拾得物報告書 第41号 骨壺
窓口対応時間が終わったあとでも、忘れ物窓口にはいくつかの仕事が残る。
当駅終着の電車が回送になる前に、車内の忘れ物がまとめて届くからだ。
終点で乗客をすべて降ろしたあと、清掃員が一両ずつ確認し、異常があれば車掌へ報告する。
その確認を終えた車掌が、拾得物をまとめて窓口に持ってくる。
その整理が終わらないうちは、私たちの夜は終わらない。
その夜も、静まり返った駅舎に掃除機の音がかすかに響いていた。
私は日報をまとめかけていたが、ドアが開いて車掌が入ってきた。
無言で、三十センチ四方ほどの布に覆われた箱を差し出す。
「最終列車のシートの上に置かれていました」
小ぶりだが、正面と思われる側に飾り紐がついている。軽く上に引くとすっぽり抜け、中から桐の箱が現れた。
骨覆に華鬘結び。間違いない。お骨だ。
駅員以外なら驚くだろうが、実は『それなりにある』忘れ物だ。
大抵は翌日、真っ青な顔の持ち主が飛び込んでくる。だが、取りに来ないものも最近は増えている。
どちらにせよ、中身の確認は必要だ。もう一人の遅番職員と作業を始めた。
骨覆は新品らしく、汚れ一つない。桐箱にも何の記載もない。
「箱、開けますね」
封がされていれば開封の権限はないが、封のされていない容器は、落とし主特定のために最低限の確認が必要になる。
安全確認のため、最小限だけ蓋をずらして覗いた。
中には白い陶器の骨壺が納まっていた。蓋には最近の流儀なのか、没年・享年・戒名が書かれている。封紙は貼られていない。
恐る恐る骨壺の蓋を少し傾けても、何も見えない。
二人で顔を見合わせ、思い切って開ける。
――空、だ。
私はため息をつき、相方は「保管庫に置いておくよ」とてきぱき元に戻して運んで行った。
この仕事をしていると、何を見ても驚かなくなると言われるけれど――
それでも、こういうとき、隣に誰かがいてくれてよかったと心から思う。
記録票には「陶器入り桐箱」、備考欄に「中身確認・空」と書き足した。
*
翌日の昼、窓口に一人の男が来た。
五十代ほど、黒いコート姿。拾得物の控え票を差し出す。
「昨日、母を忘れまして」
淡々とした声だった。証言には路線・時間とも矛盾がない。
「特徴などございますか?」
「蓋に、享年と戒名が書いてあるはずです。戒名はこれです」
紙に書かれた文字は、昨日確認したものと同じだった。
私は台帳を確認し、棚の鍵を開ける。
桐箱は昨夜と同じ位置にある。
そっと抱え上げる。――重い。
昨日とは違う。確かに腕に『ある』と分かる重みだった。
男の前に箱を置きながら、私は言葉を選んだ。
「確認のためにお開けしますか?」
男は小さくうなずいた。
骨覆を外し、桐箱の蓋を開ける。
男がゆっくりと陶器の蓋を持ち上げた。
中には灰色の粉と、黒髪の束があった。
ふわりと、湿った線香の匂いが漂う。
男は中を見つめ、静かに言った。
「……母です。助かりました」
私は一礼して引き渡した。
控えの署名欄には私の名前がある。昨日、自分が書いた字だ。
その下に、新たに引取者の名が書き加えられた。
ボールペンのインクが乾く前に、男は深く頭を下げて去った。
*
残ったのは記録だけだった。
私は何度も帳簿を見返した。
昨日の記入は間違いなく「中身確認・空」。
相方も確認している。
――二人が中身を空と見間違えることなど、あり得るだろうか。
夜、日報をまとめながら、置いてあった控えの写しを手に取った。
紙の端に、昨日はなかった行が、増えていた。
> 内容物:遺骨一式
自分が書いた覚えはない。だが筆跡は、自分のものとそっくりだった。
帳簿に誤記は許されない。念のためにもう一度見直そうとした――そのとき、
文字は、もう消えていた。
翌朝、駅長が報告書を回収に来た。
「例の骨壺、どうだった?」
「持ち主が取りに来ました。」
私はそう答えた。
言葉に嘘はない。ただ、真実を少し省いただけだ。
駅長は安心したように笑い、書類を持って去っていった。
もう一度帳簿を見直す。
『中身確認・空』。私の記憶どおりだった。




