26
翌日、あたしは瑠佳と落ち合うべく駅前に向かっていた。
絶賛梅雨時期ということもあり、お昼前の空はご機嫌があまりよろしくない。
「はぁ~あ。雨とか最悪なんですけどぉ」
隣を歩く人のご機嫌もあまりよろしくない。
あたしはビニール傘を気持ち上げて反対に傾けながら、ぱらぱらと降る雨を遮る。
「今日一日雨だって、ねえ?」
何やら含みのありそうな顔で聞いてくる。
同じ傘の下、肩がちょいちょい触れる距離には、未優がいた。
そう、未優がいた。
昨日、目包丁で顔面を刺されたあたしは、「アッハイそうですね今すぐ瑠佳に断りを入れますね」とやろうとしたのだが、未優様は「約束したなら行けばいいじゃん」とおっしゃった。そして「じゃあ明日、迎えに来るから」とおっしゃられた。
ん? 後半おかしいな? と思ったけど、圧に逆らえなかった。
未優様のお言葉はすべてに優先される。
どうやら未優はあたしと瑠佳の約束に、自分のデートをぶっこんできたらしい。
その証拠に未優の格好はちゃんとよそ行きの服だ。
襟付き袖付きかっちりめのシャツにちょい長めのスカート。清楚系で決めてきた。
かたやあたしはいつもの薄手のパーカーにショーパン。スニーカー。動きやすうい。
「持つの代わる?」
未優は傘の持ち手を見て言った。
自然とあたしが召使ムーブをしていたが、代わってくれるらしい。
「いや、いいよ大丈夫」
しかしなんとなく引け目を感じていたあたしはやんわり断りを入れる。
これ以上不機嫌になられても困るし。
未優はちら、とあたしの顔を見ると、無言で持ち手を握ってきた。あたしの手の上から。
ピリピリムードから急にエモい感じになる。見た目だけは。
なお未優はずっと能面のような顔をしているので、なにをお考えなのかは読めない。
やめろとも言えず、二人で持ち手を握りながらしばらく歩く。
やっぱり未優は無言なので、あたしは耐えきれなくなって聞いた。
「あ、あの~……みんなの前ではベタベタするなみたいに言ってませんでしたっけ?」
「今日は学校じゃないからいいよ」
そうは言うが脇には車がたくさん通る車道がある。
駅に向かう歩道は雨とはいえそこそこその人通りがある。
もし学校の知り合いに見られたら一緒では?
と思ったが未優様理論ではOKらしい。
質問がお気に召さなかったのか、未優は持ち手から手を離してあたしを見た。
「だってどうせベタベタするんでしょ?」
「はい?」
「瑠佳ちゃんと」
なにか勘違いされているようだが、あたしたちにそういう他意はない。
昨日だってマックでポテトかじりながら、
「明日雨らしいねー」
「ねー」
「みさき明日さ、ヒマなら遊ぼうよ」
「ん、遊ぶっていっても、雨じゃん?」
「うちにマンガ読みに来る? ゲームやろうよ」
「あ、いいねー」
てな具合に決まった話だ。べつになんの問題もないやり取りのはずだ。これもちゃんと説明した。でも納得いってないらしい。
「だっていきなり家に誘うとか、さすがにどうなのって」
「いやいや、同性だよ? そこ間違わないで? だいたい瑠佳は、べつにそういう感じじゃないし」
「そういう感じってなに?」
言いにくいことをズバッと聞いてくる。
「いやその、友だちと遊ぶのも禁止とかってわけじゃないでしょ?」
なぜあたしの行動を制限されなければならないのか。
そもそもあたしたちって、今どうなってるの?
幼馴染なの? 友達なの? 恋人なの? ご主人様と下僕なの?
結局そのあたり、うやむやなままだ。
あたしは未優が好き。未優はあたしを自分の言いなりにしていじめるのが好き。
ちゃんとそうお互いの思いを伝えあったはずなのに。
……ん? なんだかお互いの思いとやらに重大な齟齬があるな。
関係性としてはご主人と下僕が一番近いようだが、もちろんそんなもの認められるはずがない。
「じゃあ遊ぶのはいいよ、百歩譲って。でも、もしそういう感じだったらどうするの?」
未優のそれはもうかわいらしい黒目がぎょろりとあたしを見た。
「そ、そのときはきっぱりすっぱり断るよ? 毅然とした態度でね」
「それがみさきにちゃんとできるのかなぁって。強引に来られたら抵抗できなそう」
「ははは。そんなわけないでしょ~……」
仮にも元男が? 女子に無理やり襲われてされるがままに?
なかなか笑わせてくれる。
……がしかし。実は前科ある。
ふざけてトイレで壁ドンされたときはかなり焦った。頭真っ白で固まった。てか誰でも焦るでしょあんなの。まあ、その手はもう食わないけど。
だいたいそういう感じそういう感じって、あの瑠佳に限ってそんなことあるはずがない。
未優は変な気を回しすぎだ。
やがて駅が見えてきた。
いくらか電車の乗り換えが起きるため、このあたりではまあまあ栄えている。
大きな百貨店の建物が隣接してそびえ、駅中と地下にもショッピングモールが軒を連ねる。
雨で外で遊べないせいか、いつもより混雑が予想される。
でも今日はそっちにはいかない。
駅の正面入口に上がっていく階段下が待ち合わせ場所だった。
壁を背にスマホいじいじの人たちが何人もぼっ立ちしている。みんな待ち合わせっぽい。集まって話し込んでいるグループもいる。
庇の下に入って、傘を閉じる。
そのときあたしの視界にひとりの美少女が目に入った。
おっ、かわいい……。
スーパー美少女のあたしには美少女センサー能力がついている。人がたむろする中にも、すぐに美少女を見分けることができる。
「え、まじ~? それはないっしょ~」
「すげぇ~全然見えない」
壁際に立った彼女は、二人組の男に言い寄られているようだった。
見覚えのあるサイドポニー。いつもよりリボン派手め。膝上スカートにキャミソール、薄手の羽織もの。
「ねえ、あれって……」
未優があたしの袖を引いた。
あたしのセンサーに引っかかった美少女は瑠佳だった。
チャラそうなナンパ男に絡まれるというラブコメ的テンプレイベントに遭遇している。
などと悠長に観察している場合ではない。すぐに助けねば。




