拾得物報告書 第33号 封筒
その日、お忘れ物取扱窓口に、分厚い封筒がひとつ置かれた。
届けたのは、スーツ姿の会社員風の男性だった。
「ホームのベンチの下に落ちてたんですけど……」
黄土色の無地の事務用封筒。マチ付きで、上からガムテープが封筒の胴をぐるりと一周していた。角に黒ずみがあり、手触りはざらついていた。
受け取りながら何気なく持ち上げると、隅々までみっちりと固い。
板のようだが、中が詰まっていて、空気の抜けないような硬さがある。
「なんでしょうね、これ?」
「書類じゃなさそうですね。お金だったりして」
「まさかぁ」
と笑い合ったその瞬間、カウンターの端から封筒がすべり落ちた。
鈍い音とともに、封筒の底が裂けた。
厚手の紙が耐えきれずに割け、ばらばらの一万円札がこぼれ出た。
思わず息をのんだ。
上司を呼び、すぐに確認。
破れた封筒の中身を、二人で慎重に数えた。
一万円札が二百二十六枚。端が少し折れたものが数枚混じっている。
枚数と金額を拾得報告書に記入し、再び封筒へ戻した。
破れた口はガムテープで補修のうえ「新汐野駅拾得物係」の封印シールを貼り、署名と日付を記入する。
警察への報告用に付箋を貼った――落下時封筒破損、内容物確認後再封入、録画記録アリ。
その日のうちに警察官が到着し、封筒と防犯カメラ映像を確認後、受領票に署名して持ち帰った。
それで終わる――はずだった。
――二日後の午後。
改札窓口に若い男性が立っていた。
「これ、落ちてました」
差し出されたのは、黄土色の封筒。
左上の黒ずみ、下辺の裂け跡、補修のガムテープ――見覚えがありすぎた。
さらに「新汐野駅拾得物係」の封印シール。
日付も、署名も、俺の字だった。
上司が低い声で言った。
「とりあえず警察に連絡だ」
俺は拾得物係に電話を入れた。
「先日、現金拾得でお引き渡しした封筒と同じものと思われる拾得物が、また届けられました。
封がしてあり、中身は確認していませんが、封印シールの日付と署名が一致しています」
受話器の向こうで、担当者が少し間を置いて答える。
「……確認しますね。日付は?」
「六月十二日。拾得者名は俺の署名になってます」
「なるほど。少々お待ちください」
紙をめくる音がした。
「ええ、その封筒なら、落とし主が来て返還済みになっています」
「返還済み、ですか」
「はい。免許証で本人確認済みです。間違いないはずです」
「……どんな方でした?」
「申し訳ありません、守秘義務がありますのでそこはちょっと……」
俺は受話器を握りしめた。
封筒は『返還済み』。
落とし主の手に戻ったはず。
それなのに、今、目の前にある。
一週間後、また別の人が封筒を届けてきた。
今度は主婦らしい女性が、「東口階段の踊り場に落ちてました」と差し出した。
封の上には、あのシール。六月十二日。俺の署名。
上司は黙って俺を見た。
俺は何も言わず、警察へ電話をした。
「同じと思われる拾得物がまた届けられました」
回収に来たなじみの警官に聞くと、二回目の封筒も落とし主が回収済みだという。
「……一応、上に報告しておきますね」
「そうしてもらえると助かります」
1カ月後、同一路線の高月台駅に勤める同期の山口から電話があった。
「『新汐野駅拾得物係』のシールが貼られた封筒が届いたんだが、何か知ってるか?」
俺は詳細を聞き、しばらく黙ったあとで答えた。
「警察に連絡してくれ。新汐野担当の人に繋げばわかるから」
山口は何か察したようで、「……そうか。情報感謝する」とだけ言って電話を切った。
その後の話は、聞いていない。
そのうち、誰かがまた拾ってくるだろう。
同じように、何も知らない顔で。




