19 嫌な予感
授業が終わると、わたしはすぐに一人で教室を出た。
まっすぐ帰路につく。二日連続で一人ははじめてだった。
みさきはあの瑠佳って子と寄り道するらしい。
べつに邪魔する気はないし、好きにすればって思う。だから話が面倒になる前に、さっさと身を引いた。
わたしの直感は当たった。
直感というか、嫌な予感。
急にうじゃうじゃとみさきの周りに人が寄ってくるようになった。
いったい何が起きてるの? 昨日、わたしがちょっと目を離したすきになんかやってたってこと?
たった一日でこれって、このまま放っといたらどうなっちゃうの?
みさきもみさきで、はっきりしない。
わたしのこと好きって言っておいて、わたしの目の前で他の子と仲良くするのはどうなの。
いい加減、みさきがなに考えてるかわからなくなってきた。
……いや、おそらく考えているであろうことはわかる。
たぶんなにも考えてないんだろうなってこと。言われるがままに、ただ周りに流されてる。優柔不断なのは昔からだ。そういうとこ、直してほしい。
……はあ。
わたしってやっぱり、嫌な女だ。
そこまでわかってて、怒ったふりして、いや本当に怒ってはいるんだけど、みさきのことを突き放してきた。
それにしても本当に素直じゃない。
昨日だってみさきに好きって言われて、そのままわたしも好きって返せばいいものを、なんだかややこしいことにしてしまった。
けど好きなんでしょ? みたいに上から言われて、寝込み襲ってたのバレててめっちゃ恥ずかしかった。ごまかしたかった。
それに口で好きって言われたぐらいじゃ安心できない。口でならなんとでも言えるし。
みんなに言って回ってる可能性だってないとは言い切れない。いい顔してみせるのうまいのは知ってる。
今日だってちょっと放っておいたら、すぐにわたし以外の女の子とイチャイチャしてるし。
でも別に、本気で中身を直してほしいとかは思ってない。
みさきはそのままでいい。だってわたしは、今のありのままのみさきが好きなんだから。
ていうか、みさきはそういうとこも含めてかわいいんだし。
……なんて聖人ぶりました。
本当はちょっと直してほしいとこある。
口が悪いのとか、行儀悪いのとか。すぐ調子乗ったりするとことか。
あとは、みんなと仲良いのやめてほしい。
わたし以外にも優しいのやめてほしい。
わたし以外と話すのやめてほしい。
わたし以外を見るのやめてほしい。
わたし以外のこと考えないでほしい。
……あれ? なんかいっぱいあるな。
でもそもそもの話、わたしが悪いよね。
自分の気持ちをごまかしてるくせに、相手には求めるって、ずるいよね。
もうやめよう、こんなの。意地悪はもうやめる。
わたしも、ちゃんとみさきの気持ちに応えよう。
わたしもみさきが好き。だから他の子と仲良くしないでほしい。わたしだけ見てほしい。
そうやって、ちゃんと言う。
最初からそうすればよかったんだ。
電車を降りた先で、少し回り道をしてスーパーに立ち寄った。
今日は晩御飯に、みさきの好きなハンバーグを作ってあげることにした。
合いびき肉と、玉ねぎ。卵とパン粉はまだあったはず。
付け合わせにブロッコリーと人参……はみさきが食べないから、ポテトとコーン。たぶんそんな時間ないし、こっちは冷凍のやつでいいか。
ちょっとしたデザートにフルーツゼリーなんかも買った。
それからまっすぐみさきの家に帰宅。
変な感じだけど、昨日もそうだった。でも今日は隠れる必要はない。
うちにlineで一報入れて、みさきには一応サプライズにしたいから、黙っておく。
キッチンで下ごしらえを始める。
たまねぎを刻んで炒める。こねたお肉をまな板に叩きつける。ストレス解消。
できあがったものを一度冷蔵庫へ。
慣れたもので、六時前には下準備が終わった。
いつ帰ってくるかわからなかったから、そのままリビングで待つ。
ちょっと寄り道する程度なら、そんなにかからないはず。てか、遅くない?
一回電話したほうがいいかな?
でも電話するのもなんか変だし。なんて言ったらいいかわかんないし。
lineしてもよかったけど、なんて送る? それにやっぱり驚かせたいし。
わたしはソファにもたれながら、テレビを垂れ流しにしていた。けどすぐに消した。
なんだかそわそわしてきて、意味もなく部屋の中をウロウロした。
一度洗面所に行って、鏡の前で髪を整えた。
鏡の自分に向かって笑いかけてみる。笑顔の練習。
みさきは制服にエプロンがかわいいって言うから、あえて着替えなかった。
エプロンもつけたまま。
なんかこれって、変なプレイみたい?
目を閉じて、みさきを出迎える姿を想像する。
驚いた顔のみさきが立っている。わたしは笑いかける。
急にドキドキしてきた。なんて言おう。
意地悪してごめんね。今日だってべつに怒ってないよ。
わたしも、みさきにちゃんと言いたいことがあって。
でいけるかな?
でも肝心のその後が……。
好きです、付き合ってください……? はなんか変かも。
付き合うとかじゃなくて……一緒にいたいです? 一緒にいて? わたし以外の子と仲良くしないで?
違うな、告白じゃなくて命令になってる。
なんで命令したがるんだわたし。
そんなことをしているうちに、時刻は七時半を回った。
わたしはテレビもなにもつけずに、リビングのソファで横になっていた。
いい加減わたしもお腹へってきた。
ご飯は2人分用意してあるから、先に食べられなくもない。
でもそれやったら台無しだ。我慢する。
けれど、いくらなんでも遅い。
もしかして帰りになにかあった?
心配になって何度目かのスマホ確認をする。連絡も何もない。
そのとき通路の方から、がたん、と音がした。
家のドアが開く音だ。わたしは猫のようにすばやく身を起こした。すこし遅れて、足音が近づいてくる。
「未優? いるの?」
通路からみさきの声がして、心臓が激しく脈打ちだした。
わたしは胸に手を当てて、大きく息を吐いて、吸って、立ち上がった。




