拾得物報告書 第49号 装身具
夕方のホームは、帰宅ラッシュの始まりでざわついていた。
電車を降りた人波の中で、ひときわ大きな声が上がった。
若い男女が二番線の柱の前で言い争っている。
「もう無理だって言ってるの!」
「話を聞けよ!」
男が腕をつかんだ。その手を振り払う拍子に、ブレスレットがちぎれ、床に小さなものが転がった。
ハート形の金具に赤い石がついた、細い鎖。
その瞬間、空気が変わった気がした。
改札警備中だったが、思わず足が向いていた。
「すみません、通行の妨げになります。落とし物も……」
拾い上げて差し出すと、彼女は一瞬だけ目を伏せ、
「いりません」とつぶやいた。
男は小さく頭を下げ、それを受け取った。
「ありがとうございます」
そう言ってポケットに入れ、別々の方向へ歩いていった。
*
「今日、別れ話の現場見ちゃってさあ」
夜、忘れ物窓口の片づけをしながら、俺は相方に夕方の出来事を話した。
彼女は少し考えるように指を唇に当てると、今日の拾得物籠を持ってきた。
「夕方、ホームに落ちてたそうですよ」
個別に分けられた透明な袋の一つに、赤い石のついたハートのペンダント。
ブレスレットとペンダント。形は違うが、あのときのものと同じ石。
「これ、どこに落ちてた?」
「五番線のベンチ脇だそうです。最近流行ってるんですよ」
「そうなの?」
「けっこう高いんですよ。『一歩進んだ記念』に買うみたいです」
「高価?」
「ええ、一個二万円くらい。お互いに贈りあうんです」
「これが二万円か……ただのアクセにしては高いな」
――結んだ縁を固める『縁固めのアクセサリー』と宣伝されているらしい。
「縁結びじゃなくて縁固めは珍しいね」
「『逃がさない』って意思表示なんじゃないですかね?」
「うわ、そんな意味があるのか。怖い怖い」
「でも、けっこう売れてるみたいですよ。すぐ完売するからなかなか買えないとか。」
「へえ……」
拾得物票を見返すと、この一か月で同じ石を使ったアクセサリーがいくつも届いていた。
ブレスレット、イヤリング、ペンダント。形は違っても、どれも赤い石とハート。
「その値段をお互いにプレゼントできるなら、まあそこそこは続きそうだよな」
「ですねえ」
「女としては貰えるなら欲しいもの?」
「んー、相手によります」
俺を見ながら、いたずらっぽく笑う相方。――現金だな、おい。
俺は赤い石の袋をもう一度見た。
「縁固めとして売ってるんだろ? 値段もするし、なんで取りに来ないんだろ」
「そうですねえ、どこで落としたかわからなくて警察に届けてるか……それとも」
彼女は分類した袋を棚に戻しながら、淡々と続けた。
「片方だけ落ちて縁が切れた。……だからもう、どうでもよくなったとか。」
「怖いこと言うなあ…」
「縁が切れたから落ちたのか、落ちたから縁が切れたのか、どっちだと思います?」
「……ノーコメントで」
笑いながらも、俺の胸のどこかに小さな引っかかりが残った。
棚の上で、赤い石が蛍光灯を受けて、かすかに光った気がした。
俺は帳簿を閉じ、灯りを落とした。
暗くなった窓口に、静けさが戻る。
拾得物としての記録は済んでいる。
あとは、持ち主が取りに来るのを待つだけだ。
――来るといいんだがな。




