認しましょう」
駅員室がざわめいた。
私はいったん息を整え、端末の操作画面を開いた。
利用履歴照会のボタンを押すと、読み取りログが一覧で表示される。
……そこには、確かにデータが存在していた。
《䷀ヶ原》と《新汐野》間。
週に1~2往復づつ。
曜日も時刻もまちまちだが、いずれも正しい形式で記録されている。
エラーは一つもない。
「……この駅、どこにあるんだ?」
駅長が本社の照会端末でコードを検索する。
しかし返ってきたのは一行だけの表示だった。
「該当、なし?」
私は思わず問い返した。
「どういうことでしょうか」
駅長は画面を睨みながら、低く言った。
「当社の正規フォーマットで作られているのは確かだ。
本来なら、存在しない駅コードを読み取った時点でエラーになるはずなんだが……
今回はそれがまったく出ていない。説明がつかん」
私たちはしばらく無言で画面を見つめた。
存在しない駅からの入退場。
それがシステム運用開始からずっと続いている。
まるで、誰かが今も定期的に利用しているかのように。
結局、その定期券は本社へ送られ、詳細な検査に回された。
拾得物記録には、ただ一行。
「定期券」とだけ残されている。
毎日自動改札を通過していく無数の定期券――。
あの中に、実在しない駅の利用履歴が紛れ込んでいても――
自動改札は、それを正しい通過として処理してしまう。
存在しない駅名でも、
利用者が誰か分からなくても。
データさえ整っていれば、機械は疑わない。
今日も改札は音を立てている。
その向こうに、駅があるかどうかもわからないまま。




