8 告白
額に当たる唇の感触はすぐに離れた。
未優はあたしの頬に触れていた手も一緒に離した。口元はかすかに笑っていた。
あたしは混乱していた。
額にキスするのが証拠。それって、なんの証拠?
わけがわからなくなって、ただ聞いた。
「い、今のって、どういう……」
「わたし、男の人よりかわいい女の子が好きだから。だから彼氏はいらない」
未優はきれいな顔をかしげて、にっこりと笑った。
なんだか懐かしい感じがした。まるでずっと忘れていたものを、思い出させるような笑みだった。
あたしは……男だったときのあたしは。
未優のことが好きだった。
いや、好きなんていうのもおこがましい。遠くから彼女を見て、ただ憧れていた。
まだ子供だったから、具体的にどうしたいっていうのはなかった。ふたりで話したい。一緒に遊びたい。とかそのぐらい。
未優をかわいい、好きだっていう男子はいっぱいいた。
あたしなんかが好きっていうのも申し訳なくなるぐらいに。いわゆる手の届かない高嶺の花ってやつだ。
彼女は一人でいることが多かった。クラスの中心になって目立つようなタイプじゃなかったけども、そういう子からも一目置かれていた。
そこらの平凡な男子には、声をかけるどころか、近寄ることすらできない不思議な雰囲気があった。
本を読んでいる動作ひとつとってもおしとやかで、繊細で、儚げで……。
けどあたしが女になってからは変わった。
気づけば未優とも、気後れなく話せるようになっていた。
でもそれは異性としてじゃなくて、同じ女の子として、友だちとしてだ。
ずっと好意はあったけど、それがはっきり恋愛感情なのかはよくわからない。
それに彼女はもちろん普通に男子が好きなんだろうなって。それはないだろうなと思って、可能性を頭から消していた。
けどいま、未優は。
女の子が好きだって。彼氏はいらないって。
つまり恋愛対象は女の子ってこと?
それって、あたしと一緒ってこと?
ドクンドクンと脈が強くなる。心臓がバクバクする。
あたしにキスして、かわいい女の子が好きって……つまり今のって、未優なりの告白?
あたしに対する告白ってこと?
ってことは、ここで返事をすれば……。
「……あたしも、未優のこと……好き」
気づけば口にしていた。
まっすぐ顔を見てられなくなって、少しだけ目線を落として、続ける。
「ほんとは昔から、ずっと好きだったけど……俺、普通だったし。未優は俺のことなんて眼中にないだろうなって……。今は仲良しだけど、女同士だし……って思ってて、あきらめてて……」
顔色をうかがうように目線だけ上げた。
未優はまっすぐあたしを見ていた。優しい声で言った。
「みさき、わたしのこと好きなんだ?」
「うん……好き。大好き」
今度はちゃんと目を見つめて言った。はっきりと。
未優は微笑んだ。どきりとして、目が釘付けになる。
美しい。きれいだ。天使だ。女神だ。
この表情、もう返事を聞くまでもない。
最初からNTRなんてなかったんだ。
ちょっとケンカっぽくなってたのも、雨降って地固まるみたいな、つまり終わりよければすべてよし。
あたしたちは黙って見つめあった。あたしはただ、未優の次の言葉を待った。
やがて未優はあごに指先を当てながら、小さく首をかしげた。
「う~ん……でも、みさきはないかなぁ」
……え?
「な、な、なにがないって? そりゃあイチモツはついてないけど……」
「あのさ、さっきから『俺』ってなに? もしかして、またあたしは男だったとかいってる? この期に及んで。ふざけてるでしょ?」
「ふ、ふざけてないって。つい出ちゃうんだって! マジで、真剣だからこそ!」
昔からどれだけ好きだったかアピールをしたはずが裏目に出た。もうこれって、闇に葬ったほうがいいのかな。
あたし以外誰も信じないし、あたし自身よくわかんなくなってきたし。
「はぁ〜〜〜」
そして未優さんこれみよがしにため息。
「だめ。失格」
「え?」
「みさきがわたしのこと好きで好きでたまらないのはわかったけど。そういうノリはきらい。面白くないし、不愉快」
「いや別に、ウケ狙いとかじゃないんですけど!」
呆れ顔の未優が指先を突きつけてくる。
「いっとくけど、それだけじゃないからね? みきさ、いつも格好だらしないし、股広げて座るし。食べ方汚いし。パンツ見られても恥じらいないし。おっきいあくびするし。くしゃみするし。うちでトイレ入るときちゃんとドア閉めないのはなんなの?」
すべて事実である。反論しようにも反論のしようがない。
⋯⋯これってあたし、もしかして振られる流れ? 一人で舞い上がってとちった?
いやでも違う。そんなはずはない。
間違いなく脈アリのはずだ。フラグは立ってたはずなんだ。
これは最後の切り札だったのだが、いたしかたない。
「ちょ、ちょっと待った! そうはいうけど、未優、寝てるあたしに、き、き、キスしてたでしょ! 寝込み襲ってたでしょ!」