17 ちょっと男子~系お姉様
一階の購買部の近く、自動販売機が数台並ぶスペースに到着する。
付近にはベンチがいくつか置いてあって、どこもグループで賑わっていた。男女問わず、やかましく談笑する声が聞こえてくる。
「みさきちゃんなに飲む~?」
先輩が財布を取り出しながら笑顔でたずねてくる。
こなれた調子だ。ちゃん呼びは確定らしい。
次期サッカー部部長のそこそこイケメン先輩にこんな扱いを受けたら、普通の女子なら悪い気はしないだろう。緊張でドキドキしちゃうかもしれない。
しかし残念ながらあたしは普通の女子ではない。
「は? ファンタねーのかよ」
「……みさきちゃん?」
立ち並ぶ自販機を睨んでいると、メガネをかけた男子が近づいてきた。
口を隠すように手をそえながら声をかけてくる。
「……きみ、悪いこと言わないから高木はやめておいたほうがいいよ」
高木というのは隣にいる先輩のことだ。
ちなみにもうひとりいた野球部の彼は、ここに来る途中で女子に捕まっていたので置き去りにした。
「そいつはいろんな子にちょっかいを出しては……」
「おい、そこでなにこそこそ吹き込んでんだよ」
高木が軽く蹴りを入れる仕草をする。
「おうおうまたやってんのか高木ぃ~」
近くのベンチで固まっていた男子の群れがぞろぞろやってきた。高木ともどもあっという間に取り囲まれる。
やたら大柄なクマみたいなやつもいる。そこらの女子だったらビビってすくみあがっちゃうとこだ。
「なにも知らないいたいけな一年生に……」
大男が言いかけて、あたしに目を留めた。口を半開きにして固まる。
騒いでいた男子たちも急に黙って、謎の沈黙が走った。かわりに全身をじろじろと舐め回すような視線を感じる。
変な目で見るなら蹴り飛ばすぞ? と全員に睨みをきかせる。が、踏みとどまった。
そういう喧嘩腰な態度はやめろとまた未優に言われる。
あたしはとっさにスカートの裾をまっすぐに直した。胸を隠すように右手で左の二の腕を掴む。
目線を合わせないように顔をうつむかせる。
「おいやめろよお前ら、みさきちゃん怖がってるだろ!」
高木パイセンがあたしを守るように前に立った。
ヤダカッコイイ惚れる……わけない。やっぱみさきちゃんって呼ぶのやめてもらっていいですか。
「大丈夫? ほら怖がってるじゃん! お前らのせいで~……」
いやお前もだよ。
高木が責めるような視線を向けるが、男子たちは高木を押しのけて、あたしの前になだれ込んできた。
「きみ、部活とか入ってる?」
「い、いえ?」
勢いよく来られて、のけぞりながら下がる。
「よし、じゃあ陸上部入ろう!」
「いやいや、テニス部だ!」
「チアリーディングとかどうだい!」
「ヌードデッサン部しか勝たん!」
やばい。囲まれた。
「俺カルピス買ったからあげるよ! 飲んで!」
「これもあげる! バナナミルクだよ!」
俺も俺もで無理やり飲み物を押し付けられる。
勝手に貢いでくるんですけど。ていうかセクハラだろこいつら普通に。
実はこういう扱いって、あんまりされたことない。中学の時は「おめえ生意気なんだよ」「おうなんだてめえ」みたいな感じだった。
最初のころに「いや俺男だから?」と盛大にやってたせいで、おとこ女みたいに言われてキワモノ扱いされていた。
今は前より髪も伸ばして、体も成長して、そもそもの女子度が上がったというのもある。
けど急に女扱いされると困るというか、戸惑うというか、気味が悪いというか⋯⋯。
「ちょっと男子~! なに騒いでるの!」
ちょっと男子~系女子が近づいてきた。
奥のベンチで談笑していた女子グループだ。群がっていた男子たちはぱっと散り散りになった。パワーバランスがいまいちよくわからない。
「あっ、昨日の!」
そのうちの一人が、いきなりあたしの顔を指さしてきた。
すらりとした長身のショートカット。日焼けした肌に目元が凛々しいお姉さまだ。この人は覚えてる。
下着でプール泳いだのがバレてめっちゃ怒られたから。
「水泳部、入るよね?」
あっという間に距離を詰めてきた。肩に手を乗せて、耳元に顔を近づけてくる。
「入るでしょ?」
「い、いやぁはは……」
愛想笑いで顔を引きつらせていると、今度は女子グループに周りを囲まれた。おそらく全員先輩っぽい。お姉さま集団だ。
「え、か~わい~い~。誰~?」
「ほら、きのう話してたかわいこちゃん」
かわいこちゃんておっさんか。ルパンぐらいしか言わんだろ。
「一年生でしょ? 何組? 名前は?」
「足長いね〜? 身長何センチ?」
「彼氏とかいるの?」
集中攻撃を受ける。
今度は背後からも取りつかれ、逃げ場がない。
「見てほら、腰の位置が別の生き物で草」
「下着で泳いだんだって? なかなかやるじゃ~ん」
「ちょっとスカート長めでは~? お姉さんはもっと短いほうが好みだなぁ~」
なんか男子よりこっちの集団のほうが怖い。
同性なのをいいことに、ベタベタ体を触ってくる。
頭撫でられる。毛先を指で梳かれる。肩揉まれる。二の腕ぷにぷにされる。
おしり撫でられる。スカートめくられる。
「って、ちょっと!」
あたしは振り向きざまに手を払いのける。
犯人は両手を上げて引き下がるも、うふふおほほと悪びれもしない。
「顔赤くしちゃってかわいい。肌が白いからわかりやすいねぇ」
「えーこのコ好きー! お持ち帰りした~い」
「じゃあアタシはここで食べるー!」
一人がすばやく背中に回ってきた。あたしの腰元に手を添えながら、自分の下半身を前後に揺らし始める。
「あぁっ、いいっ、気持ちいいよぉみさきちゃん!」
「きゃははは! まじでやばいわこいつ」
一人変な人がいる!
いや一人じゃなくてみんな変な気がする!
「先輩、た、助けてぇ~」
あたしは高木パイセンに助けを求めた。
この人らに比べたら全然マシな気がしてきた。
「高木テメー! まーたコナかけてんのか!」
「失せろ! お前みたいなのにこの子はやらねえよ!」
しかしすぐさまお姉さまがたの口から火が吹き出た。高木は耳をふさぎながら逃げていった。うぇ~い、と勝利の歓声が上がる。
「ああいう変なのに声をかけられたら、すぐ言うんだよ?」
「お姉さんたちが守ってあげるからね?」
あたしの頭をぽんぽんしながら、口々に言う。
これは心強い味方ができた……のだろうか。




